833 判断が難しい
たどり着いた野営地では、夜を明かす人たちがテントを設営したり、夕食の支度をしている。
うっかり寝過ごしちゃったけど、シロ車で料理ができたから時間に余裕はある。そもそもお腹が空いていない。
「テントだって、畳んでないからそのままだし! 簡単簡単!」
いつもオレが料理、タクトがテントを担当しているけれど、あっと言う間に設営して戻って来るもの。何なら杭も抜いた状態そのまま、紐の先に引っかけて収納に入れてある。
ばふっとテントを収納から取り出すと、さっそく杭を手に取った。
「これを……あれ? これを、どうやって打ち付けるの?」
叩くべき道具がないことに気が付いて、タクトはいつもどうやってるんだと不思議に思う。もしかして、素手? ひとまずオレには無理なので、槌代わりに土魔法で手ごろなサイズの石を用意した。
金属の杭を打ち付けると、カン、カン、といかにもそれらしい音が響く。……音は響く。
「……全然土の中に入って行かないんだけど?!」
いい加減手がしびれてきて、石と杭を放り出して尻をついた。オレ、楽器を作ったわけじゃないんですけど!
あんなに簡単そうに設営していたのに。ずっと前、3人で最初に設営した時はスムーズだったのに。
だけど、思い返せば最初の設営の時も、オレって大したことしていないかも。
「だけど、オレにはテントなんて必要ないんだもの、しょうがないよ」
土魔法で小部屋を作る方がよっぽど簡単だ。
……だけど、まあ、今はやめておく。オレにはちゃんと分別があるから、こんな他の目がある場所でそんなことしない。大丈夫。
杭うちを諦めたオレは、ひとまず夕食を先に済ませると、さっと洗浄魔法でお風呂も終了。大丈夫、こんな所に露天風呂を作ったりなんかしない。
身体はスッキリ、お腹は満たされた。そうなると、もう目がとろりとしてくる。
「――これも、発想の転換ってやつだよね。テントはさ、雨風を防いだり安全のために使うものなんだから。それなら、これで問題ないはず」
『テントの役目ってそれだけかしら……究極的には確かにそうなんだけど』
『発想の転換! 主カッコいいぜ!』
あふ、と溢れるあくびをやり過ごし、そそくさと布団に潜り込んだ。
真っ黒なのに、遥か高く感じる夜空。体がぐらつきそうな深淵に、慌てて目を閉じる。
ちゃんとお洗濯してふかふかの布団から、いい香りがする。
あちこちの焚火でぱちっと時折木が爆ぜて、冒険者さんたちの身じろぎで金属の擦れ合う音がする。
一人で野営の夜。だけど、周囲には冒険者の気配。
顔の周りにはモモやらティアやらラピスやらがいて、蘇芳はお腹の上、微妙に邪魔な場所にはチャトがいる。ちなみにシロは、夜散歩に行って帰って来ていない。
案外、眠れそうだと思うが早いか、意識が落ちるのが早いか――。
……なんだか、うるさい。
どのくらい眠っていたのか、不快感を募らせてうっすら目を開けた。
全然朝じゃない。まだ真っ暗。
「おい! おいぼうず!!」
「しっかりしろ!」
再び目を閉じようとしたところで、どうも呼ばれているようで渋々まぶたを持ち上げた。
眉間にシワを寄せて顔を上げると、思いのほかたくさん人がいて目を擦った。
「……無事だったか」
周囲がホッと安堵する気配に小首を傾げる。
「無事って? オレ、寝てたのに……」
見回してみたけれど、別に焼け野原になっているわけでもなければ、魔物の大群が押し寄せているわけでもない。何の異常もないのに、どうして起こされたのか。
「は? 寝……?! そんなところで寝るやつがあるか!!」
「死んでんのかと思ったわ!」
野営地で寝て何が悪いのか。むっと唇を尖らせたところで、モモがふよんと揺れた。
『まあ、普通そうなるわよ』
『主の大胆さに世間はついて行けないってことか……俺様はそのワイルド感、理解できるぜ!』
おや、そういえばテントは諦めて……そう、睡魔の急襲を受けて何もかもどうでもよくなって。
改めて見回して、納得した。
うん、確かに布団では寝ている。ただし、テントどころか木陰ですらない。地面に敷かれた布団は、ちょっぴり湿っぽくなっているような気がした。
露天で布団を敷いて寝る幼児……とてもワイルド。
シールドがあれば何も問題ないと思ったんだよ、あの時は。睡魔ってありとあらゆる思考を鈍らせてしまう、恐ろしい魔物だ。
「みんな、オレが寝ぼけてるなら注意してくれれば良かったのに……」
いつもあんなにアレコレ言うのに、肝心な時には言ってくれないんだもの。オレはちょっぴり頬を染めて布団から抜け出し、さっと乾燥と洗浄魔法をかけておく。
『あなた、あれは寝ぼけてたの?』
『スオー、いつも通りと思った』
『普段と何も変わらん』
どう見てもおかしいでしょう?! いつも通りなわけないよね?!
ひとまず、睡魔はまだ隙を窺っている。早く事を済ませてしまわねば。
分かった、いっそ土魔法で固定してしまえばいいんだ。発想の転換だよ、何も杭は上から打ち付けるんじゃない、下から生えたっていいはずだ。
いいアイディアにほくそ笑んだところで、チャトがぼそりと呟いた。
『杭を刺したところで……その先は』
相変わらずの言葉足らずに首を傾げ、手順を思い返した。
「杭を刺してポールを立ち上げて――」
これを、持ち上げる? オレが?
ただでさえ重いテント。いつも3人で使っているテントは、結構大きい。
オレは即座に理解した。
「これ、オレが組み立てるのは無理だね」
だけど、今後もテントは使うんだから、無理では困る。
じゃあ、組み立ててから持って来ればいい。急がなくては……睡魔がもう、そこまで。
「――おう、おかえ……りじゃねえな。お前、もう迷子なの?」
ふわっと転移すると、すぐそばに重りを上げ下げするタクトがいた。
チャトと蘇芳がさっそく布団でごろごろし始めている。すぐに出るんだからね?!
「迷子じゃないよ! タクト、これ杭うちして立ち上げて!」
広がったままのテントを取り出せば、狭い寮の部屋ではベッドまでテントに占領されてしまう。
「は? ここでできるわけねえだろ、どこに杭を打つんだよ」
「待って、地面を用意するから。それで、地面ごと収納に入れるようにすれば、今後も楽でしょう?」
言った途端、左右からぺちまふっと衝撃が襲った。
『起きろ主ぃ! 睡魔なんかに負けるようじゃ先が思いやられるぜ!』
『はいはい、寝ぼけてるわよー』
何事かと目を瞬かせるオレの左右の耳に、チュー助とモモのセリフが飛び込んで来る。
「寝ぼけてませんけど?! 今は起きてるの、見れば分かるでしょう!」
両頬をさすりながら、憤慨してじろりと左右の肩を見る。まったく、ゼロか100かじゃないんだから、ちゃんと判断してほしいものだ。
『スオー、やっぱりいつも同じと思う』
『分かるか……!』
チャトの長いしっぽが、べしっとオレの頭を叩いたのだった。
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