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853 最強の神獣

ふわり、ここへ来た途端、身体が軽くなるような気がする。

オレの体まで緑に染まりそうなほど、大きく深呼吸した。

「……気持ちいいね。良かった、ここは変わりないみたいで」

踏み出した足がふかふかする。一面の苔が、まるで高級絨毯みたいだ。

巨大な木の壁に触れながら歩いていくと、奥で大きな生き物が身じろぎする気配がした。


「……どうしたね。随分と久しぶりだ。類稀なる器、幼きユータ」

優しく抑えた声が、森の中にそっと広がっていく。なんだかそれだけで、涙が出そう。

ラ・エンは不自由な身体でゆったりオレの方へ向き、大きな翼を上げた。

「オレ、心配になって……。見ていたでしょう? 知ってるでしょう?」

堪らず駆け寄って飛びついた首元は、ちゃんと温かい。

「おや、幼子がこの老骨の心配なぞして何とする。私に心を砕く必要はないよ、優しき雛鳥。ほらご覧、あとは出立の許しを待つばかりの身なのだから」

ひっそりと笑う竜は、『許し』と言った。まるで自分の生に何の執着もないように。


反論しようとして、言い淀む。

巨大な翼と力強い四肢を持ちながら、飛ぶことも、駆けることも、移動することさえ叶わない竜。

今のラ・エンに、『もっと』を望むのは、果たして誰のためなんだろう。

衝動的に世界樹を叩いて、少し俯いた。

「……辛い?」


世界樹に半身を埋めた竜は、ただ穏やかな瞳でオレを見下ろして笑っていた。

「これはこれは、私がしくじったとみえる。無理のないことよ、若きそなたには分かり得ぬだろうて……長く、長ぁく生きた竜の心根は」

楽しそうにタテガミを揺らし、ラ・エンは自由になる片翼でそっとオレを抱き寄せた。

「さあ、こっちへおいで。おうおう、そんな顔をするでない、かわいそうに。幼子を苛む悪しき虫など、この竜が食ろうてやろう」

そうじゃないのに。オレは、ラ・エンを心配しているのに。

大きな大きな胸に抱かれて、油断すると零れそうな涙を堪えた。


穏やかな金の瞳を見上げ、ふいに、以前の言葉を思い出した。

『やりたくてしておるよ、他に方法が思いつかなかったものでなぁ』

『私と、私以外が生きながらえるための方法』

ラ・エンはそう言っていた。そして、邪の魔素を抑えているのは、ラ・エン。

遥か、見えない高みの梢を見上げた。

そうか……ラ・エンが世界樹となり、邪の魔素を吸い上げ、浄化しているのか。その意思と、膨大な力でもって世界樹を支え、その意思となっているのか。

誰にも答えをもらっていないけれど、確かにそうだと思うのは、ティアの瞳がそれを肯定しているからだろうか。


「邪の魔素が吹き出したのは……ラ・エンの力が弱まったから? 具合が悪いから?」

そんなこと、本人に聞くつもりはなかったのに。ラ・エンを前にすると、そんなオレの気遣いなんて、この大きな存在には意味のないことだと肌で感じてしまった。

「そうではないよ、優しい雛鳥。けれども、安心おしとは言えぬなぁ。ふむ、状況としては大差なし。私に抑えきれぬほど、とそういうことよ」

「だけど、それってラ・エンと……世界樹に負担がかかっているんじゃない?」

小さな小さな手を、何度も竜の鱗に滑らせて撫でた。

「負担、と。そのように思うたことはなかったなぁ。私は、やりたくてやっておるよ。それが及ばぬとなるのは、困ったことであるなあ」


まるでオレとラ・エンは別のことを話しているみたいだ。

ラ・エンはどこまでも穏やかで、何でもないことのようで。

ただ、ただ、オレの苦痛を除こうとしている。

「負担でしょう、辛いでしょう。オレは、ラ・エンが辛いのが嫌だ。でも、いなくなっちゃうのも嫌だ。どうしたらいいか、分からない」

大きな気配は、ゆったり笑った。

「難儀なことよのぅ。ただ、ひとつ目は解決したのではないかな? 私は辛くないよ。辛いのは、私ではなくユータではないかな?」


……そうだ。ラ・エンは辛くない。その声が、気配が、紛うことなく伝えてくる。

辛いだろうと、オレが押し付けているだけ。オレが辛いだけ。

「そうではない、困ったことよ、顔をお上げ。そう己に刃を向けるでないよ。それは、誰のためにもならぬこと」

ふうっと吹いた吐息で、オレの髪が思い切り舞い上がった。

ぐるぐる考えていたことまで、ふわっと吹き飛ばされてしまった気がする。

「……だけど、ラ・エンがいなくなるのは嫌だ。それは、どうしたらいいの」

オレの口からは、まるで引き出されるように、重く淀んでいた言葉が零れ落ちてくる。


「すまぬなぁ、嬉しいことよの。けれど、ユータは既に知っているのではないかな? ……悲しみを、指折り数えて待つでないよ」

あっ、と声が出た。

その言葉は……。

大きく息を吸って、吐いて。唇を尖らせて睨み上げた。

「ラ・エン、意地悪だ」

オレは、ごしごし目を擦って笑った。


「ふむう、嫌われてしまったか」

ラ・エンは、からからと笑って楽しそうな顔をする。

ああ、本当に、オレには分かり得ぬ年経た竜の心根。どう穿って見ても、どう探ってみても、やっぱりラ・エンは楽しそうで。

ふと真正面からオレを見下ろすと、ラ・エンは勿体ぶるように口を開いた。

「時に、分かっておるかな? 私は竜、この世での滞在は残り少なくあれど、そなたの思う通りとは限らぬよ。それは5日かもしれぬし、5年かもしれぬし、500年かもしれぬ。まあ、いつかともしれぬ身よ」

どうだ、と言わんばかりの顔に首を傾げ――つい吹き出した。


「ラ・エン、それって親父ギャグって言うんだよ!!」

高貴な竜が! 世界を支える偉大な竜が!!

待って、今そんなことを言うのはずるいよ。

今、すごく胸が痛くて、切なくて、だけど前を向こうって、オレ真摯な気持ちで!!

「もうー!! 色々台無しだよ! このこと、絶対思い出すからね?!」

ああ、滂沱の涙にくれながら思い出すのが、コレだなんて! 絶対に笑ってしまうじゃない。

「そんなに、可笑しかったかな」

その顔もやめて?! 『私もまだまだ捨てたものではない』みたいな、満足気な顔を!!


「そうだ、オレ何か美味しいものを作ろうって思って来たんだよ。あと、ブラッシングもしようね! あとは、何をしよう?」

そう、オレはできることをしようと思ってやって来たのに。一体、何をやっているのか。

ラ・エンの大きな金の瞳が、きらきら輝いて身を乗り出した。

「うむうむ、それは良いな。ならば、カレエはどうかな? 皆、美味そうに食べおってからに」

「分かった! とびっきりのカレーを作るね! 他には?」

「おお、そうだ。アレを見せておくれ。何と言ったか、『へいへいおー!』だったか」

長い首をヘイヘイオー、とリズミカルに揺らす姿がコミカルで、思わずふふっと笑って……。

オレは、心当たりにぴしりと凍りついたのだった。


もふしら17巻の予約が開始されました!

詳細はまだですが、今回はなんと特装版となります!!書き下ろしだとか、大ボリュームだとか、それだけじゃない!!

皆様に楽しんでいただけるよう、いただいた機会を活かせるよう、目いっぱい頑張りますのでどうぞよろしくお願いいたします!

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― 新着の感想 ―
[一言] そうかなと思ってたけど、やっぱりラ・エンだったんだね。ユータ、癒してあげて。 -------------- 新刊楽しみです!
[一言] 黒歴史よ、こんにちは!www
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