824 潜入
「……で? お前らも参加するってか」
下から上へ、圧を感じるような睨め付けをもらってなお、胸を張る。
「そう! だってオレたちの手柄なんだから!」
「報告の時点で既に手柄だが? ……まあいい、ちょろちょろすんなよ」
「しないよ!!」
ギルドマスターはフンと鼻で笑ってジョージさんと相談を始めた。どうやら、オレたちは参加してもOKということらしい。
「そうだ、お前が行くなら、『アレ』使えんのか?」
「もちろん! だけど大人だとぎゅうぎゅうに乗って10人ちょっとかなあ」
冒険者の人たちは平均的に大柄だから、シロ車(大)だと多分そのくらい。かろうじて常識の範囲内の大きさにすると、その程度しか乗れないんだよね。
だって、犬一匹で貨物列車みたいなのを引くわけにもいかない。
……いや待てよ、緊急時とか非常時用に、連結させる車体を用意しておくのも手かもしれない。それこそ貨物列車みたいにたくさん繋げば、シロの力なら相当運べる。何ならタクトも引く側に回ればいい。
思案し出したオレに何を思ったか、ギルドマスターが渋い顔をする。
「別に、無理に乗せる必要はねえぞ。犯罪者っつっても人殺しでもねえし、無理なら馬車で行きゃいい。バテてたどり着けねえ方が問題だ」
うん、それはないね。乗り心地は悪くなるから、人はバテるかもしれないけど。だけどそこは、ほら、オレがいるし。回復くらいはサービスだ。
『バテないようにサービスしてやれ』
チャトが最近オレに冷たい気がする。最近ではないかもしれないけど。
「アジトの壊滅でしょ~? なんか人数少なくない~?」
シロ車前に集合した参加メンバーを見て、ラキが眉をひそめた。
そうなのか。だから『お前らが行くならこのくらいでいいな』と言っていたのか……本来もっと多かったはずなんだろう。
「いいじゃねえか、俺らに対する信用ってヤツじゃねえ?」
ウキウキするタクトに、オレもにんまり頬が緩んでしまう。ギルドマスターから認められるって、なかなかじゃないかな。
「単に節約な気もするけど~」
肩をすくめるラキにも、オレたちの笑みは崩れない。だって、あのギルドマスターだもの! 大丈夫と踏んだからこその節約だって分かってしまうもの。
「君らが『希望の光』か。噂は聞いているが……」
オレたち以外は当然大人の人たちなので、一番人数の多いパーティリーダーが引率を担当することになった。ちなみに全員Dランクなのも、ラキから言わせれば節約されているんだそう。
「『希望の光』? これが……」
ぎょっとした視線がオレたちに集中する。微かに『ベントス』だとか『ダーロ』だとかいうワードが聞こえてくるのが不安を誘う。それってまた碌でもない噂になってないよね?
「いいんじゃない~? おかげで、難癖つけてくる輩が減るでしょ~」
「そうだけど……」
いいの? ラキを見る周囲の目は結構怯えを含んでいる気がするけども。
何らかの噂の効果なのか、普段なら大体一悶着ある顔合わせもスムーズに、オレたちは早々に出発することができた。ただ馬車で半日の距離だから、ちょっと急がなくてはいけない。
「皆さん、ここから飛ばすので……その、頑張って?」
曖昧な笑みを合図に、シロがぐんとスピードを上げる。
「は? まだ速くなるのか?!」
「やめろやめろ、車体が壊れる!」
野太い悲鳴を聞き流し、楽しげに四肢が弾む。
安定した速度にやや車内が落ち着いた頃、さらにぐん、と加速。
後方において行かれる悲鳴の中、ちらと水色の瞳がオレを振り返る。頷いて見せればしっぽを振って、もう一度ぐん、と加速。
大丈夫、曲がりなりにも冒険者、馬車から落ちることはないだろう。それにオレたちだけはちゃっかりシールドを張っているし、タクトはムゥちゃんの葉っぱを咥えている。
大丈夫、馬が単騎全速力で走ったらこのくらいにはなる。現実を超えてはいない。
「――お疲れ様! もう近いから、ここからは歩きだね! ……えっと、回復するね?」
到着したというのに、オレたち以外誰も動こうとしないので、ふわっと回復を施しておく。
全員の口から空気の抜けるような吐息がこぼれて、まるで今気がついたようにキョロキョロしはじめた。
「つ、着いたのか……」
「まだ明るい? まさか日を越えたわけはないし、早かったのか? むしろ長く感じたが……」
ちょっとね、シロ車(大)は乗り心地よりも頑丈さを重視しているから……。臨時運行用だから、我慢してほしい。
「ここか……案外デカい建物だな。本当にこの人数で良かったのか?」
引率リーダーが、アジトを見てごくりと喉仏を上下させた。
藪の中に潜むオレたち総勢4パーティ18名、アジトの中は……ええと、数えるのが難しいけれど、少なくとも倍はいる。だけど、3倍はいないだろう……多分。
「大丈夫、一人3人相手すれば、取り合いになるくらいだよ?」
安心させようとにっこりすると、すっと周囲の人が身を引いた気がする。
『幼児が言っていい台詞じゃないわねえ』
戻ってきたモモが、さっそくツッコミを入れてふよふよ揺れた。
「そ、そんな簡単ではないんだよ。まずは作戦を立てようか。君の犬が味方にいるなら、あの力だから相当頼りになりそうだ」
リーダーが汗を拭いながらそんなことを言う。
「シロは遊撃班だから、攻撃班には入れないよ?」
逃げた犯罪者は、勝ち目ゼロの追いかけっこに興じていただくことになる。
「「「なっ……?!」」」
シロ車に乗ったせいで、シロへの期待感が大きかったらしい。皆の驚愕の視線が痛いので、急遽代案を持ち出した。
「だ、大丈夫! 代わりに、チャトを置いておくから」
「猫?!」
びろんと伸びたチャトを差し出すと、オレとチャトを視線が忙しく行き来した。
「なあ、日が暮れる前に片付けようぜ! 飯はどうする?」
にっと笑うタクト、そしてこの人数を見て、オレはいいアイディアを閃いた。
打ち上げは、お鍋とかどうだろうか。多少固めでも、冒険者なら気にしないだろうし焼き肉でもいい。
「……そうと決まれば、さっさと行こう!」
「何が決まったのか、ものすごく不安~」
何かを察したラキには、満面の笑みを向けておく。
颯爽とアジトへ向かい始めたオレたちに、唖然としていた一行が慌てて駆け寄ってきた。
「まままま待て待て! 真正面から行くやつがあるか!」
「作戦をたてるって言ったろうが!」
引き留められ、作戦を伝えていなかったことに気がついた。
「作戦はもう練ってあるんだ。建物の奥に捕らわれた生き物たちがいるから、オレが先に潜入してそこを守るよ! そうすれば、あとは殲滅するだけでしょう」
『何も練ってない作戦ね』
『主ぃ、フツー殲滅するだけ、が大変なんだぜ?』
どうやらその他大勢も同意見なのか、言いたいことが大渋滞していそうな表情で口をパクパクさせている。
「おい、そこにいるのは誰だ?!」
ちょうど響いた、男の怒声。
「見つかっちゃったね~」
くす、と笑ったラキが腕を伸ばす。
目を眇めてこちらへ近づきつつあった男が、弾かれたように足を天に向けてひっくり返った。
「こうなっちゃ、行くっきゃねえよな!」
いつの間にか出ていたタクトが、見張りだったのだろうもう一人を引きずってきて、まとめて藪へ放り込んだ。
「――せ、潜入って!! 君、潜入って言ったよな?!」
いやあ便利。わらわらと敵がいて、かき分けて前に進むような時。そう、今こういう時にとても便利だね。
「マッツ・オ・バショー!」
ぶおん、と振った腕に伴って風が持ち上がり、駆け寄ってきた数人がまとめて壁にたたき付けられた。
室内で使いにくいせんたっきーと違って汎用性が高い。室内が散らかるのだけが玉に瑕だ。
「そうだよ? だから今、先行して潜入してるでしょう?」
なんだか泣きそうな顔で駆けるリーダーさんを見上げ、アジトを走り抜けつつ首を傾げる。
オレは一人で行くつもり満々だったのだけど、オレだけを行かせるわけにいかないと言われてしまった。
アジトの中程まで来たところで、どおんと大きな音がした。
陽動と言うか正面突破というか、あちらも始まったみたいだ。
終わらなかった……