837 頼れるので
なぜか見知らぬ人がオレをおんぶしている。
そして、わけが分からないうちに、魔物の群れと戦闘する羽目になって。
……だって、起き抜けだったんだもの。
夢から覚めたんだか覚めてないんだかよくわからない状況でしょう? 仕方ないっていうか。
ファイアの延長線上みたいなつもりだったけれど、あれ? これって結構大きい魔法? なんて気付いたのは手を振り下ろしたその時で。
しょ、証拠隠滅!!
幸い、二人は目を閉じている。魔物側はもう証言などできない。
すぐさま火を消して、冷房魔法で周囲の熱気を払って……そうこうしているうちに二人は顔を上げてしまった。
「あ、れ……?」
「火、火は……」
やっぱり知らない人だな、と思いつつ、視線を彷徨わせる。
「ね、寝ぼけてたのかもしれないね。ところで、オレどうしてここに?」
『寝ぼけてるのはお前だ』
的確なチャトの指摘は聞き流し、オレはさっさと話題を逸らそうと、にっこり笑ったのだった。
「――そうなんだ。調査依頼ってこんな遅くに? もしかして、さっきの魔物のこと?」
二人にはどうやら、オレのせいで迷惑をかけてしまったらしい。
確か冒険者の救助代金とかあったはずだと支払おうとしたのだけど、それならこちらが支払うべきだと不毛な押し問答になったので、お互いに諦めた。
「あれは想定外だったけど……って、早く野営地に移動しようか。またどんな魔物が来るとも限らない」
ちなみにフシャさんとドースさんは、Cランク冒険者だそう。なら、あのときオレが出しゃばらなくても良かったのかもしれない。
「そっか、じゃあ、オレはシロ車があるから……」
「「待て待て!!」」
じゃあ、と手を振って別れようとしたところで、思い切り捕まえられてしまった。
「シロ車ってお前が寝ていたアレだろ? 馬は逃げちまってたぞ」
「そもそも、実力があろうとこの時間一人は危なすぎる」
Cランクの人たちだからか、さっきのアレを見たからか、オレがそれなりに戦えることは簡単に信じてくれたんだけど……だからといって自由にはさせてもらえないらしい。
「あれは馬じゃなくて、その、大きい犬が牽くの。今、夜散歩に出てるだけで!」
そこまで言って、ハッと気がついた。
「夕食が! 早くしなきゃ!」
きっとみんなお腹を空かせている。ニーチェたちは大丈夫、自分たちで好きな時に食べられるように鉢植えの花を渡してある。
「なんだ、腹減ったのか? 夕食はどうでもいいが、急ぐぞ。保存食ならある」
「え、でも、オレも用事が……!」
「諦めることだねー。あの車が必要なら、朝に取りに行きなよ」
問答無用で肩を押されて、向きを変えられてしまった。
「ええと、ラピス! ニーチェたちの様子は?」
――虫一匹近寄らせないの! 無事なの。
「……うん。その、モモに状況を聞いてくれない?」
――ライライジャー!
それ、混ざってない? アイアイサーとラジャーだろうか。ラピスの混沌語録が増えている。ねだられるままに適当な言葉を教えるんじゃなかった。
ひとまず、モモ通信で向こうは問題なさそう。
一旦ニーチェたちもシロ車に戻ってもらって、あとは……
「何呟いてるの? 大丈夫だよ、この時間なら他の冒険者に盗られるってこともないって。そもそも、準備がないとあんな大きな物、持って行けないでしょ」
「う、うん。だけどシロも置いてけぼりになっちゃうから、呼ぶね。シロって大きい白い犬なの、噛んだりしないよ、攻撃しないで大丈夫だからね!」
攻撃されたところで、相手はシロだから特に問題はないけども。
不思議そうな顔をする二人に構わず、夜空に向かって声を上げた。
「シロー!! あ、ちょっとゆっくり!」
呼んだ時点ですぐさまシロの気配を感じた気がして、慌てて追加する。
急激に減速したらしいシロからの衝撃波が届いて、ヒュウと風を感じた。
『ねえユータ、お料理焦げちゃってるみたい……』
しっぽを振り振りやってきたシロが、至極残念そうな顔でしょんぼりしている。
案の定驚いて武器を構えようとする二人を制し、くすっと笑った。
「これはお料理じゃないよ、だけどオレ寝ちゃってたから、夕食は野営地に着いてからね」
『そうなの? 良かった! ぼく、たくさんのお肉を全部焦がしちゃったのかと思った! じゃあ、早く行こう!』
勢いのなかったしっぽは、すぐさまぐんと高く上がった。
「だけど、モモたちとシロ車が置いてけぼりだから、持ってきてくれる? みんながびっくりするから、オレが到着した後でゆっくり持ってきてほしいんだ」
『いいよ! ユータはごはん作っていてね!』
言うなりくるりと方向転換した白銀の獣が、肩越しに一声吠えてにっこり笑う。
「お、おい、行っちまったぞ?」
オレはお尻を振り振り暗闇に消えていった後ろ姿を見送り、大丈夫、と再び歩き出したのだった。
「う、美味ぁ……すげえ」
「はぁ……。なんかさ、たまに冒険者にはトンデモナイのがいるけど、君は俺が出会った中で間違いなくナンバーワンだよ」
とても微妙な褒め言葉に、ちょっと口元を引きつらせてお味噌汁をすすった。
朝からカレーだったから、夜はもう少しあっさりが欲しくて。だけど、二人に出すのだからお肉系がいいだろうということで、今回は生姜焼き丼オン目玉焼きにしてみた。
あっさりを実行すべく、ネギっぽい香草をたっぷり入れて香り高い。カロリーは何も変わっていないけれど、なんとなくヘルシーになったような気がする。
つぷ、と黄身に箸を差し入れ、溢れた黄色がお肉に絡む様を見てにまにま口角が上がった。
「…………」
既に食べ終わったらしいドースさんが、物欲しそうな顔でちらちらフシャさんの丼を見ている。牽制するようにフシャさんが肩を入れ、その視線から丼を隠した。
ドースさんの分は大きかったはずだけど、足りなかったろうか。
きれいに空になった丼を木さじでカシカシやるのを見かね、スッとネコカンおにぎりを差し出すと、
その瞳は縋るように輝いたのだった。
「――あのね、シロ車を迎えに行くだけ! ちょっと出入り口付近にいるだけだから! みん……シロもごはん食べなきゃだめだから!」
夕食を終え、ちゃんと前回で学習したオレは、今回きちんと二人にそう告げて出て……行こうとした。
「どういうことだよ、シロって犬だろ? 誰が操縦してくるんだ」
「まあまあ、気の済むまで付き合うから」
付き合わないでほしいんだけど! ついてくる二人に困ったものの、ぐずぐずできない。空腹になったシロがそのまま野営地に突っ込んで来ないとも限らないんだから。
「シロ~、いいよ!」
野営地を出れば、近くに感じるシロたちの気配。声をかけると、すぐさま動き出したのが分かった。
ハーネス部分を咥えたシロが、意気揚々とやってくる。
『おなかすいた~!』
『あら、誘拐はもう終わった? 今回は早かったわね』
……モモとシロには特別手当を出さなくては。本当、頼りになる。
『お前が頼りないんだ』
『俺様ほどじゃないけどな!』
『スオーも、頼れる』
チャトだって活躍してないのに!
そして密かにむくれるオレの隣で、二人はちょっとした恐慌を起こしていた。
「ど、どうなってんだ?! 犬が……?!」
「嘘でしょ?! そんな賢い?!」
オレは素知らぬふりで、せっせと全員分の食事を用意した。スオーやチャトたちはシロ車の中なら、見られることもないだろう。
「シロだから、こんな賢いんだよね! ありがとう」
『ぼく、賢いよ!』
ぺろりと口の周りを舐め、器から顔を上げたシロは得意そうに胸を張ったのだった。
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