848 最強の砦
「……さすが、魔法使いたち。なんか、もう大丈夫っぽい?」
失意の中、徐々に作り上げられていく砦を眺め、鬱々としたため息を零した。
絶望的な状況から一転、むしろ、活気と意欲に溢れているように見える。
こんな風にチャトの背で沈み込むオレとは、正反対だ。
土壁ができあがったところで、オレは再び景気よく花火を打ち上げる。もちろん、シャラ色だ。
夜空に大輪の花が広がった途端、上空まで轟く大歓声が上がった。
何と言っているかは分からないけれど、拳を突き上げ、もの凄い盛り上がりっぷりだ。
本格的に魔物が来るのはこれからなんだけど、もう助かったみたいな雰囲気に苦笑する。
――ラピスたちもお空の花、できるの!
「翼はもういいからね?!」
慌てて遮るオレに重々しく頷いて、あれは特別な時用だと告げられた。もう、そんな特別はなくていい。
――皆の者、順番なの! お空に花を咲かせるの!
「きゅっ!」
「きゅきゅっ!」
……楽しそうだな。ラピスたちが順繰りに咲かせる花火は、シャラ色ではないけれど……もういいか。
何となく、上手にできない子は小規模爆発で誤魔化している気がするけれど……もういいか。
これがあれば、闇夜にはっきり居場所が分かる。ガウロ様たちが、きっとすぐに駆けつけてくれる。
「もう暗いね。王都の部隊、いつ来てくれるかな? 避難所にはごはんも、お布団もないし……」
あ、ごはんはこれからたっぷり来るから大丈夫か。
『多分、今そんなことを気にしているのは、あなたとクラスメイトくらいよ』
そうでもないと思うけれど。だって、冒険者にとってどこで野営するかなんて死活問題で――
「あっ! そうだ、オレ街道の方にも姿を見せとかなきゃ」
野営は……もういいか、町について宿をとったことにしよう。
あと、大丈夫だと思うけどロクサレンの方はどうなってるんだろう。
「ラピス、アリス部隊をここに配置しておいてくれる? 基本的に見守るだけでいいから!」
――ライライジャー! 魔王直属精鋭殲滅部隊一番隊隊長アリス、監視任務なの!
「きゅっ!」
アリスは魔王部隊の方だったんだ。そしてこれって監視任務なの? だけどまあ、アリスなら諸々くみ取ってうまいことやってくれるだろう。危険因子はオレが連れていく方が良い。
あとは……部隊の誰かをラキにつけておけば、万が一の連絡手段になるだろう。
ふいに、集まり始めた魔物を一筋の稲妻がまとめて貫いた。
わっと盛り上がる避難所には、もう悲壮感などない。砦の方々から迸る、様々な魔法。そして、向こうの一角では、もしかしてどこかの学生が大魔法をスタンバイしているんじゃないだろうか。
「……最強の砦ができちゃったね。むしろ、ここが防衛戦線になるんじゃ……」
ここは、心配いらないらしい。オレはちょっと苦笑して心置きなく転移したのだった。
「――えっと、計算では明日あたりに目的地に到着だから……このあたりの町に着いていてもおかしくないはず!」
チャトの背中で位置関係を確かめてから、街道に戻ってこっそりシロ車に乗り込んだ。
暗い中でも、白銀のシロはよく目立つ。ランプがある風にライトを設置すれば、ついでにオレも見えるだろう。
なるべく目撃してもらおうとゆっくり走っていると、急ぎ足の馬車とすれ違った。
にっこり手を振ってやり過ごそうとした時、乗客が仰天してオレを指さした。
「おい! 子供がいるぞ!」
「一人?!」
……しまった。もう夜、子供が一人で外にいてはいけない。
目撃情報は欲しいけれど、こう毎度毎度騒がれなくていい。
「シロ、あの馬車にぴったりついて行って!」
何なら引き返して来そうなので、慌てて大丈夫と身振りしてスピードを上げた。
「よし、これでもうアリバイは完璧だ。今日は色々あったし……ロクサレンでゆっくり寝よう」
馬車に続いて無事に町へ入り、明日には最終目的地の山へ到着できるだろう。
アリス通信では、ラキやタクトたちも問題なく応戦しているみたいだ。
派手な攻撃が決まるたびに歓声が上がるので、管狐部隊がおあずけを食らったように目をぎらぎらさせていて大変らしい。アリス、頑張れ!
それにしても、今日は少々疲れた。チャトじゃないけれど、こういう時は、オレに必要な場所がある。
「ただい……あれっ?」
手っ取り早く目的の場所へとダイブしようと転移して、目を瞬かせた。
「何やってんだお前は……」
いつも通り支えられた両脇が、じわりと濡れる。
目の前には泡まみれの裸体を晒した美丈夫が、片目を開けてオレを見つめていた。
「カロルス様、お風呂だったの。ビックリした」
「俺のセリフだな?! 風呂でお前が降ってくると思わねえわ!」
危ねえ、と怒られるのを聞き流しながら、深く呼吸した。
たっぷり水分を含んだ重い空気が肺を満たして、良い香りに包まれる。既に服も髪も湿ってきている気がする。
お風呂に入るまでは面倒だけど、ここへ来てしまえば入りたい。
今すぐ、邪魔な服を放り出して入りたい。
「オレも、入る!」
一気に服を脱ぎ捨て、とりあえず洗浄魔法をかけて湯船に飛び込んだ。
耳まで浸かったお湯の、ぬくもりと圧迫感。
ぴったり包み込まれて、至福の吐息が漏れる。
「ああ……溶けそう……」
本当に身体の端から溶け崩れていくみたい。
まるで、紅茶に入れた角砂糖のように、とろりと形をなくして崩れてしまいそう。
「顔は、溶けてんな」
ざぶっと入ってきたカロルス様のせいで、お湯が顔の上まで来て、身体がふわりと浮いた。
「だって、今日は色々疲れたんだよ」
ごしごし顔を拭って、同じく至福の表情をするカロルス様を見上げた。
「その色々、の中にウチの出来事も入ってんだろ? 王都の方はどうなった?」
当たり前みたいにオレに聞くけど、オレ王都に行ってないからね!
「王都は大丈夫。シャラとガウロ様とバルケリオス様たちが大活躍したみたいだよ」
「まあ、そうだろうな。今の王都は落とせねえよ」
仰のいた無防備な喉を眺めながら、頷いた。
「ラピスたちが活躍する場面もなくて、助かっ……あ」
「……おい、なんだ。またお前、なんかやらかしたか」
寛いで閉じていた瞳がばちっと開いて、頭が持ち上がった。
ブルーの瞳が、懸念をありありと浮かべてオレに迫る。
「やらかす、というほどじゃ…………ないようなあるような。ただちょっと、天使教が盛り上がるような……そんな気がしなくもないなと思って」
曖昧に笑うオレに、カロルス様が両手で顔を覆って天井を仰いだ。
「魔物の群れよりお前の方がよっぽど厄介じゃねえか……! 聞きたくねえ……!」
低いうめき声が風呂場に響く。
聞きたくないと言われたけれど、思えばこの場はちょうどいいかもしれない。
だって、カロルス様だけに報告できる。どこかしらからマリーさんやエリーシャ様が聞きつけてやってくることがないし、執事さんが絶対零度の微笑みを向けることもない。
「それがね! 会場に出た魔物の群れの方は、オレのクラスメイトたちが――」
「は?! 聞いてないぞ! そっちにも出たのか?」
あれ? そうだったかな?
「う、うん。だけど、すごかったんだよ! うちの大魔法がね、ドラゴンだった! カロルス様の剣技みたいな威力で、魔物を一掃したんだよ!」
つい身振りを入れて、お湯がばしゃばしゃ跳ねる。
「おー、やるじゃねえか。俺のことは言うなよ?」
にやっと笑った精悍な顔。大きな手がオレの頭を揺らし、誇らしい思いで胸を張った。
「みんな、頑張ったからね!」
「そうだな。……お前もな?」
オレも……そうか、オレも頑張った。
普段より熱い手のひらが頬をむにっと掴み、自然と頬がほころんだ。
ふわっと身体が軽くなって、たくさん、たくさん話したいことが湧き上がってくる。
「――で、だ。お前は何をやらかしたんだ?」
羽のように軽く開こうとした口は、その瞬間石のように重くなったのだった。
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