827 不味くないけどマズい
網からはもうもうと煙が上がっている。
よく食べそうな冒険者たちだし、人数も多いし、網はありったけ取り出してみた。もはやサイア爺(お魚の姿)が丸ごと焼けそうなくらいのスペースがある。
だから、あの、そんなパズルみたいに隙間なく肉を並べなくても……。ぴったりそろって全部消えてしまいそうなんだけど。
BBQってさ、何というか、焼いているその間にも楽しむ情緒ってものがさ……。
料理と違って、じっと肉が焼けるのを眺めていられるひとときって、結構好きなんだけどな。
ま、まあいい。誰も何も言わないけど、最初のひと切れを恐る恐る口に入れて以降、焼くのと食べるのに忙しいらしい。つまりは、美味しいってことだ。
オレも一切れ、網から取り上げた。
豚や鶏に近い、白っぽいお肉。硬いと思いきや、箸で挟んだ分厚いお肉は、へたっと二つ折りになってしまう。
「あれ? 結構柔らかい?」
もしかして生だったかと思ったけれど、しっかり網目の焦げがついている。何より、締まった繊維が生とは違う。
「めっちゃ柔らかいぞ?! これ何の肉なんだ、本当食ったことねえ感じだ!」
「ちょっと待って、ユータが……ユータが食べたことない肉なの~?! 一体何の……待って、まだ聞きたくない~! 今美味しく食べてるから~! 食べ終わってからにして~!」
オレをゲテモノ喰いみたいに言わないでいただきたい。オレが食べたものは大体みんな食べてるんだからね!
「これさ、いくらでも喰える気がするんだけど! なんか、軽いっつうの? 物足りねえって言うかさ」
それは何かが足りない時に使う言葉でね、今の場合お肉がそれにあたると思うんだけどね、タクトにはこの肉の山が見えていないんだろうか。この山積みになった肉の……あれ?
オレは、まじまじと素材テーブルを見つめた。
絶望的なくらいあった肉の山。
……なんだか、減ってないだろうか。まだ、開始してそんなに経っていないのに。
「いやいや、そうは言ってもなくなるには至らないよね! 初速が速すぎると、後で失速するよ?」
『主は最初から失速してるけどな!』
オレは普通! 別に小食というわけではないと思うんだけど?!
「じゃあ失速するまで、もつよな? まだあるんだよな?」
確認するようなタクトに、戸惑いつつ頷いた。実のところ、モロモスはほとんど出してあるけど、足りないなら他の貯肉はある。
「……すまん、つい美味くてがっついてしまった」
ハッとした冒険者さんたちが、気まずげな顔でカトラリーを置こうとする。
「あ、それはいいの! このお肉は今食べきりたいなと思ってたから! むしろ、残るだろうと思ってたからびっくりしただけ! 頑張って食べて!!」
「い、いいのか?!」
「マジか?! この肉とタレが……たまらねえんだ!!」
うおお、と歓声が上がる。
うんうん、そんなに気に入ってくれたなら罪悪感も減るってものだ。
にっこり微笑んでいると、ラキがフォークでオレの皿を指した。
「それ、早く食べれば~?」
そうだった! タレの中に沈んだお肉は、そろそろ冷めてきているというのに、箸から伝わるのは変わらず生肉かと思うような柔らかさ。くっきりとついた網の目が美しい。
持ち上げたお肉から、ジフ特製タレが滴り落ちる。きらきら艶めくのは、脂だろう。
一応用心して、大胆にカットされたお肉を少しだけ口へ入れる。
はみ、と咥えた途端、思わず目を丸くした。
「や、柔らか……!」
すぐさま残るお肉を口へ放り込み、咀嚼とも言えない咀嚼をする。
とろり、と言えばいいのかほろり、と言えばいいのか。口の中ですぐさま崩壊していくお肉は、なるほど物足りないと言えるのかもしれない! お豆腐入りのつみれ、いや、やっぱりレバーなんかが近いだろうか。
味自体は割とあっさり、だけど微かに香る野生味と焦げの香ばしさには、お肉らしさを感じる。
肉、だけど柔らかい。こ、これは……! 離乳食でも介護食でもイケそうなレベル……!!
『一気に美味しくなさそうな雰囲気が漂ったわね』
で、でも! そのくらい柔らかいんだよ!
『美味しいね! 僕、もっとしっかりした方が好きだけど、これも美味しいよ!』
功労者のシロには、でっかい塊肉を渡してある。嬉しげにしっぽをふりふり食べる様はかわいいけれど、ちょっとばかりワイルドだ。
段々小山になっていくお肉に焦って、自分の皿へまとめて3枚確保すると、じっくり噛みしめるように味わった。
「なんだろう、サシみたいなクドさはないから、水分? 焼いたのに?」
魔物の見た目も特殊だったし、お肉に水分を閉じ込める特性でもあるんだろうか。
あっさりなお肉にしっかり味のタレが絡み、口の中でお肉が解けてさらに混じり合う。
「本当、タレとよく合う……あっさり×こってりが合わないはずがないね!」
しみじみ呟くと、すかさず口を挟まれた。
「こってり×こってりも最高だぞ!」
「あっさり×あっさりだって美味しいよ~!」
こってり焼き豚にこってりタレをかけても最高。間違いない。白ごはんを掻き込む想像までして喉が鳴る。
あっさりササミと梅肉なんて、鉄板の組み合わせ。間違いない。洒落た感じで白ワインを片手に、なんていいんじゃないだろうか。
どうしよう、異論が無い。
モロモス×ポン酢もイケそう。ネギっぽい香草を一緒につけ込んで、香油を足してもいいかもしれない。
ああ、もう皿が空になった。
「これはマズいね! いや、不味くないよ、美味しいんだけど」
「だろ? やばいんじゃねえかな」
「他のお肉でもいいけど、このお肉をもうちょっと楽しみたいよね~」
このオレでさえ、結構食べられる気がする。気がするだけかもしれないけれど。
ここは計画的に他の貯肉も出して牽制すべきだろうか。
素早く網に残っていた4切れを確保すると、出遅れた冒険者がぐぬうと悔しげな顔をする。
と、ちょうどそんな攻防の最中に感じた気配。
急いで口いっぱいにお肉を頬張ると、ちら、とタクトと視線を交わす。
そして、気づいたラキが皿を置いた。
そうだね、冒険者の数が多いから多少の魔物は寄ってこないだろうと思ったけれど、それを補って余りあるお肉の焼きっぷりだったかもしれない。
「おいっ! 魔物じゃないか?!」
「武器だ、武器を持て!」
さすがはDランク、お肉に夢中になっていた人たちの中にも、近づく気配に気付き始めた人がいる。
直後、ボッ! と藪が破裂したかのような勢いで弾けた。
「う、うわっ?! デケぇ!!」
「怯むな、これだけDランクがいるんだぞ!」
ざっと構えた彼らの間を抜けて、オレとタクトが前へ走り出る。
手近な冒険者に向けられたひとつきりの目が、ふいに悲鳴と共に閉じられた。
「あ、ラキ! それ薬になるって言ってたよ!」
「え~こんな薬嫌だ~」
言いつつもラキが腕を下げる。
相手が大きいからね。ラキは足止めくらいだろう。
「あ、みんな食べてていいよ!」
武器を手に集合している人たちを振り返り、気にしないでどうぞと身振りをしてみせる。
「適当に切っていいか?」
「ダメ!」
間近く向かい合っていたタクトが、ええ……とオレを振り返って剣を鞘へ納めると、振り下ろされた太い腕をそれで跳ね上げた。
「おらっ!」
次いで決まった左のアッパー。
頭がそのまま離れて飛んで行くんじゃないかという勢いを見るに、もう意識はないだろう。
「よいしょっ!」
両短剣を抜き放つ居合いの要領で、描く弧が二つ。重なって大きな一文字の軌跡になる。
今度こそ離れて飛んだ頭は、シロが上手にキャッチした。
どう、と倒れた魔物を見届けて振り返り、オレはにっこり笑みを浮かべた。
「おかわり、来たよ!」
ほくほく顔のオレは、一瞬――どころか、しばしその場に佇んだ静寂に首を傾げることになったのだった。