826 責任は果たした
「僕たち、本当にここで待っていていいんだろうか……」
居残り組、と言い渡された幸運なパーティの一人が、ぽつりと呟いた。
アジトの出入り口は、静かなものだ。
「しょうがないだろ、誰かがここに居なきゃいけねんだから! 俺たちが勝手してるわけじゃねえし!」
「そうなんだけど。けど、あんな小さな子たちが行ってしまって……」
彼らは、無言で皆が侵入していった扉を見つめた。
「あれでも同じDランクなんだ! ギルマスがこれでいいと踏んだんだから、きっと理由があるんだって。俺らが行っても、あんまり助けにはならねえかもしれないし」
他に人数がいるなら、と参加した依頼なのだから。あの時とっさに走り出せなかったのは、きっと彼らに自信がなかったから。だから、きっと他のパーティは自分たちより上のはず。
自らに言い訳するようにそう零し、もう一度扉へ視線をやった時、ふいにその扉が開いた。
そっと顔を覗かせ、油断なく周囲に視線を走らせるのは、仲間ではなかった。
「――っ! やっぱり、俺らだって必要なんだ、ここは俺らが踏ん張るぞ!」
身を潜めた物陰で、彼らが頷き合う。
「一人や二人なら、僕たちだって……あっ」
フラグ、というやつだろうか。そう言った直後、ぞろぞろ続いて出てきた賊は、4人。居残りパーティも、4人。圧倒的差がない限り、普通、人は1対1以上の差があれば勝てない。多数を相手にするなら、1対1になる局面を作るしかない。
今なら、まだ対等。しかし……。
握った武器がじっとり湿り気を帯び、つう、と脇腹を汗が流れるのが分かる。
「やるしか、ねえ」
「けど、戦っている最中にまた増えたら……」
躊躇う間にも、出てきた賊たちが背後を振り返りつつ、その場を離れようとしている。
意を決して足を踏み出そうとした時、賊がうわっと声を上げた。
「なんだ、びっくりさせやがって……もしかして、俺たちの獲物が逃げたのか?」
「いや、ただの猫じゃねえか? けっ、こっちの気もしらねえで」
剣を抜く音がする。再び身を潜ませていた彼らが、はっと息をのんだ。
猫……猫?! まさか、あの子が置いていった猫――!
愛らしい幼児が悲しむ様が瞬時に浮かび、彼らは直前までの躊躇いを忘れて飛び出した。
――バヂィッ!
途端、目のくらむ閃光が彼らの視界を潰し、強制的に足を止めさせた。
「何がっ……え?!」
ようやく開いた目に映ったのは、残らず倒れ伏した賊たち。
そして、変わらずだらりと寝そべっている猫。
呆然とする彼らが、再び荒々しく開かれた扉に飛び上がった。
「何だッ――ぐぁっ?!」
賊が飛び出してくるたび、迸る光。折り重なる体。
「…………」
やがて、無言で顔を見合わせた彼らは、小さく膝を抱えて座り込んだのだった。
*****
「……えーっと。ひとまず、無事に殲滅作戦が成功して良かったよね!」
何も問題はなかったはずなのに、なぜか場の雰囲気が暗い。
オレたちは作戦を終え、ひとまず今運べるサイズの生き物たちを運びつつ、帰還しているところだ。まあ、タクトがいるので、どのサイズも運べはするんだけど。
「作戦……」
誰かが重く吐き出し、さらにその場が暗くなる。なぜなのか。
「想定の範囲内で、よかったんじゃない~?」
「とりあえず早く終わったし、後は飯だ! 結局何にするんだ? 今から町へは帰らねえだろ?」
そうだ、肝心な部分を忘れるところだった!
『肝心な部分はそこじゃないわ』
すかさず入るモモのツッコミを聞き流し、オレは笑みを浮かべて振り返った。
「ねえ、お腹すいたでしょう? 高級お肉ではないけど、手に入ったお肉がいっぱいあるんだ! 焼き肉かお鍋か、どっちがいい?」
「焼き肉!!」
即答で返ってきた返事は、タクトのもの。ラキの方は『どっちでも~』なんて言っている。
他のメンバーからの返事がないので、焼き肉に同意ということでいいだろうか。
「オレも初めて食べるから、硬いお肉かもしれないけど、焼き肉でいい?」
「それは……俺たちも食っていいってことで聞いてるのか?」
「もちろん! あんまりたくさんあっても、腐るだけだしね」
嘘も方便ってね!
それを聞いたメンバーの顔に、やっと笑みが浮かんだ。
「いいのか……? 何も活躍していないのに」
「どうして? 一緒に作戦決行したのに」
首を傾げると、ラキがそっと口を塞いだ。
「うん、そこはもう言わないでおこうか~」
……腑に落ちないけれど、まあいいか。
そしてアジト出入り口の扉に手をかけ、押し開いた瞬間――
危機察知ッ!!
瞬時に展開されたオレとモモシールド。
バチバチッと弾ける音と閃光に、後続から悲鳴が上がった。
オレだって目がチカチカする。
閉じた目をゆっくり開けると、案の定そこにはゴロゴロしている猫。
『遅い』
「遅くないよ! 他の人もいるのに、バチバチしちゃダメでしょう!」
「にゃー」
誤魔化すように鳴いてみせるチャトを抱き上げ、さらに叱ろうとした言葉を飲み込んだ。
「チャト、頑張ったんだね」
『別に。おれを踏もうとするからだ』
フンと鼻を鳴らしつつ、ふてぶてしい猫は満更でもない顔で腕の中に収まっている。
そこには、自分たちだけ逃げようとしたか、それとも応援を呼ぶつもりだったか、折り重なるように数人の賊が倒れていた。
そりゃあ、出入り口に寝そべる猫がいれば踏みそうになるだろう。
「い、今……バチバチって……なんで、平気なんだ?!」
前から聞こえた台詞は、ぽかんとした居残り組の人たち。
どうしてそんなところで小っちゃくなっているんだろう。
「そりゃあ、平気だよ! オレの召喚獣なんだから」
当たり前のような顔でにっこりしてみせると、何となく『そういうもの、なのか……??』という雰囲気が流れ、オレは密かにホッとしたのだった。
「――へえ、これ変わった色だな! ブルよりポルク寄りか」
「どうしよう~、これだけだと普通に食べられそうに思えちゃう~」
ひたすら肉をカットする作業中、他のメンバーは賊を一所に集めて縛ったり、捕らわれた生き物たちを手前の部屋へ運び出したりしてくれている。
申し訳ないと思ったのだけど、それぐらいさせてあげてとラキが言うもので。
オレとしては、この肉が肉だけにちょっと……この労働の対価になるかどうか冷や汗ものなんだけど。
『お肉の対価ではないと思うわ……』
『そうだぜ主ぃ、せめて役に立った記憶を残してやれよ!』
わかったような分からないような。
ひとまずオレに不都合はないからお任せしてしまっている。
「よし、こんなものかな! お肉足りるよね?」
明らかに愚問だろう、一人お肉5kg以上になるだろうから。タクト一人なら、大丈夫。カロルス様が5人くらいいたら無理かもしれないけど。
あとはスープと、気持ち程度の焼き野菜。もちろん主食はパンとご飯両方用意してある。
ちゃんと火もおこして特製ネットを設置すれば、完璧なBBQ空間のできあがり!
熱せられた網の温度が、じりじりとオレを炙って火照った頬に手を当てた。おっと、冷えた飲み物も必要だった。
「さあっ! 食べよう――の前に!」
危ない、すっかり忘れていた。
目をぎらつかせた皆が、出鼻をくじかれてオレの方を恨めしげに睨み付ける。
「ご、ごめんね! 言うの忘れてたんだけど、これ魔物の肉なんだ」
「見りゃ分かるっての! もう食っていいか?!」
既に網に肉を載せようとしていたタクトが、半泣きだ。
「う、うん、そうなんだけどね、多分みんな食べたことない魔物かなって。あんまり見た目が良くないから、聞くと食欲なくなっちゃうかもしれなくて」
カロルス様やセデス兄さんならいいけれど、赤の他人にだまし討ちは気が引ける。
「ならいい! 肉になる前の見た目とか、俺どうでもいい!」
即興味を肉へ移したタクトが、ものすごい勢いで網にお肉を並べ始めた。
薄切りは面倒なのでちょっと、いやかなり分厚い。
ジウウ、と鳴り始めたそれは瞬く間に白い煙をまとう。白っぽいから分からなかったけれど、案外脂も多いらしい。ジャッと鋭い音と共に火が大きくなった。
すう、とめいっぱい深呼吸する音がする。
ごくり、誰かの喉が鳴る。
ああ、これはもう無理だろうな。
「じゃあ、聞きたい人はオレのところへ来て!」
言うなり、ハッとした皆が一斉にお肉に取りかかった。
オレ、ちゃんと言ったから。もういいよね!
「食べても大丈夫なんだよね~?」
特製タレを絡ませ、口に入れる寸前、ラキが念を押す。
大丈夫、ティアが反応しないし、料理人さんたちも毒があるわけじゃないって言ってたもの。……食材としての見目をしてないだけだって。
「美味しければ、見た目なんて二の次だよね!」
オレは、どの顔も歪んでいないのを確認して箸を伸ばしたのだった。