842 王都のトラブル?
「へえ~軽いと思ったら、パンをお肉で巻いて焼くなんて斬新……」
タレの染みたパンが美味しい。惣菜パンはほとんどないけど、こういうのはあるのか。安価にボリュームを、と考えた末の工夫なんだろうな。
感心しながらせっせと咀嚼し、密かに伸びてきた腕からスッと身体を躱す。
『私、思うのだけど、メイドさんは買い食いしないんじゃないかしら』
言われてハッとした。
「で、でもオレはほら、見習いちびっ子メイドだから!」
『都合よく幼児になるもんだ』
鼻で笑うのは、もちろんチャト。いいの、そういうもんだから。
素知らぬ顔でもうひとくちかぶり付いて、くるくるダンスをするように隣の人と位置を入れ替わる。スカートの裾が見事に広がって、ちょっと笑った。
一方、またオレを捕まえ損ねた腕の持ち主が、舌打ちをするのが聞こえる。
「何なの、さっきから」
ちら、とそちらを振り返ると、素早く顔を逸らすのが見えた。
一応毎回確認しているけど、オレを捕まえようとしているのは、全部知らない人。
『そりゃ、誘拐でしょ』
『主が一人でそんな格好してウロついてたら、そりゃ犯罪ホイホイになるぜ!』
事もなげに言われて、苦笑するしかない。
「舐めないでもらいたいね」
白昼堂々Dランク冒険者を捕まえようだなんて、中々肝が据わっていることだ。
『舐めるだろ』
『無理がある』
辛辣組にサクッと刺され、思わず苦笑も引きつるってものだ。
と、じりじりオレとの距離を詰めていた人が、いや人たちが、ふいに顔色を変えてそっぽを向いた。
「……さすがっつうか」
訝しく思っていると、真上からそんな声が降ってきた。
「お前一人でそのカッコは、無理があるよなあ」
鋭い眼光を和らげたタクトが、オレを見下ろして苦笑する。
「タクト? メリーメリー先生は? あっ、オレと一緒にいちゃダメだよ!」
「先生はラキが見てる。だからお前、前歩けよ、俺が後ろにいる」
他人のふりをしつつ護衛ってことだろうか。
「オレ、大丈夫なんだけど……」
むっと頬を膨らませつつ歩き始めると、『そこ、右』なんて後ろから誘導が入る。
「お前の心配はしてねえ」
タクトはそう言って可笑しそうに笑うのだった。
――会場はかなり広い。案内してもらえないと、みんなが魔法を披露する場所までたどり着けない所だった。
どうも、メインは学生の大魔法だけど、それ以外にもあちこちで魔法イベントが行われているみたいだ。
「魔法の本が、あんなに……」
魔法関連のグッズが並ぶブースには、魔法使いと思しき人たち以外も殺到している。魔法の本ってあんまり市場に出ないから、商人さんにとってもチャンスなのかもしれない。
向こうでは魔法を使ったパフォーマンスが行われているみたいで、大きな歓声が上がっている。
興味深いものがいっぱいだ! ……なのに、立ち止まると後ろから硬い身体がブルドーザーのごとく押してくるもんだから、足は止まっているのに身体が止まらない。
オレは未練がましく視線を残しながら、ズズーっと押し流されて行った。
タクトの誘導に従ってあっちこっち曲がって階段を上って、するとふいに視界が拓けて驚いた。
「うわあ、これは緊張しそう……出なくて良かった!」
いつの間にか、球場みたいな建物の観覧席に出ていたらしい。
さすがに元いた世界の規模とは違うけれど、段々になった観覧席は、いかにもショーを見るための場所だ。どちらかというと球場よりも闘技場だろうか。ただ、『C』の字を象って一方に口を開けているけれど。
ふむ、的はCの字に切れた部分へ置かれているから、外へ向かって撃つ形だね。今ちょうど、数人の生徒が置かれた的を燃やしたところだ。
「練習中かな? まだ始まらないのかな」
わくわくしながらつい口にすると、くすっと笑う声が降ってきた。
「その感想はさすがに可哀想~」
「とっくに始まってるっつうの」
オレを挟むようにさりげなく立っている二人が、視線を舞台に固定したまま苦笑している。
「え? 始まっ……え?」
拍手と共に、ぺこりとお辞儀した生徒たちが退場していく。
オレは、察してしまった。
「……あれが、学生の大魔法」
でも、だって、じゃあ。
「あの、オレたちの大魔法……」
二人が、ちらっとオレを見て口の端を上げた。
確信犯……!! いや、オレも、オレ抜きですごいものをって思ったんだけど。そのために頑張ったんだけど。
「け、桁が3つも4つも違うよー!!」
オレはつい声を上げて呻いていた。
そうだね、的は的として使うためのもので……標的は後ろの荒野じゃないよね!
桁違いでいいんだけど、だけどオレ、その桁はひとつかふたつくらいの差だと思って……!! これじゃ、一般人とカロルス様みたいな差になってしまう……!!
絶対絶対、オレとの関わりがないように慎重にしなくてはいけない。
オレは改めて決意したのだった。
――次かな。その次かな。
クラスメイトたちは、既にスタンバイすべく観覧席から離れている。
オレも、さっき大急ぎでこっちへ戻ってきたところ。
胸がざわついて仕方ない。口の中がカラカラだ。
手すりを握っていた手がしびれてきて、渾身の力が込められていたことに気付いた。
こんなんじゃあ、オレが参加していたら、肝心なところでやらかして失敗していたかも。
苦笑したところで、ふいに、周囲のざわつきに気がついた。何だろう、まだ何も始まっていないのに。
皆の視線を追うと、どうもVIP席に向いているよう。
そこでは、お偉方らしき人たちが席から立ち上がって、兵士と何かやりとりしている。
ざわめく周囲の好き勝手な台詞が、やがて方向をそろえ始めた。
「――王都の方で?」
「ああ、ここにいて正解だったかもな」
「怖いわね……でも王都なら大丈夫よ」
王都の方でトラブル? オレは耳を澄ませつつ、ラピスを派遣した。
――王都の方でいっぱい魔物が出たの。
戻って来たラピスがあっけらかんとそう言って、思わず目を瞬かせる。
「王都で? どうして?」
――知らないの。テーコクのモニャが我が国にもって言ってたの。だから戻るって話だったの。
全然分からない。でも、ひとまずこの会場にいるお偉方と兵士さんは、急ぎ王都へ戻るってことかな。
魔物がいっぱい……だけど、大丈夫だよね。ガウロ様がいるし、シャラがいる。
――ラピス、見てきてあげるの!
「待っ……! 見るだけだからね?!」
ラピスは止める間もなく、嬉々として消えてしまった。大丈夫だろうか、魔物よりも管狐部隊の方が被害を大きくしないだろうか。
「きゅっ!」
やっぱりオレも王都の様子を見に行こうとしたところで、慣れた鳴き声が聞こえた。
「あれ? アリスどうしたの?」
まさかもうラピスが暴走?! と思ったら、アリスはロクサレンから来たらしい。
一生懸命訴える内容に耳を傾け、オレは即座に走り出した。
物陰へ飛び込んで、すぐさま転移する。
大丈夫、ロクサレンだから……!!
そうは思っても、不安はやっぱり首をもたげてくる。
「うわ……何これ?!」
オレの部屋へ転移したのに、途端に感じる『嫌な感じ』にうっと呻いた。
だけど、今は後!
「カロルス様!」
思い切り部屋を飛び出すと、同じようにホールへ駆けだしてきた人物。
「ユータ?! ……そうか、アリスだね! ちょうど良かった、手伝って! ……手がいるかどうかは分からないけど」
頷くのももどかしく、2階の手すりを乗り越えて飛び降りると、セデス兄さんに駆け寄った。
「何があったの? なんだか、すごく『嫌な感じ』がするんだけど!」
「うーん、あったことだけ言うと、急に魔物がいっぱい出たんだよね」
まるでラピスみたいな調子でそう言って肩を竦めると、セデス兄さんはいつもの調子で笑ったのだった。
本当~~にごめんね……進まないよ~~~