75 ゴブリン
「・・・・。」
驚愕のあと、無言で険しい顔をする3人。
管狐たちを送り返して、代わりにラピスを呼んでおく。
「・・・・・確かに、管狐6匹の戦力を考えたら、ユータは火力があると思う。でも・・それと戦えるかどうかは別だよ?キミはまだ3歳なんだよ?!戦うっていうの?!」
「うん。オレ、ちょっとだけど・・前に魔物と戦ったし、冒険者が戦うところも見てたよ。野盗とも戦ったよ。それに、トトを助けるだけならきっとできるよ。」
「ユータ様はティガーグリズリーも倒したんでしたね・・森から生還された経験もおありです・・確かに、ユータ様に頼るのが一番いいのかもしれませんが・・・。」
「いいえ、それでも!例えユータ様が世界で一番強かったとしても!3歳のこどもが行くべきではありません・・!私が・・私が行くことはできないのですか?!」
「うん・・フェアリーサークルはオレしか連れて行けないみたいなんだ。マリーさん、ありがとう。・・でも、オレが行くのが一番安全だと思うんだ。トトは、友達なんだよ?」
マリーさんは悲痛な顔で涙を浮かべた。
「ユータは・・きっとダメだって言っても行くんでしょう・・それを僕たちは止められない。だったら、可能な限り準備して送り出すしかないよ。ごめんね、ユータ・・僕たちが代われたらいいのに。」
「ううん!ありがとう!オレ、自分にできることがあって嬉しいよ?そんなに心配しないで!」
こうしている間にもゴブリンたちは集落に近づいている。結論が出なくても振り切って行くつもりだったけど、セデス兄さんはそれも分かっていたみたいだね。
「・・・もう、時間がないの。オレは魔法で色々できるから準備は大丈夫!何か必要だったら戻ってくるから。行ってくるね!」
「ユータ様っ!?」
マリーさん、ごめんね。でも間に合わなくなっちゃったら後悔するから。
ふわっとオレを包んだ光が消えると、辺りは真っ暗闇の森。
「きゅきゅ!」
こっちからゴブリンが来るよ!どうする?
ラピスの示す方から、確かにゴブリンの反応が近づいてくる。遠目に見えてきた影は、木の根で跳ね上がろうがぶつかろうが構わずに突き進む荷車。トト・・大丈夫だろうか。
大きく深呼吸して体勢を整える。うん・・ゴブリンは小さいから、あまり怖くない。あの熊とかトカゲの方がよっぽど怖かったよ・・これなら大丈夫。ゴブリンの集落が近いせいか、周囲に魔物もあまりいない。
オレはトトを救出できたらそれでいい、何も倒そうなんて思わなくていい・・・・よし!!
ガラガラと派手な音をたてて、今にも分解しそうなボロボロの荷車が迫る。
ギッ?
ギギィ!!
ゴブリンたちもオレを発見する。その目は明らかに獲物を見つけて喜んでいた。
まずは、荷車を止める!オレは慣れていないんだから、得意魔法でできることを!
サッとオレが地面に手をつくと、荷車の前の地面がぐんぐんと急角度でせり上がっていった!・・やがて登り切れずに止まった荷車。小さな馬が必死に足を踏ん張っているが、ずるずると後ろへ引っ張られている。
よし、次!
ドゴッ!!と音をたてて地面から、逆ギロチンのように土壁が飛び出す!荷車を破壊し、トトの周囲を覆って、ゴブリンとトトの入った袋を隔てる壁となる。トトを守る小部屋の完成だ。この繊細な作業が、ヒトの醍醐味。扱う魔力が少ないが故の、精密なコントロール。
「よし!これでトトを保護できた!オレはトトの所に行くから、ゴブリンをお願い!」
言いながら土壁に取り付くゴブリンを吹き飛ばし、さっと入り口を開けると中へ滑り込んで入り口を閉じる。
「・・・トトっ!トト!!」
急いで袋の口を開けると、むわっと嫌な匂いがした。頭がくらりとして、慌てて風で上空へ吹き飛ばして換気する。袋の中には薬草のようなものが入れられ、その匂いが充満していた。毒・・ではなさそうだから、麻酔や睡眠薬の類いだろうか・・トトをなんとか引きずり出したら、袋の口をしっかりと閉めておいた。
急いでトトと回路を繋いで全身を調べてみたが、飲まず食わずで少し衰弱していることと、乱暴に運ばれた打ち身があるぐらいだ。
よかった・・・・ホッとしてへたり込みそうになる気持ちを叱咤して、トトの回復を行っていると、遠くから蹄の音が近づいてきた。
カロルス様だ!!
大丈夫だと言いつつ、やっぱり不安だった。カロルス様が来る、そう思ったら泣き出しそうで。腕の中のトトを見て、ぶんぶんと首を振る。しっかりした所を見せないと!
「ラピス、ゴブリンは?」
もういないよ?やつけたから集落の方に伝わってないし動きもないから大丈夫。
全く心配はしてなかったけど、さすがだね!苦労してトトをおんぶすると、周囲の土壁を戻して外へ出て、カロルス様たちに分かるように、ごく淡い明かりをつけておいた。
抜き身の剣を持って駈けてきたカロルス様たちが、明かりを見て速度を落とす。
「きゅきゅー!」
「あっ?!おい!毛玉!!」
アリスがオレの胸元に飛び込んでくる。アリス、がんばったの!そう言いたげだ。
「アリス、お疲れ様!よくがんばったね~とても助かったよ!」
「・・・・・?・・は???ユー・・タ??」
ゆっくりと近付いてきたカロルス様たちは、状況が飲み込めず混乱している・・。
そりゃそうだよね。オレはにこっとして手を振った。
「カロルス様ー!トトはぶじです!」
呆気にとられた顔で剣を治めると、馬から降りたカロルス様。オレのほっぺたを両手で挟んでまじまじと見つめる。
「・・・かろりゅしゅさま・・?」
「・・・うん、ユータ、だな?なんでこんな所に・・・?!ってお前、具合は?!」
「もう大丈夫!あのね、集落に入ってしまったら危ないと思って、ラピスにここまで連れてきてもらったの。」
ほっぺたの手をずらして答えると、カロルス様は険しい顔をした。
「なにっ?!・・お前・・・また無茶を・・!!だが・・やはり、集落に向かっていたんだな。ゴブリンの足の割に妙に速いと思っていたが・・これはなんだ?」
「これ荷車みたいなものだったよ。小さい馬みたいなのが引いてたの。」
「ゴブリンが・・・荷車を?しかも馬に牽かせる・・・?そんなもの聞いたことないぞ。」
「そうなの・・?トトの入った袋にも薬草みたいなのを入れてたから、ゴブリンって人と同じぐらい知恵があるのかと思った。」
「薬草・・・?ちょっと見せてみろ。」
トトを兵士さんに預けると、カロルス様に袋を渡す。
「グレイ、ちょっと見てくれ。」
「はい。・・・・・・カロルス様、これは『レネース薬』です。ゴブリンが作れるものではありません。」
「えっ・・・じゃあどうして?」
「・・さぁな・・どっちにしろ危険だと判明した以上はここの集落はつぶす必要がある。ユータ、集落はどこだ?遠いか?」
「えっと・・・あっち!ううん、馬ならもうすぐ近く。」
「よし、俺とグレイで偵察してくる。すぐに追いつくからお前らはトトを連れて村へ向かってくれ。油断するなよ?」
「はっ。」
「アリス、みんなを村に案内してくれる?」
「きゅ!」
アリスが先導を始めると、あからさまにホッとした様子の兵士さんたち。そうだよね・・夜の森で目印もなしに村まで帰るのは難しいよね。
「よし、じゃあお前も帰れ!ちゃんと寝てろ。」
「集落まで案内するよ。その方が早いでしょ?」
「・・・まあ偵察だけだからな。いいか、俺の後ろにいろ。万が一戦闘が始まったらすぐに帰れ。できるか?」
「うん!邪魔にならないようにする!」
いつもは前に乗るけれど、今日は大きな背中の後ろに乗ってしっかりと掴まった。
馬で5分ほど走ってから、下りてそっと進む。
「・・あそこか。・・でかいな。」
「ええ、ヤクス村の人口を軽く超えていますね。どうやら廃村を利用されたようです。」
森に潜んで目を凝らす。
ボロボロの柵で囲まれたそこには、まさに『ゴブリンの村』と言うべきものができていた。柵の中では収まらず、周囲に大きく広がっている。村と言うよりもはや町規模だろうか。
「これはマズいな・・ギルドに依頼を出すか。捕らえられた人がいるかもしれんな。」
あ・・そうか、他にも攫われた人がいるかもしれないんだ。
オレはレーダーを精密に切り替えて細かく調べていく。ゴブリンゴブリンゴブリン・・ゴブリンだらけで気分が悪くなりそうだ。
「あ・・いる!あの建物の中。ラピス、お願いできる?」
「きゅ!」
ラピスは頼もしく鳴くと、しゅっと飛んでいった。
・・ユータ、なんか変なの。人はいるんだけど・・。
ほどなくしてラピスから困惑した気配が伝わってくる。