835 褒め基準
「……なんかもう、冒険者にも色分け制服とかあればいいのに」
そうすれば、一目瞭然で実力の程度が分かるってものだ。
オレは不毛なことを考えつつ、ちょっぴり不貞腐れながら鍋をかき混ぜていた。
だって、みんなして迷子か、魔物か、なんて周辺を探し回ってくれていたっていうんだもの。オレが行方不明だと思ってたなんて。
ありがたいよ、とてもありがたいけど……でも。
引率もこなすDランク冒険者を総出で捜索するなんて、普通ないでしょう。そりゃあ不貞腐れもするってものだ。
「こんなことなら、これからはみんなにDランクですって宣伝しておこうかな」
一応、オレがDランクだというのは分かってもらえたけれど、だからといって夜分に幼児が野営地から出ていくなと言われてしまった。……ねえそれ、本当にDランクって分かってくれた?!
ちなみに、夜散歩してシロと外で寝ていたことにしている。皆シロからはある程度感じるものがあるらしく、魔物と出くわさなかったのはこのためか、なんて言われてしまった。
いい香りに惹かれて、ちらちらこちらを見ながらうろつく人たちが集まり、なんだか儀式の場みたいになっている。ぽかりと空いた空間の真ん中に、オレ。
「よし、できたよ! みんな集まってー!」
いくら不要だったとはいえ、ご迷惑をおかけしたらお詫びの品を。ということで、全員に朝ごはんを用意してみた。
先に出発する人たちにはクッキーでも渡そうと思ったのだけど、みんな急がないらしい。
「すげえいい匂いが……何なんだ、これ。マジで全員に配れるのか……Dランク、か」
「非常食の欠片でも配んのかと思ったが……お前さん、本当に只者じゃなかったんだな」
なぜ……なぜ食事を作った方が実力を認めてもらえるのか。腑に落ちない。
「だから! オレ結構活躍しているDランクなんだってば! みんな集まった? じゃあまずは――いくよ?」
これは、オレのせいで削られた体力を戻すために。あと、実力を見せつけたいオレの個人的な理由。
「――回復!」
適当な文句と共に、両手を広げてくるりと回る。
ふわり、広がった柔らかな光が周囲を包み込む。
「こ、れは……?!」
「回復? こんな規模の……初めて見た」
驚愕の視線が集中し、オレは密かににんまり笑ったのだった。
「――うめえ、これが、あの……!!」
「さすがはロクサレンだ、食のロクサレンは伊達じゃねえ!」
みんなに振舞ったのは、ロクサレンカレー。学会であれだけ人気を博したから、きっと今後有名になるだろう。先取りして食べたと言えるのは、きっと彼らにとってもメリットだろうから。
カレーなら、オレでも朝からイケる。正直朝食以外の機会で食べたいけれど、問題はない。
お腹が満足したらしい頃合い、あちこちでぼそぼそ呟く声が聞こえ、少し耳をそばだてた。
「なんだかな……俺、ちょっとガキを探しただけなんだけど。傷は治るしこんな美味いもん食えるし、逆に罰あたりそうだ……」
「俺なんか、諦めてた古傷まで……。どうする、金払うっつっても俺らが払える額じゃ……」
たらり、とこめかみを汗が伝う。
そうか、元々怪我していた人もいるのか……冒険者だもんね。うん、少々やりすぎた。
これは何か言われないうちに、早々に立ち去ってしまわねば。
「じゃ、じゃあ! オレちょっと急ぐから! 色々ありがとう!!」
サッと立ち上がって、素早く背を向ける。
背後で口々に何か言われているけれど、一切聞こえないふりでシロ車に飛び乗り、大きく手を振ったのだった。
「あ~、一人旅も楽じゃないね」
シロなりの『ちょっと速足』で、誰も追いかけてこられない場所まで行くと、オレはごろりと空を仰いで溜息をついた。
誰にも邪魔されずに、こうしてごろごろできるのはとてもいいことなんだけど。
「お昼はどうしようか。休憩所に寄るの面倒だなあ……」
だって休憩所にわざわざ行くより、お布団ふかふかのシロ車でこうして転がっているほうが、ずっと快適だもの。
ぼんやり仰向いた視界は、オレの黒い目が染まりそうな青。綿菓子を薄くちぎったような雲が浮いている。
しゃららら、と近づいて来た風がシロ車の中まで流れ込んで前髪を揺らしていった。
口の中は、まだカレーの味がする。口の周りは……うん、カレーの味。
何とはなしに、ふふ、と笑う。
別に、毎回休憩所に行かなくてもいいんじゃないかな。
街道をシロ車で走っていれば十分印象的だし、見かけた人がいれば、証言として十分であるはず。
実際こんなアリバイ工作が必要かどうかは分からないけれど、念には念を入れよってやつだ。
「よし、決めた! 夜はちゃんと野営地に行くから、お昼はここでのんびりしよう!」
うん、と大きく頷いて体を起こす。
「だから、君たちもちょっとお外に出るといいよ!」
振り返れば、ニーチェたちがきょとんと目を瞬いた。だって、ずっとケージの中ってわけにいかないでしょう。
――じゃあ、ラピスたちが警備してあげるの!
ケージを開けて、そっと二匹を下ろした途端、その頭上で管狐部隊が円を描く。
「きゅ!」
バシシュ!
光線じみた小さな魔法が、何かをジュっと焼いた。そこ、何かいた……? せいぜい虫じゃない?
だけど途端に色めき立った管狐の輪から、方々へ光線がほとばしり始める。
ビッ! ジャッ! バシュ! バチッ!
怯えるニーチェたち。チカチカするオレの目。
「す、ストーップ! 待って、攻撃やめ!」
「「「きゅっ!!」」」
きらきらしたつぶらな瞳が、一斉にオレを見る。欠片の悪意も邪気もない瞳は、まるでオレの方が間違っているような気さえして――
『主! 気を確かに!』
『大丈夫、今のあなたは正しいわ!』
そ、そうか。
「虫にまで攻撃しなくていいから! ニーチェたちが本当に危ない時だけ! 今はモモがいるから基本的に大丈夫!」
『私なのね。つまりあなた、寝るつもりね』
だって、早起きだったから寝ておかなきゃ。
昨日寮に帰っていた間、ニーチェたちは管狐警備の元ケージごと付近に隠していたのだけど、なぜか周囲にお堀のような溝が形成されていて。……なるほど、こういうことだったのか。
「でも、大進歩だよね! 以前までなら周囲がクレーターになっていたはず!」
更地にも月面風にもなっていなかったのは素晴らしいことだ。お堀はあったけど。
――特訓の玉桃なの!
胸を張るラピス自身が攻撃に参加していなかった時点で、お察しな部分ではある。あと、桃ではない。
『いいのか、それで』
『褒め基準の低下』
チャトと蘇芳がそろってうつらうつらしながら、そんな所だけ声を上げた。
いいんだよ、できた所は褒めてこそだ! だってオレは、限りなく低い基準でも褒められたら嬉しい。
「よく寝て偉いね、って誰か褒めてくれてもいいと思うんだけどな」
布団に飛び込んで、変わらず青い空を見上げて笑う。
『あなた、本当にそれでいいの……?』
『あうじ、いつもちゃんとねんねして偉いって、あえは思ってる!』
『アゲハだって、いつも偉いぞ~! 俺様ちゃんと見てるぜ!』
賑やかな声を聞きながら、重くなってくるまぶたを感じる。
贅沢だな、こんなお天気の中。ちょっとばかり眩しいけれど、おかげで温められたお布団がふかふかする。日に干した布団の香りがして、オレも一緒に干されているんだなと可笑しくなった。
『ゆーた、寝ちゃう? ぼく、お散歩行ってくるね!』
夢うつつにうん、とだけ返して、オレはぬくもりに溶け込むように眠りに落ちたのだった。