828 新たな食の可能性について
……あれ?
てっきり歓声が上がると思いきや、静まり返った周囲に視線を彷徨わせる。
刺激が強かった……? いや、まさか。だってDランク冒険者だよ?! みんな多少なりとも野外で狩りをして食べているはず。
戸惑ううちに、一人が錆びついた機械みたいな挙動でオレを見て、小さく尋ねた。
「お……おかわり、って……あれだよな? ちびっ子はこれも肉だと思っただけだよな!」
他の彼らも、ハッとしたかと思うと、次々縋るような目をする。
「そ、そうか、おかわりって別に同じ種類の肉である必要はないよな?!」
「そうだ、そういうことだよ!!」
おや、あんなに美味しそうに食べていたから、てっきりモロモスがいいのかと思っていたのだけど。
「そっか、他のが良かった? でも、みんなこれが好きそーー」
ラキがオレの口に蓋をするのは、ちょっとばかり遅かった。
再びシンとなったその場は、瞬く間に阿鼻叫喚の渦に包まれたのだった。
「――結局、食べるんじゃない」
ちょっとばかりむくれつつ、そろそろお腹いっぱいなオレはモロモスの解体に取り掛かっている。
あんなに大騒ぎしたくせに、じゃあ食べないのかと思ったら、みんな食事再開するんだもの。
……まあ、ちょっぴり泣いている人はいたけど。
「食うけどな?! だから先に知りたくなかったんだよなー! 何割か味が落ちるような気がするじゃねえか」
そんなことを言うなら、そのもりもり食べている食欲だって、何割か落としてもいいと思うんだけど。解体するか、食べるかどっちかにすればいいのに。よくこの場でお肉を食べようという気になるものだ。
いくらオレだって、ちゃんと配慮してBBQ場から離れているというのに。
「でも、ちゃんと頭も足もある『生き物』の姿だったし、猛烈に臭いわけでもないし、想定の範囲内で良かった〜」
一体ラキはどんな生き物を想定に入れていたんだろうか。むしろ想定外はどんな……?
そもそも、無理に食べてほしいわけじゃない。個人の嗜好には色々あるのが当然だ。どうぞご自由に、と言っているのに。
ブツブツ言いながら、せっせとモロモスをお肉としての見た目に解体していくと、少しばかり違和感を感じた。
さっきまで食べていたモロモスと、大きさも姿形もさほど変わらないように思うけど、なんだか肉の質感が違うような気がする。一体しか解体していないし、何がとは言えないけれど。
一応……と少しだけ焼いて口に入れ、思わず顔を顰めた。
「……美味しくない」
呟くかどうかのうちに、横合いからフライパンに残ったお肉がタクトが攫われる。
「うわ、微妙。俺、あっちを食う」
タクトまでそう言うなんて、相当だ。
「どんな味なの~?」
「喰ってみろよ! 食えねえわけじゃねえし」
決して口に入れようとはしないラキが、興味深げにお肉を見つめている。オレはなんとか口内のものを胃の方へ押しやり、首を捻った。
「なんか……さっきのより生臭いっていうか、水っぽいっていうか」
『そう? 新鮮な時はこんな匂いだったよ! そこそこ美味しいお肉だよ!』
シロがそう言うからには、生前の匂いに差はなかったんだろう。しかしシロの言う『そこそこ』の範囲が大分怪しい。確かにシロは生でも美味しくいただけるからなあ……。『とても美味しい』だと確かに美味しいのだけど。
じゃあ、美味しくないのは狩りたて新鮮だからだろうか? だけど、さっきまで食べている間に血抜きはしていたし、内蔵もとって洗ってあるんだから、狩りたてそのままなシロ&ラピス直送便よりは――
「あ! もしかして……!」
思いついたオレは、目の前に取り分けたお肉に魔法を発動させる。
つい強めにかけたもんだから、キッチン台まで半分氷漬けになってしまったけど、そんなことはどうでもいい。
「ユータ?どうしてキッチンを凍らせちゃったの〜?」
「その肉、美味くねえから冷凍して誰かにあげるのか?」
タクト、普通美味しい方を人にあげるものだからね?
「さっきのお肉はね、実はシロが獲ってきてラピスがクール便で送ってくれたやつなんだ。だから……!」
察しのいいラキが不思議そうな顔をする。
「凍らせたら、美味しくなったりするの〜?」
「そう! お肉の中の水分が凍ることで、解凍した時に余分な水分と臭みが抜けた……のかもしれないと思って!」
そうだよ、だっておかしいと思ったんだ。こんなに美味しいなら、どんな見た目だってきっとみんな食べていたはずだもの!
『そうでもないと思うわよ』
『主ぃ、そういう人は割と少ないと思うぜ!」
両肩からそんなことを言われたけれど、そうだろうか。少なくとも日本では割と通じる共通認識だと思っていたのだけど。
「タクト、ほら美味しくなったよ〜」
冷凍、そして解凍処置を施したお肉が、最初のお肉と似た質感になっていると思うのは、オレの希望的観測だろうか。
「すげーな、凍らせたら美味くなるのか?」
差し出したお肉にぱくっと食いついたタクトが、瞬く間に飲み込んで満足そうに美味いと笑う。
うん、やっぱり! これで仮説は証明された。
そこへ、そろそろ腹が落ち着いてきたらしい冒険者さんたちがちらほらやって来た。
「その図体を解体すんのは骨だろ? せめて、俺らにやらしてくれ」
「うっ、目の前で見ちまうとますます食欲が……いやでも食ったら美味いんだよなあ」
どうやら、オレが解体に取り掛かっていることに気がついたらしい。そして、そろそろ積んでいたお肉の山が消滅の危機を迎えているらしい。
「ありがとう! でも、処理が必要だからちょっと離れてて!」
訝しげな顔をした冒険者さんたちが足を止めたのを確認して、一気に魔法を発動する。
「いくよ〜『冷凍保存』!」
ちゃんと断っておいたのに、冒険者さんたちがヒッと声を上げて尻餅をついた。
氷のオブジェは、微妙に解体途中で様にならない。いや、むしろこれこそ芸術というものかもしれない。
なんてどうでもいいことを考えつつ、今度は解凍作業。オレの魔法をオレが解除する分には簡単だ。
みるみる溶けていったモロモスがいい具合の半解凍となったところで、さあどうぞと彼らを促した。
さっきまでモロモスを見ていたような視線がオレに注がれたのだけは、ちょっと納得いかなかったけれど。
「――大発見じゃない?! 美味しいって分かったら、モロモス狩りが流行っちゃうかもね!」
翌日、オレはウキウキと足取りを弾ませながらギルドに向かっていた。
オレ、次の学会で発表しようかな? 『冷凍することで著明な肉質改善を認めた事例について』とかさ!
「発見ではあるけど〜」
「それよりアレを食ったのか?! ってなりそうだよな」
苦笑する2人は全然分かってない! もしかするとモロモス以外にも当てはまるかもしれないのに。きっと新技術だよ? 冷凍技術の発達していない世界だから、中々知られなかった方法だろうし。
「……さすがだな、随分早いもんだ。いい報告聞かせてくれんだろな?」
ニヤァと笑うギルマスのあくどい顔だって、この時ばかりは気にならない。
オレは張り切って大きく頷いた。
「もちろん! 食べてみると本当に美味しいんだから。これは、新たな食の革命になるかもしれない一大発見だよ! 分かる? その方法」
そこで切って、眉間に皺を寄せて分からない、といった顔をするギルマスを見上げた。ふふ、分からないでしょう? きっとギルマスには思いつかないんだから!
勿体ぶって咳払いすると、ゆっくり口を開く。
「それはね、冷凍すること! 冷凍したお肉を解凍すればーー」
意気揚々と説明しているっていうのに、ふいに巨大な分厚い手がオレの口を塞いだ。
「何言ってるか分からん……は? 肉? 解凍? 喰う?」
やっぱりそう来たか。オレは急いでその手をずらして続ける。
「最初は拒否感があるかもしれないけど、食べてみたら分かるから! 否定意見は、食べてからなら聞いてあげる」
焼きたてお肉は、ちゃんと収納に入れてある。それを取り出そうとしたところで、ギルマスがこめかみを揉んで頭を抱えた。
「何一つ分からん……一体何の話なんだ」
言われて初めて、肝心な部分が抜けていたことに気が付いた。
「あのね、モロモスのお肉! 美味しく食べる方法が見つかったからーー」
嫌がるかな、興味を引くかな、ドキドキしながらそう告げると、ギルマスの反応はどれとも違った。
「……なあ、教えてくれ。お前は、何をしてきて、何の報告をしている?」
今にも青筋を浮かべそうな顔を見上げ、それはもちろん新たな食の可能性について……と言おうとして何かが引っかかる。
何を……? そう、オレは、何を……何をしに…………
そして、後ろで必死に笑いを堪えていたらしい二人が、とうとう吹き出した。
走馬灯のように今までの映像が巻き戻されて――ぱちりと瞬いた。
点と線が、今繋がった。
『最初からずっと繋がってるが?』
辛辣な声が、ギルマスの視線と共にサクリとオレに突き刺さったのだった。