854 きっとろくでもないこと
「なんで……なんで精霊や神獣って、アレが好きなの……」
まあ、ちょっと楽しかったけど。
ラ・エンはノリノリだし、管狐やら集まって来た幻獣やらは、沸騰しそうなくらい盛り上がってくれるし。聖域だし、魔法も使い放題だもの。
水や光の舞う、派手で美しいライブになったんじゃないだろうか。
少なくとも、魔物相手よりはずっとやりがいがあった。
そう、結局ヤケクソで『ユータwith召喚獣ライブIN聖域』をやったから。
いやあ、会場一体となって揃った『ヘイヘイヨー!』の快感といったら……! ラ・エンなんて、大興奮して世界樹から抜け出してくるんじゃないかと思った。
ついでに、ひときわ声を張り上げる見覚えのあるお爺さんと、跳ね回る目つきの悪い少女がいた気がするのは気のせいだろうか。
さらに言うなれば、隅っこの影に紛れるような人影がいたような気も。
『古来から神様って、歌や踊りが好きだものねえ』
それにしたって、どうして一番人気はおばちゃんの労働歌……。
モモも疲れたのか、オレの枕でほとんど液体みたいに広がっている。まるで、猫みたいで……いや、猫はどっちかというよりスライムより固体のはずだった。
『楽しかったねえ! ぼくも、いっぱい歌って楽しかった!』
シロの合いの手遠吠えはガッチリ決まっていて、歌ってるオレの方も気持ちよかった。たった一頭なのに、その遠吠えはハッとするほどに場を切り裂いて響く。
集結した生き物たちのせいか、それともオレが生命の魔力だだ漏れで歌い踊ったせいか、もしくはノリノリだったラ・エンと世界樹のせいなのか。
濃密なほどに高まった生命の魔素が、酩酊感を生みそうなほどで。
すごく、想定外だったけど。
ものすごく、不本意ではあったけど。
ラ・エンと世界樹にとってはこれ以上ない『癒し』となったようで。
まあ……よかったよ。
オレは、そのために犠牲になったのだ!
昨日のコンサートのせいでちょっぴり疲れたオレは、今日は何もしないと決めて空を見上げている。
「みんな、まだ帰ってこないし……。オレも、まだハイカリクに到着する日時じゃないんだよね」
アリバイ工作に使うのは、もう少し近場にすればよかった。
このままだとオレは、ロクサレンとルーの所と、聖域とサイア爺のところとシャラの所――おや、結構行ける場所があるな。ともかく、自由がきかないので不便だってことだ。
二人がいないと、退屈だし。
そんなこと、二人に言ったりしないけども。
石を踏んだシロ車ががたんと跳ねて、一瞬浮いたオレは、ぱふっと布団に着地した。
快適だなあ……。
今日は何もしない日だから、寝て起きて、寝て起きて。お腹がすいたら収納から何か食べるんだ。
何なら、寝たまま飲み食いしてもいい。
ただ、青い空と雲を眺めて、土と草の匂いを嗅いでいる日。
『主ぃ、それって楽しいか……?』
『よく乾いて日を浴びて、そのうち干物になりそうねえ』
カビが生えるよりずっといい。ほら見てよ、チャトなんて毎日そんなものなんだから。
『スオー、おうちの中の方がいい』
「おうちの中もいいよね……! 全てから守られて安心できるって、素晴らしいよね」
この旅が終わったら、しばらくは引きこもろうかな。
限りなくだらけた時間を過ごしていたオレの耳元で、きゅっと声がした。
「あれ? アリス、どうしたの? ……戻るの?」
どうやらカロルス様からの言付けらしい。
先日ロクサレンに行ったばっかりだけど、まだ何かあったろうか。
だらだらする予定は一旦取りやめて、オレはいそいそロクサレンへ転移したのだった。
「――祭り?」
首を傾げたオレに、カロルス様はにっと笑った。
「おう、この間言ってたろ? 腐る前にやろうと思ってな。素材狩り祭りだ!」
「名目上は『討伐祝賀会』の一環ということで。既にギルドに通達してあるのですが、この短期の間に思ったよりも大勢詰めかけているようで……。ユータ様が必要な素材などあれば、確保しておいていただければ」
ああ、確かにそんな話をしていた気がする。もしかして、素材取り放題だとギルドに伝えたのだろうか。
そ、それは血眼になって駆け付けるだろうな……だって、絶対安全に素材が確保できるんだもの。
どうやら参加費が必要らしいけれど、それだけで素材取り放題になるなら安いもの。だってどんな魔物にも魔石は絶対あるのだし。
「ラキが血の涙を流しそう……どうしよう、攫ってこれないかな」
「もうクラスのやつらだけで行動してんだろ? 攫って来ればいいんじゃねえか?」
え~でも、馬車なら護衛とかいるだろうし……クラスメイトは最強の砦を担った一角。
ちょっと尻込みするオレに、セデス兄さんがじっとりした視線を向ける。
「なんでユータは、本気で人攫いしようとしてるのかな……?」
「だって、クラスメイトは結構手強いよ? 本気で挑まなきゃいけないと思う」
「そうじゃないよね……?」
「何でもいいが、参加するでも先に確保するでも、早いことしねえと明日の昼には開催しちまうぞ」
本当に時間がない……!
「わ、分かった! ちょっと行ってくる!」
――と、勢いでやって来たものの。
「うーん、どうしようかな。攫われた経験はたくさんあるんだけども」
攫う方となると、また違った難しさがあるものだ。
「基本は、まず疑われないように相手に近づくこと。クラスメイトには顔を知られているから難しいけど、護衛さんなら問題ないね」
素早くユータリア・ドレスバージョンに変装すると、さらにフードを被って顔を隠した。
「まず、オレが護衛を引き付けて離れる。それで、それで……その間にクラスメイトたちを誰が引き付けるか……」
オレは眼下の馬車を睨みつつ、作戦を練ったのだった。
*****
「え?!」
素っ頓狂な声を上げた御者の男が、慌てて急制動をかける。
途端に戦闘態勢をとった乗客たちを見て、護衛は引きつった笑みを浮かべた。
これ、俺がここにいる必要ある? 道中も一切活躍していないのだけど。
「なんだ? 魔物の気配はねえよな」
落ち着いた様子で近づいてきた少年は、確かその身体ひとつで魔物をぶっ飛ばしたヤツ。
「アレじゃない~?」
くすくす笑う背の高い少年が、街道の先を指さした。
「……なんだ、あれ」
護衛の男は、思わず声をあげて目を凝らす。
路上に倒れ伏した小さな人影が、そろりとこちらを見て……慌ててまた顔を伏せた。
「……何やってんだ、あいつ」
「またろくでもないことだよ、きっと~」
ゆっくり近づいた護衛が揺さぶろうとした時、その影が跳ね起きて護衛の肝をつぶす。
「あの! さっきあっちで襲われて! あ、魔物はもういないから安全なんだけど、でもちょっと護衛さんに来てほしくて! そう、助けてほしいの」
こちらを見上げる幼女の美しさに息を呑む間に、その小さな手が護衛を掴んだ。
「た、助けるって?」
「えーっと、えっと、馬車が倒れたから起こしてほしいとか、そういうこと!」
どういうことだろうか。
「倒れた馬車は、俺にはどうにもできんが……」
「え、起こせないの?」
心底ビックリしたような顔に、こちらの方がビックリだ。
「俺が行ってやろうか?」
馬車の上から、さっきの少年がにやにやと笑みを浮かべている。
幼女はサッと顔を伏せ、首を振った。
「い、いいの! 子どもはお呼びじゃないの!」
訳アリだろうか? どうも、知り合いのようだし。
ひとまず、危急の事態でないであろうことは、見ればわかる。
判断に困った護衛がちらりと乗客へ視線を走らせると、背の高い少年が微笑んだ。
「いいよ~行って来て~。安全らしいしね~」
だけど、この馬車に居る方が自分は安全なのだけれど。
「怪しいけれど、放ってはおけないんだから、こういう時の護衛でしょ~?」
にっこり、微笑んだ優しい表情に、なぜか怖気が走る。
「わ、分かった。どこへ行くんだ?」
安堵の表情を浮かべた幼女は、嬉しそうに微笑んだのだった。