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846 スケープゴート

ふわり、いい香りがする。

空に届く天空の花畑は、午後の日を浴びて温かく光を帯びているよう。

心地いい香りをすうっと吸い込み、彼を探して視線を巡らせた。

「シャラ!」

奥に佇む人影へ駆け寄ろうとした途端、周囲をひゅうっと風が舞う。

『ヒトの子、来た!』

『シャラスフィード、来たよ!』

歩み寄るオレの周囲を、花びらの渦が興奮しきりで舞うものだから、目が回りそうだ。


「うん、来たよ! シャラ、凄かったんだってね」

『すごかった!』

『シャラスフィードは、ちゃんとシャラスフィードだった!』

嬉しそう。風の精霊たち、とても嬉しそうだ。

王都が守れたことなんかより、きっと彼らはシャラの方がずっと大切で。

「良かったね、シャラは強いシャラに戻ってるんだね」

ふわっと笑みを浮かべると、柔らかい風がくるくる弾けるように舞った。

『よかった!』

『シャラスフィード、よかった!』


「……どういう意味だ。我は、いつも強い」

シャラが、幾分むくれた顔でオレを見下ろした。

「ふふっ! そうだね! シャラはいつだって強かったよ」

たとえ力を失っていても、彼は最後まで強かっただろう。

つい、撫でた背中は随分広くてしっかりして、小さくも儚くもない。

今のシャラなら、ほとんどの人がその姿を視認できるだろう。

なんとなく涙が滲みそうなのを誤魔化して、笑みを浮かべた。

「今回だって、大活躍だったんでしょう?」

「当たり前だ」


淀みない答えも、彼から感じる気配も、揺るぎない。

きっと、もうひと頑張りしてもらえるはず。

「あのね、今困ったことになっていて……王都の近くでも魔物が発生しているんだけど」

「知っている」

さすがは、風。情報の速さは随一だろうな。

「それで……オレたちも頑張るんだけど、シャラの力をちょっと借りられないかなと思って。集まってる人って王都の人が多いと思うし」

「我は、王都から離れるわけにはいかない」

むっと唇を結んで腕を組んだシャラへ、畳みかけるように縋った。


「大丈夫! ちょっとだけ! 避難所を作れば何とかなると思って。簡易土壁はオレが作れるから、シャラは派手に目立って、周囲にお堀を作るだけ!」

そうすれば、全てはシャラのおかげになる……はず。

「そんなもの、お前がやればいいだろう」

「オレがやっちゃダメなの! 何ならオレがしてもいいけど、シャラは必要なの! それに、風の精霊が活躍する方がいいでしょう?」

信仰があれば、シャラはもっと確かな存在になるはず。王都から離れた場所にだって、その名が知れ渡ればいい。


少し思案する顔をしていたシャラは、ふいに組んでいた腕を解いてにやりと笑った。

「……お前も来るんだな? なら、行くぞ」

言うなり伸びて来た腕が雑にオレを抱き上げ、そのままふわりと宙に浮いた。

「えっ?! ちょっと待って?! オレと一緒に行っちゃダメなんだって!! シャラだけが目立たないとダメなの!」

「知ったことか」

あからさまにぐっと締まっている腕は、抱っこよりも確実に拘束の意味合いが強い。

慌てふためくものの、その腕は緩まない。


「ストップ! ダメだってばー!」

シャラに頼むんじゃなかった!! ヒョウヒョウ風の鳴る音を聞きながら、オレにとって最悪の事態が刻々と近づいてくる。

「もう着くぞ。お前、そのままでいいのか」

機嫌の良さそうな声音に、半泣きのオレは、回らない頭で言われた意味を考える。

「その髪は、随分目立つだろうな」

そ、そうか! ハッとして、即座にラピスとの繋がりを強めた。これなら、遠目ではオレだと分からない。なるべくシャラの体で顔を隠していれば、絶対にオレだってバレない!


ホッとひと心地ついたところで、シャラが舌打ちしたのが聞こえた。

「避難所を作っても、こうもばらけていればどうにもならん」

そっと地上へ目をやると、逃げる人も、迫って来る魔物も、互いにばらけて広がっているのが分かる。

「そこは、避難所に誘導できるように考えてるよ。うまくいくかは、分からないけど……」

だけど、少なくとも救援の目印にはなるはずなんだ。

「そうか。それで? 我は派手に何をする?」

風の演出、目立つものと言えば……!



*****


「もっと走れ! 追いつかれるぞ!」

側を走り抜けていった人が、そう声をかけて軽々先へ行く。

恐ろしい数の魔物。追いつかれればどうなるかは……。

拓けた荒野の一角では、身を隠す場所もない。

しかし、会場から駆け続けていた学生の一団は、目に見えて速度を落としていた。

「も、無理……! ずっとは、走れ、な……!」

息も絶え絶えの形相を見れば、彼らが限界に近付いていることは誰の目にも明らか。

正体不明の強力な攻撃のおかげで、ここまでは逃げられたものの……。もとより魔法使いの学生たちは、他の冒険者より体力がない。

汗に混じって、その頬には運命を悟った涙が伝っていた。


ついに、1人がもんどりうって転がった。

思わず足を止めた彼らが振り返っても、横たわった身体はピクリとも動かない。

そして、止まってしまった足は、もう動かなかった。

荒い呼吸の中、次々へたり込んだ彼らの顔は、むしろ静かなくらい無表情で。

無意識に視線をやった街道の向こう。

傾きだした日差しの中、遥か先までただ荒野が続く街道は、今の彼らにとって絶望でしかなかった。


もはや座っていることすら難しく、諦めと共に体を横たえようとした時。

ひゅう、と風が吹いた。

ゆっくり、ゆっくりと荒野に大きな円を描いた風が、瞬く間にすぼまって立ち上がる。

息を呑んだ彼らの前で、みるみる成長した風が、空と繋がった。

渦を巻く風の柱に、ぐっと体が引かれる。

突如発生した眼前の竜巻に、燃えるようだった喉から声が漏れる。

「な、なんで急に……え?」

思わず喉を押さえ、立ち上がった。


「動ける……?」

狐につままれたような顔を見合わせた時、竜巻が様相を変えた。

「綺麗……」

夕暮れに薄く浮かび上がっていた風の渦に、きらり、きらりと光が混じり始める。

やがて光の竜巻となったそれは、徐々に広がってふわりと拡散した。

「人? ……あ!!」

「あれって――もしかして」

光の粒子の中に浮かび上がった人影は、当然のように宙に浮いて、衣装をはためかせていた。


「風の、精霊様……」

「王都の、精霊様だ……!」

散り散りだった人々の視線が、一つの方へ向かう。

先ほどまでの竜巻よりよほど強く、人々が引き寄せられ始める。

ふわりと高度を下げた精霊がスッと手を振ると、ドッと地面が揺れた。

間近にいた彼らは、そこに築かれた堀を見て、精霊を見て、ごくりと喉を鳴らした。

きっと、きっと、あそこへ行けば守られる……!!

動かなかった足は、いつの間にか軽く、彼らを妨げない。

これは、きっと……

精霊様の胸元に抱えられていた『何か』に感謝の言葉を告げて、彼らは再び走り出した。



*****


「……派手だな」

今にも腹をかかえて笑いそうなシャラに、胸を張る。

「そうでしょう! これなら絶対みんなから見えるし、シャラだって分かると思うんだ!」

シャラの竜巻に、大小様々、無数のライトを混ぜ込むだけ。それだけで、こんなに幻想的になる。

あとは……

サッと両手を上げると、大きな音と共に夜空に淡いブルーグリーンの花が咲く。

「なんだ、これは!」

「これはね、花火だよ。綺麗でしょう? シャラの色なら、きっとみんな遠くからでも分かるよ!」


そっと目立たないよう回復の蝶々を放っておいたから、きっとみんなここまでたどり着ける。

――ラピスたちも練習したの! お空の光、できるの!

期待を込めた瞳が、きらきらオレを見つめている。

ラピスは光の色を変えられないだろうから、シャラと関係なくなっちゃうけど……まあいいか。違う色の花火があった方が綺麗だし。

ただ、なぜだろう。とてもやりたがっているこの瞳に、ひたすら不安が募る。

以前にもやったことがあるので大丈夫……のはず。でもなぜそんなに乗り気なんだろう。綺麗な球を描けるようになったんだろうか。


「じゃ、じゃあラピスたちも……やってくれるかな? 爆発じゃないからね、花火だからね? 攻撃じゃないんだよ? 見るためのもので……」

つぶらな瞳の圧に負けて、オレはぎこちなく頷いた。

――分かってるの! 大丈夫なの! もーぷれぶれんなの! 特訓の成果を見せるの!

自信満々な様子に問題しか感じない。やっぱり止めようかとしたところで、視線を下げたシャラと目が合った。

「じゃあな、我は戻る」

「あっ、ちょっと待って?! 何か派手なことが起きたら、シャラのせいにしないと――」

ぽい、とあろうことかオレを空中に放り出して、シャラはすうっといなくなってしまったのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公が天使のイメージに合わせて魔法の翼を生み出せたらクールだろうな。
[一言] ラピス…ノープロブレムとモウマンタイが混ざってる(^_^;A) そして危機察知能力が高いシャラ様www 巻き込まれる前にさっさと撤収なさるとは流石です〜♪
[一言] 更新ありがとうございます! 続きワクワクです。たのしみ!
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