829 決断を迫る神の意志
「やー、相変わらずお前はやらかすよな!」
「……言ってくれればよかったのに!」
せっかく、せっかくだよ?! オレが最近活躍して評価を上げてきているっていう時だったのに!
あのギルマスの目と言ったら!
「まるっきりダメな子を見る目だったね~。ああ、お腹痛い~」
ひたすらむくれるオレを、ラキがつついてまだ笑う。
今回だって、そつなく任務をこなして、大きな怪我もなくお腹いっぱいで満足の帰還だったのに!
『だから、最後がおかしいのよね~』
『主ぃ、まだモロモスを引きずってるぜ』
だって……だってそれが今回の一番大事な部分じゃない? どうしたって出てきちゃう。
あれから無事にラキが報告をすませ、オレたちは街の外へ向かっている。
BBQを楽しんだ後はアジトで一泊、翌日にオレたちは戻って来たのだけど、他の冒険者さんたちはまだ向こうでお留守番だ。彼らの代わりに、捕まっていた生き物たちを積めるだけ積んで連れ帰ってきた。
最初は冒険者さんも生き物も、あと賊も少しずつ平等に乗せてピストンしようかと思っていたのだけど、ラピスの一言が……。
――素材、生きてなくてもよければ、ラピスがフェアリーサークルで運んであげるの!
うん、よくない。すごくよくない。
そんなこと言うもんだから、目を離したすきに親切心を発動させてしまったら一大事だと、荷物形式で何段にも檻を積み上げ、過積載トラックみたいな有様で帰って来ていた。
車輪が地面に食い込んで、とても引きづらそうだったけれど、そんな状態でも、シロはぐいぐい引いて歩く。それはそれで楽しかったらしい。
……ラキと車体は悲鳴をあげていたけれど。
「ああ、大分傷んじゃってる~。シロに軽さはいらないから、この際常識を取っ払って素材を考え直して~」
ラキがシロ車の元へ戻ってくるなり、車輪の下に潜り込むようにしてブツブツ零している。シロ車はこうして日々進化を遂げているんだな。
「シロ、番犬してくれてありがとう! もうしばらくここで待つんだって」
『ぼく、イイコで待ってたよ! みんなも、イイコだよ!』
振り返ったシロ車には、山積みの檻。おとなしい生き物たちばかりなのか、それともシロがいるせいか、騒ぐこともなく静かだ。
この分だと直接ギルドに連れて行ってもよかったかもしれない。
「なあ、お前西門周辺って伝えてたけど、ここ周辺か? 誰か探しに来ても、俺らがどこにいるか分からないんじゃねえ?」
オレたちがいるのは西門側の人目につかない場所。普通は分からないかもしれないけど……
「ああ、それは絶対に――ほら」
町の方から一直線に向かってくる土埃。オレたちがどこにいるか分からなくても、きっとシロたちの居場所は察知するはず。
「あ~そうか、専門の、ね……」
納得したタクトのぬるい視線が注がれる。
「シロちゃ~~~ん!!!」
一足飛びに飛び込んできたのは、やっぱりシーリアさん。
顔面からシロの胸毛に埋もれて、ベージュの後頭部とポニーテールだけが見えている。
ギルマスから専門家をやると言われたので、きっとそうだと思っていた。
「シーリアさん、幻獣たちが捕まったままだから! お仕事しよ!」
「ハッ……そうだった! みんな、シーリアさんが助けるからな!」
シロと融合しそうなシーリアさんをぐいぐい引っ張ると、ズバッと立ち上がって檻の方へと駆け寄っていった。
「ああ! なんてこと。ミルミキーまでいるなんて、こりゃ絶対盗難だろうね。飼育だってここらじゃ難しいだろうに、貴族の輩はこれだから……」
ぶつぶつ言いながら目をぎらつかせて檻の周囲をうろつくシーリアさんに、大人しかった生き物たちが怯えている気がする。
「盗難って、この辺りには全然いないから?」
「そうとも。そもそも、分布は限られてるから貴族用に高値がついていてね……だけど、その環境でしか生きづらいから限られているのであって――」
言いながら、シーリアさんが檻に何かを貼っては書き付けている。
どうやら種族名や注意点と、専門家としての見解を書いているらしい。
「今回は食べものに困りそうな子は――あ、シーリアさん、この子もニーチェと同じ?」
美しい水色の毛並みと、オコジョのような外見。シーリアさんのところへ居候している幻獣と同じだ。
「本当だ! はっ……これは、もしや……私に決断を迫る神の意志……? 世界を、正せと……」
急にスケールの大きなことを呟いたシーリアさんが、何かにとりつかれたようにぼうっと静止している。
「……とりあえず、分かりやすいように分類ごとに檻を組み替えよっか」
「シーリアさんはいいの~?」
いいと思う。多分、きっと、どうせ、どうでもいいようなこと。
そして、シロ車へシーリアさんも積み込んでギルドへ戻ったところで、彼女がハッと我に返った。
「ま、待ってくれ! その子は私が一時預かりするから!」
ギルド員さんがせっせと荷下ろしする中、さっきのニーチェと同種の檻を抱きしめている。
「それは構いませんが……」
「もちろん、持ち主の確認をして、返却先がなかった場合は買い取りということで!」
「私どもは助かりますが……あの、シーリアさん結局前の幻獣も買い取りになったんじゃ……」
「まだっ! まだ完全買い取りになってないから! 今は仮! まだ決めかねてるの!」
周囲からの視線が生ぬるい。シーリアさん、そうやって毎回買い取りになってるんじゃ……。
「――前、言ってたこと、やっぱり依頼しようかなと思ってさ」
ついでにギルドで管理しきれない数匹をシーリアさんのお店に運ぶことになり、オレたちはシロ車でお店へ向かっている。
ぽつりと呟いた彼女を見上げると、顔を俯かせたまま、苦しげに言った。
「ここへ来て同種が現れるとか、天啓のような気がしない? ニーチェとこの子、両方を故郷に帰してやる機会なんじゃないかって」
それがさっきの……。どうでもいいことではなかったけれど、やっぱり世界の命運はかかっていなかった。
「依頼って、ああ、店を留守にできないんだっけ」
だから、ニーチェを故郷に帰す役目を、オレたちに任せたいってことだったはず。
ただ、その決断をシーリアさんができないもんだから永遠に保留のままだったけれど。
「シーリアさんからの依頼なら、喜んで受けるよ?」
にこっと微笑むと、シーリアさんもやっと弱々しい微笑みを浮かべた。
「ねえユータ~?」
ふいにラキに裾を引かれて振り返ると、複雑そうな顔をしている。
「それ、確かに受けるとは言ったんだけど~、すぐには無理じゃないかな~?」
「どうして? ラキ、用事がある?」
「ラキってか、俺らにあるだろが」
タクトまで当然のように言うから、慌てて記憶をひっくり返してみる。
「あっ、もしかして大魔法の練習?!」
パッと顔を上げると、二人が『おおっ』と言わんばかりに驚愕の顔で拍手などする。
ものすごく失礼。
「よく思い出したね~! そう、練習もそうだけど、そろそろ本番が~」
「もうちょい先だけどさ、依頼も……もうちょい先になりそうじゃねえ?」
そっか……この分だとシーリアさんが決断して、そして別れを惜しむのにまだしばらくかかるだろうし。万が一にも本番に被ってしまうとダメ……あれ? ダメだろうか?
護衛依頼ではないし、以前の配達屋さんアイディアではないけど、オレが一人で行ってもいいよね?
そうしたら、立派なアリバイってやつができるんじゃない? オレが全く大魔法の発動に関わっていませんって。
もちろん、会場には行きたいからこそこそ転移で戻って来て見学しようとは思うけれど。
シーリアさんはきっと、シロがいればOKって言いそうだし。
これは渡りに船ってやつかもしれない。そう思ってにんまりと笑ったのだった。