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851 味見しながら

「ここらなら、野営しても大丈夫かな」

ふもとまで下りて来たオレは、ほぼ平面となった周囲を見回した。

途中からはほぼ駆け下りてきたものの、時刻はとうに昼を過ぎ、昼食をとっているだろう煙がちらほらたなびいている。

『スオー、まだ後でいい』

後頭部に張り付いた蘇芳がそんなこと言うもんだから、つい苦笑が漏れた。

「だから、お昼が入らなくなっちゃうよって言ったのに……」

山頂の時点で腹を減らしていた蘇芳が、ふもとまでもつはずもなく。

そして、飴玉程度で納得するはずもなく。

その身体でおにぎり2つも食べれば、むしろお腹いっぱいだろう。


『お昼は、食べる。今じゃないだけ』

素知らぬ顔でのたまって、オレの中へ戻ってしまった。ふわふわが消えて、首元が急に冷える。

『ぼく、今でも食べる!』

『私も、いつでも』

まあ、そうだろうな。

同じくおにぎりを食べたはずの二匹は、いかにもまだ何も食べていませんよといった雰囲気で澄ましている。

シロはともかく、モモは一体食料がどこへ消えるのか不思議だ。


あとのラピスたちは呼ぶまで訓練をしているだろうし、チャトとチュー助たちはお昼寝……朝寝? 中だ。

ティアはいつ何時も文句など言わないし。

「だけど、オレはお腹すいたよ。ちゃんとふもとまで我慢したんだから!」

キッチンセットを立ち上げながら、頬を膨らませる。ここまで我慢したのに、結局おにぎりは嫌だ。

「うーん。それなら、つまみ食いでもしながらゆっくり料理しようかな」

そうすれば、出来上がった頃には蘇芳たちのお腹もきっと空いている。


時間がかかると言えば、煮込みやオーブン料理。

「今日獲った獲物なら、ここで料理していても不自然じゃないよね」

シロの鼻頼りで獲物をより分け、風魔法を使っていた鳥たちと、トゲトゲの黒い豚みたいな魔物にターゲットを絞った。これなら、ざっくり鳥と豚として解体できる。

凶暴な鳥は、群れで襲って来たので結構な数があるものの、ニワトリの半分くらいの大きさだ。

羽を取り除いた『身』の部分を前に、ちょっと腕組みした。

「ちょっと小さいな……切り分けるより丸ごと使う方が良さそう」

これは、結構苦手な作業。切り分けて内臓を取る方が、ずっと簡単だ……気分的にも。


『手伝ってあげるわ』

「本当? すっごく助かる!」

『じゃあぼくは、豚さんの残りを手伝ってあげる!』

豚さんの方は……あまり捨てるところはないんだけど。まあ、内臓はいいか。

するりと『中』に入っていったモモを見ないようにして、オレは他の作業に専念する。

ちなみに、解体は力のあるタクトが得意だけど、こういう作業はラキがめちゃくちゃ得意なんだよね。

内臓や内臓の中身が素材だってことも結構多くて、大雑把なタクトには任せられないらしい。

特に、こういう小さな魔物だと手の感覚を頼りに取り出すことになるから、ラキは適任なんだろう。

ただ、まあ。いそいそ長い手袋をはめたラキが、笑みを浮かべながら内臓をかき回す様は、いつ見ても……その、ちょっとアレだ。


ほんのり食欲を無くしながら、詰め物を考える。

ピラフ……は手持ちがないから、もうおにぎりを崩せばいいか。少し水分を抜いておけばちょうどいい。たくさんあるから、中身も色々あった方が楽しいかも。あとは、パンと野菜と、マッシュポテトもいいな。

トゲトゲ豚の方をちょっと焼いて、味見してみる。

うん、普通だ。ビッグピッグと大差ない。

「鳥はローストにするから、こっちは煮込み系かな。角煮と煮豚と……あ、そうだ」

ブロック分けした解体肉を前に、ぽんと手を打った。


「角煮とか、どうせすぐなくなっちゃうんだから、大鍋で大量に作ればいいんだよ!」

豚バラ以外だって、角煮と同じ味付けと調理法で美味しくいただける。ならば、よろしい。1頭丸ごと角煮だ!!

ロクサレンの浴槽くらいある鍋をどん、と取り出して、にんまり笑う。

広がる空と大地。

目の前には、解体したばかりの魔物。

「ふふ、ワイルドだね。これぞ男の料理って感じじゃない?」

オレが集団で入れそうな鍋に湯を沸かし、ほとんど一頭分のお肉を香草と共に放り込む。

角煮なら慣れたもの。煮込み用のたれも用意しておけば、あとは、お料理部隊にお任せでいい。


キッチンが解体現場から様相を変え、そうなるとオレの腹の虫も戻って来たらしい。

潰したばかりのマッシュポテトにチーズをのせ、木べらで口の中へ放り込む。

はふはふ、と熱気を逃がしている間に、チーズは口の中でとろけて絡んだ。この大雑把さが、つまみ食いの醍醐味ってやつだ。

ひと口食べれば、もっととお腹が催促の音を鳴らす。

丸鳥をオーブンに入れたところで、気付いてしまった。

「……あれ? つまみ食いできるものがない……」

こうなると、さらに何か作るしかないだろう。

詰め物に使った野菜とおにぎり、パンの残り。あと、トゲトゲ豚の残り。

ざっとキッチンを見回し、頷いた。


トゲトゲ豚の残り、細かい部分を叩いてミンチにし、刻んだ野菜と火を通す。ついでだ、少しだけ残っていたおにぎりも入れてしまおう。

太ったフランスパンみたいなパンは、まだカロルス様の手の平分くらい残っている。

パンの中身をくりぬいて、小さくちぎってこれもフライパンの中へ放り込んでしまう。

濃いめに味付けて、煮込み中の角煮のたれをジャッと入れた。途端に香ばしい香りが強く立ち上って、オレを攻撃してくる。


「味見、味見!」

混ぜていた木べらでそのまま口へ運び、んふっと笑みが漏れる。

行儀悪く木べらを舐めて、さらにもうひと口。いいんだ、これはオレのために作ってるんだもの。

少しとろみをつけたら、くり抜いたパンに詰めた。

これは、何ていう料理だろう。スラッピージョーみたいなやつかな。それとも、揚げないピロシキ風?

チーズを入れた方が良かったろうか。いや、卵を入れちゃうのもアリかも。

そんなことを考えながら、さっとパンを炙ってカリリとさせたら、そのまま勢いよくかぶりついた。


「ふぁっちち!」

たっぷり詰めた具が、肉汁と共に溢れてオレの手に流れる。

急いで咀嚼して、垂れたそれを舐めあげ、カリリと再びいい音を響かせる。

ずっしり肉汁をしみこませたパンが重い。乾いたパンの表面が心地いい食感を、頬張った具材が満足感を連れてくる。

むしり、と夢中で食いちぎったパンから具が零れ落ちた。

すかさずシロが駆け寄って来る。ちょっとじゃないくらい毛並みが赤く染まっている気がするのは、気にしないことにした。


「はあ、ワイルド。美味しいね」

空を見上げ、意識してにっと笑う。

『ワイルドかしら……顔の半分べたべたよ。手も、服も』

そう、そういう些細なことは気にも留めないのがワイルドってものだ。さらに、口元をぐいっと荒っぽく袖で拭うのがまた――

『ぼくが綺麗にしてあげる!』

「え、ちょっ……うっ、んむっ」

シロの大きな舌が、止める間もなくオレの顔を舐めまわす。オレにできることは、固く目と口を閉じて被害を最小限に抑えることだけ。

あの、シロって今さっきまでその……生の内臓を……とか、そんなことは考えない。決して考えてはいけない。


『主ーお腹すいた! お昼ご飯は?』

『あえはも!』

そうこうするうちに、チュー助やチャトたちも目を覚ましたらしい。

お昼……お昼は……そういえば作っている途中だった。

出来上がった頃には、お腹がいっぱいになってるやつだ。さすがに、モモとシロも割と満足している頃合いだろう。

そうなると、これって一体誰のために作ってるんだろうな。

『少なくとも、彼らじゃないことは確かなんだけどね』

モモが意味ありげに周囲を見回して、釣られたオレは苦笑した。


それぞれ、それなりに距離のあったはずの冒険者一行たち。

随分距離が近くなっているような気が、しないでもない。

そして、なんだかオレが包囲されている気がしてならない。

冒険者たちは、みんな鼻もいいから。

じりじり小さくなってくる包囲網を見ながら、少しくらいおすそ分けしてもいいかな、なんて考える。

そう、最後の、確実なアリバイ工作だ。

「じゃあ、彼らが到達するまでに、もう一品くらい作ろうかな」

ワイルドに両手を舐め、ちゅっちゅと指を仕上げ、オレはにっこり笑って立ち上がったのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] ほんとモモ姉さんって万能ですよね。 うちにも来て欲しいな。
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