847 宵闇の空に輝く
「ちょっ……?!」
いきなり空中に放り出されたオレは、咄嗟に……チャトを呼ぼうとして躊躇した。
だって、だって今ここ、めちゃくちゃ目立ってる場所だよ?! 暗くなりつつある今、オレ程度なら誤魔化せても、チャトは確実に視認できちゃう! そしてチャトって多分世界に一体しか存在しないよね?!
「え、え、ど、どどどうしよ……」
とりあえず、シールドだ! シールドを張れば落下でどうにかなることはない。
――ちょうどいいの! みなの者、特訓の成果を見せるの!
「「「きゅうっ!」」」
オレの危機に気付いてくれたのか、管狐部隊がはっしとオレを捕まえた。
総勢……多分、30匹とちょっと。小さな彼らでもそれだけ集まれば、軽いオレの身体は空中にとどまった。
「あ、ありがとう。さすがだね、本当、特訓の成果だね!」
筋トレでもしているんだろうか。だけど、文字通り荷が重すぎて何分と持たないだろう。
「このままゆっくり下ろせる? あ! そうだ、転移しちゃえばいいのか」
きっと、既に上空に浮かぶ小さい人っぽいもの、くらいの認識はされているだろう。下手に降下してバレるより、手っ取り早くいなくなれば良かったんだ。
――じゃあ、ラピスが転移してあげるの。でも、ちょっと待つの! 特訓の成果を見てからなの。
「もう見たよ……? 早く転移しなきゃ、人が集まって来ちゃう!」
――見せてないの。
焦るオレを尻目に、ラピスはすうっと息を吸い込んだ。オレを支える管狐たちが、期待に毛並みを膨らませたのが分かる。
――天使直属清廉粛正部隊、右!
「「「きゅっ!」」」
なみなみと力の籠もった、勇ましい声が聞こえる。オレの嫌な予感も、なみなみと溢れるほどに。
――魔王直属精鋭殲滅部隊、左!
「「「きゅっ!」」」
ラピスの声が、淀みなく朗々と響く。これは、相当練習したに違いない。
――我らいっぱいの管狐、光となってユータの力となるの! 魔王部隊・天使部隊両翼稼働! 全力殲滅粛正モード!!
「「「きゅっきゅーーーっっ!!!」」」
何を、と口にする間もなく。
いまだかつてないほどに、やる気に満ちあふれた管狐たちの声が響いた。
そして――オレはまぶしさに目を閉じた。
「……じゃない! 目閉じちゃダメなやつ!! え、え、何何?! 何してるの?!」
光は、収まっていない。
今、この場所で、光る。それ、すっごくマズいこと。
……うん、でも、正直ホッとした。大魔法をぶちかまされるかと思ったから……。
――いいの! すっごくいいの! 特訓はばっちりなの! ちゃんと左右揃ってるの!
ラピスがもはや恍惚としている。もしかして、練習したお空の光を披露してくれてる? 花火じゃなかったんだ……どうやら、管狐たちが個々に光をまとって輝いているらしい。
ま、まあ目印にはなるだろうけど……オレを持ったまま??
「うわあ~~オレが目立っちゃうよ~!」
い、いや、でもむしろ光の塊になれば、オレ自身は隠れるかもしれない。
『キラキラしてる』
『すげー! 主めちゃくちゃカッコイイぜ!!』
『あうじ、きえいねー』
え? オレ? 管狐たちじゃなく??
無理に首をねじって後ろを確認し、絶句した。
「「「きゅ、きゅ! きゅ、きゅ!」」」
まるで船をこぐようなかけ声が不思議だなあと思っていたんだけど。
一生懸命オレの身体を引っ張りあげる管狐たち。
背中あたりを捕まえた数匹から、順々に連なって……それは見事な両翼を形成していた。
ふわり、ふわり、と羽ばたく様まで表現された、光の翼。
遠目にもよく見えるだろう、神々しく輝く……。
「て、転移~~~!!!」
「きゅっ!」
満足したのか、ラピスが素直にフェアリーサークルを展開し、オレは柔らかな光に包まれた。
突如薄闇の中に登場した天使は、最初の避難者が到着する前に、あっという間にかき消えたのだった。
――ところで、どこに転移するの?
到着したのは、どうやらロクサレンの自室。
ああ、落ち着く。この暗闇。この孤独感。
つい、暗い部屋の片隅で膝を抱えていたい誘惑にかられる。
どうしよう……やらかしたよね。存在しちゃったよ、天使様が。
『『今さら』』
辛辣組が口をそろえ、出てきたシロがなぐさめるように顔を舐めた。
『ゆーた、大丈夫! お祭りの時より見えなかったと思うよ!』
……そうか。そういえば風の舞の時には、そもそもバッチリ人前に出ていた。旅人の設定だったけれど、もはや天使様扱いだもんね。
「……少なくとも、顔は分からないわけだし」
こうなると、髪色を変えていてよかった……。シャラのおかげ――うん? むしろ、シャラはわざと天使の存在が分かるように、捨てて行った気がする。
「まさか、確信犯……?!」
怒りのあまり花畑に転移しようとして、思いとどまった。シャラに手伝ってもらったのは事実だし……。
「あ! そうだ、早く戻らなきゃ!」
『戻って来たと思ったら……。私も、もういいでしょ?』
ぽんと胸元まで弾んできたモモを受け止める。どうやら、領主の脅威は去ったらしい。
「ありがとう! お疲れ様!」
ふよ、と揺れたモモを撫で、オレは重い腰を上げて再び転移した。
「良かった、みんな向かってくれてる。きっと間に合うね」
チャトの背中で上空をひとまわりして、安堵の吐息が漏れる。暗くなるまでに、みんなが避難所へたどり着ければ、きっと守り切れ……あ?!
「待って?! 土壁がないよ?!」
だってオレ、土壁作る前に転移しちゃったし。堀はあるけど、それだけだ。
「どうしよう……」
あたふたするオレの目に、クラスメイトたちの一団が見えた。
とにかく相談したい一心で向かおうとした時、モモに思い切り髪を引っ張られた。
『さすがに! 今行ったらダメでしょう!』
そ、そうか。オレは今、ユータリアですらない。と、いうより白ユータのままだ。
「えーとえーと、そうだ、ラキたちに土壁を作ってもらえばいいんだ! チュー助、行ってきて!」
その間に黒ユータに戻って、ほどなくして戻って来たチュー助を迎えた。
『伝言はバッチリだぜ! はい、主』
どうやら、ラキは伝言を紙に書き付けてくれたらしい。オレが言うのもなんだけど、余裕だな……魔物の群れが迫ってると思うんだけど。
『オッケ~』という軽い返事に気が抜けつつ、続く内容にホッとした。『僕たちだけで全体を覆う土壁は厳しいけど、集まるのは魔法使いばっかりだから余裕』だそう。
そういえば、そうだった……圧倒的魔法使い率だもの、土壁を作って籠城すれば、もしかして最強なんじゃない?
気が抜けてチャトの上に伏せれば、紙の下の方にまだ何か書いてあるのが見えた。
「なんだろ? ……!!」
さっと目を走らせて、今度こそ顔までチャトの背中に埋まった。
そこには、二人分の筆跡で書かれた短い文章が二つ。
『天使様、すごかったね~! めちゃくちゃ綺麗だったよ~』
『羽、どうなってんの? すげえカッコイイじゃねえか!』
……オレが再び顔を上げられるまでには、かなりの時間を要したのだった。
ラピスたち、大魔法は止められたから……