825 籠城作戦
「そろそろ、いいか?」
パン、と手のひらへ拳をぶつけ、タクトは舌なめずりしそうな顔で立ち上がる。
「そうだね~。だけど僕、攻め込む意義が見いだせないんだけど~」
「何でだよ?! 殲滅は俺らの役目だろ?」
ラキは肩を竦め、仕方ないと言わんばかりに尻を払った。
「だってさ~、ユータが派手に突入して奥にいれば、勝手に賊が引き寄せられていくでしょ~? 僕らはここで出てくるヤツらだけ捕まえればよくない?」
「えっ? 突入すんのは俺らだろ?」
訝しげな顔をしたタクトが振り返り、微妙な顔をした面々がそっと視線を彷徨わせた。
「し、しかしいくらリーダーが居るとは言え、相当数いるんだろう? 早く行かなくては……! 二人の決死の陽動を無駄にするわけにはいかない!」
台詞だけは立派に、反面その足は一向に前へ進もうとしない。『陽動も俺らだろ??』なんて混乱を来しているタクトを放置して、ラキは薄く笑った。
「じゃあ、どうぞ~?」
「いや、俺たちだけでは……全員で行かなくては!」
「全員で行っちゃうと、出てくるヤツらを相手する人がいないんだけど~?」
彼らは顔を見合わせた。ここから、さらに人数を減らして突入する……。
「俺らは絶対行くからな! な?」
多分、尻込みしている彼らと真逆の主張をして、タクトがラキに視線をやった。
「別に僕はどっちでも~? 忘れないでほしいんだけど、僕普通の人間だからね~?」
「俺だってそうだろ?! 分かってるって、お前から離れねえ! ちゃんと守るから!」
なんとかその気にさせようと、タクトは散歩に誘うシロのように、ラキの周囲をさかさか動き回っている。
「へ~熱烈だね~? ありとあらゆるものから僕を守って、もう離さないって~?」
「そう――じゃなくねえ?! ニュアンス違うんじゃねえ?!」
軽口を叩きながら離れて行く二人をぽかんと見送り、彼らは慌てて後を追った。
「どこへ行くんだ?! まさか、君らだけ突入なんて!」
「別にズルくねえだろ? だって、あんたらが動かねえから、もういいのかと思って」
タクトは唇を尖らせると、ふいににやっと笑った。
「じゃあ、最後に残った組が居残りな! 行くぜ? せーの!」
「待っ……あ」
ラキを小脇に、走り出したタクトを追って思わず駆けだした2パーティと、出遅れた1パーティ。
「じゃ、あんたらが居残りな! 悪く思うな!」
高らかに宣言されて安堵の表情を浮かべたのは、恐らくタクトの思惑とは違った方だろうけれど。
「ほ、本当に突入……っ」
こうなればせめて一団となって離れまいと、ついてきた2パーティは引きつる表情を隠せないまま、可能な限り気配を消して走る。幸い、入り口付近にいたはずの賊はいない。恐らく、騒ぎを聞きつけ奥の方へ移動しているのだろう。
人影のない廊下の突き当たりには、大きな扉が見える。
「よし、陽動は効果を発揮している……! せめて、隠密的に各部屋単位で撃破していければ勝機は――」
乾いた唇を舐め、血走った視線を交わした彼らは次の瞬間、『心臓が口から飛び出るような』が大げさでも何でもないと身をもって知ることになった。
どおん、と耳をつんざく破壊音。
「突入ーっ!! さぁーこっち来い!! ここにいるぜ!」
びりびりするほどの大声で、タクトが声を上げた。
物音ひとつ立てまいと息を殺していた彼らの衝撃はいかほどか、腰を抜かさなかったことを褒めてもらいたいくらいだ。
さっきまで扉があった場所には、大穴が開いていた。
タクトが無造作にそこから室内に侵入した途端、何かがうなりを上げて振り下ろされる。
鈍く響いた音は一度きり。
振り下ろされた棍棒ごと相手を吹っ飛ばしたタクトが、嬉しげに笑う。
「おお、いたいた!」
教室ほどの広さの室内に、残り二人。いや、奥の扉が開いてさらに二人。
「タクト、ストップ。一旦ここで~」
「お、そっか! 確かに戦いやすそうだ」
「僕、ここにいるから~。タクト、GO! 飛び道具はひとつも逃さず全部落とすこと~!」
「全部?!」
嬉々として飛び出したタクトが、右の刃を躱し、左の賊を引っつかんで投げた。同時に奥の二人が不自然に崩れ落ちる。これで、4人。
「タクト、カム!」
「普通に言え! なんだよ?!」
瞬時に戻ってきたタクトが、うずうずと溢れるエネルギーを持て余すように声を張る。そのうち雄叫びでも上げるのではないだろうか。
「倒したら一旦戻ること~! 僕の安全第一で~」
「俺はお前の召喚獣か何かかよ!」
言い合ううち、奥の扉が開いて賊がなだれ込むように入っ――入ろうとした側から倒れた。後続が次々それにつまずいて、響く小さな射出音と同じ数、横たわったままの者が増えていく。
「ねえ、戦うんじゃないの~?」
ラキが思い出したように振り返ると、魂が抜けたようだった彼らが呼吸を再開した。
「前出ねえと、一人3人ありつけねえからな!」
攻撃を避けて空中で身を捻り、逆さまに振り返ったタクトが笑う。
……楽しそうだな。
武器を握った彼らは、人ごとのようにそう思ったのだった。
*****
「陽動が始まったみたいだね!」
遠くで聞こえたのは、タクトの声だろう。
「陽動……とは」
どこか虚ろな目をしたリーダーさんが心配で、足を止める。
「大丈夫? 疲れちゃった?」
ここぞとばかりに振り下ろされた武器を難なく躱し、膝裏へ短剣の柄をたたき込む。そのまま這いつくばるような姿勢で放つ、床すれすれの蹴り。
どうっと倒れた賊へ、トドメの一撃を構えた手は、必要なかった。打ち所が悪かったらしい、もう伸びている。
「全然、全く、これっぽっちも……大丈夫じゃない」
「ええ?!」
覇気の無い蚊の鳴くような声が、それが嘘偽りないことを物語っている。
現に、攻撃されても全くもう無反応。
動き回るオレを捉えるのが難しいと踏んだか、動かないリーダーさんに攻撃が集中してしまう。
虚ろにたたずむリーダーさんと、一生懸命シールドを叩く賊。なんだかシュールな光景ができあがっている。
リーダーさんは、さっきからいくら回復しても魂が抜けたようになってしまった。
「分かる。回復じゃ、疲れの記憶というか……精神的なものが取れないんだよね」
リーダーさん、そんなに戦闘に参加していただろうかと思わなくもないけれど、まあ、疲れには個人差ってものがあるもんね!
とにかく、最奥へたどり着けば、そこで籠城できる。シールドを張って生き物とリーダーさんを守りつつ、助けが来るのを待つんだ。
リーダーさんを休ませてあげよう。その一心で先を急ぎ――大きな扉の前までやってきた。
「ここ、だね!」
それなりに大きな部屋の中には、いろいろな生き物の気配がする。どうやら皆出払ったらしく、中に人は居ない。外にはいるけど。
「な、ガキ?! なんだてめ――」
「このっ……」
扉前にたむろしていた数人が慌てて武器を構え、凶悪な顔を向ける。
「ポップコーン!」
ぱっと地面に手をついた瞬間、ぱぱぱぱんっ! と賑やかな音が弾けた。
地面から飛び出した無数の石つぶては、まるでラキの砲撃魔法みたい。これなら狙う必要がないし、とっさに使えていい。貫くほどの強烈なイメージがないぶん、程よい打撃で心に優しいし。もちろん、オレの。
「よし、あとはここに籠もって助けを待とうね!」
扉に手をかけた途端、廊下の扉が勢いよく開いた。
「あれっ? 早かったね!」
飛び込んできたタクトが、ちょっとがっかりした顔をしている気がするのは、気のせいだろうか。
「ここは大丈夫だよ! オレはここを守るから、他をお願い」
生き物たちを安全に連れ出すには、先に殲滅が必要だろう。きりっと顔を引き締めて頷いてみせると、どこか微妙な空気が漂った。
「守るって何から~?」
ラキの場違いな台詞がのほほんと漂って、オレは首を傾げた。
「そりゃあ、賊から……」
「賊なんてもういねえわ! お前、潜入って言ったじゃねえか! おとなしくしてろよ!」
タクトが不服そうに指を突きつけてくる。
「ええっ? これからおとなしく籠もるはずだったんだよ!」
「半分倒しちまってんじゃねえか! 後半、賊なんて全っ然居なかったからな?!」
これも、これも! と言わんばかりにその辺りに倒れた賊を指さし、タクトが憤っている。おかしい……怒られることをしていない気が、すごくする。
「そんなこと言ったって……向かってくるんだもの」
そういえば、賊の総数はオレたちの3倍ほどで……ひとり3人担当すればいいはずで……うん、そうか。
「じゃあもしかして……」
ちら、と視線をやると、ラキがにっこり微笑んだ。
「うん、殲滅は完了だね~」
「そ、そっか! 作戦が功を奏した……ってとこだね?!」
ぐっと拳を握って言ってみた台詞は、どこか白々しくその場に浮かんで消えたのだった。