823 心得
――ユータ、報告が入ったの。あそこなの!
いつの間にかやって来ていたマリスが、キリッと耳を立ててラピスに報告をしている。
「「「きゅっきゅう!」」」
あそこってどこだと思ったら、ぽぽぽっと現れた管狐たちが遙か彼方まで連なり、フラッグ代わりになってくれた。
よかった、ラピスのあやふやな道案内に不安になってきたところだったから。
当の悪人たちがまだ到着していないのに、どうやってアジトを見つけたのかと思えば、何と夜中の間にシロが足と鼻でしらみつぶしに駆け回って探し出したらしい……捜査は足で稼げってこのことか。捕虜は自由に行動してはいけません、なんて心得はシロには通用しないわけだし。
むしろその時点でオレを呼んでくれてよかったのだけど、おかげでゆっくり眠れたから何も不満はない。うちの召喚獣は大変気が利いている。
「あそこだね、シロはまだ着いてないみたい」
アジトらしき建物の周囲はカモフラージュだろう木々や藪が覆っていて、なるほど注視しないとわからないだろう。だけど、残念ながら空からは丸見えだ。
――もうちょっとかかると思うの! ゆっくり行かないと壊れるの。
建物の上空をゆっくり旋回していると、ラピスがそう言って伸び上がるように遠くを見つめた。
「じゃあ、降りて待ってようか――え? 壊れる?」
何が壊れるんだろうか。不思議に思いつつ、まあラピスの言うことだし、さして気にも留めずにアジトのそばへと降り立った。
「うーん、それなりの人数がいるね。魔物か動物も結構いる……」
今のうちにとアジトの中をレーダーで探って、難しい顔をした。殲滅だけなら簡単、何なら生死を問わず地形変化を問わずならラピスの裁きで一瞬だ。
「だけど、人以外にたくさんの生き物がいるから……」
『人も含んでやれ』
さっさとオレの中に戻っているチャトが、気の毒そうにそんなことを言う。ふ、含んでるよ、もちろん!! 言葉の綾だってば!
捕まっている生き物たちを、できればみんな無事に救出したい。その守りを何とかしないと、悪人たちが連れだそうと無茶したり、万が一貴重な素材を持つ生き物ならそのまま素材だけを持ち去られるようなことがあるかもしれない。
「オレとシロとモモで中に潜入して、モモは捕まってる生き物たちを守ってもらって……あとは地道にやるしかないかなあ」
『スオーは、ちゃんと一緒に居る』
『おれはここに居る』
うん、蘇芳はオレと居てくれればきっと運がついてまわるからね。で、チャトはオレの中に居るだけだね。まあ、いざという時の翼だから、それでいいけれど。
『捕まっている子たちは一カ所にいるの? そうでないなら無理じゃない?』
確かに。なんとなく離れている場所があるから、もしかすると同じような場所でも別部屋かもしれない。
『あうじ、ちゃんとおやぶにも相談しゅゆのよ? らいじよ、相談』
どうやら会話に参加していたらしいアゲハが、いかにも難しいことを考えていそうな顔をして傍らのチュー助をぽんぽんと叩いた。
『えっ? 俺様? そ、そうとも! 俺様だって大活躍間違いなし!』
突如振られたチュー助が慌てふためいている。まあ、チュー助は短剣として大活躍はしてもらう予定だけども。
「偉いね、アゲハはちゃんと相談でき――」
ふふっと微笑みながらアゲハを撫でたところで、ハッとした。
「相談……大人に相談だ!」
危ない、最近怒られることもないからすっかり忘れていたけれど、こういう時は大人――そもそもギルドへ報告することが大事なんだよ! 面倒な事態とかややこしいことになったら、全部ギルドへ押しつけられるから。
『そういうことではないと思うわ』
「お、オレじゃないよ、ラキが言ってたの!」
今は特に危急の事態でもないし、報告の猶予は十分にある。シロが到着したら、まずはギルドへ行こうか。
潜入しつつ、逐一状況報告する……なんだか工作員やスパイみたいで格好よくはないだろうか。聞いた人はきっとスマートでエリートな人物を思い描くだろう。なんだかひとつ階段を上った気がする。
『初めての報連相』
ぼそりと呟く蘇芳と、チャトがこらえる爆笑は聞こえなかったことにして、少しウキウキしながら顔を上げた。
「シロの気配が近くなってきたよ! もうすぐ見えるね」
見つからないよう茂みに身を潜め、到着を待つ。
果たして、遠くからは馬車の音がズガーっと近づいてくる。
……おかしくない? 音。
眉をひそめて茂みから首を伸ばすと、道の向こうから土埃が近づいてくる。そして、嬉しげなシロが――え? なんでシロが外に出てるの? 捕虜の心得は?
よくよく見ると、馬がいない。
そうだね、嬉しそうに馬車を引っ張っているのはシロだね。まあいい、そこはまあ、シロだから。
『ゆーた! おかえり! あれ? ただいまかな?』
せっかく隠れているのに、オレの前で止まったシロがぴょんぴょんと弾んで咥えていた棒を置いた。
「えーと、シロ? ど、どうなってるの……?!」
『お馬さんがいなくなっちゃったから、ぼくがアジトを探して引っ張ってきたんだよ! 車が壊れちゃったから、ラピスたちに手伝ってもらって引っ張れるようにしたんだ!』
得意げにしっぽを振るシロと、胸を反らせるラピス部隊。
確かに、シロが咥えていた棒にはロープが雑に巻かれて、馬車にぶっ刺された鉄棒と繋がっている。うまく結べなかったんだろう、氷結させているあたりが管狐クオリティ。
管狐部隊ってお料理とかやってるせいか、結構器用で……いや、そこじゃないよ!
唖然としていると、シロがちょっと耳を垂らした。
『あのね、馬車の丸いの、途中でどこかへ行っちゃったの』
うん、車輪ね。もはやそれは箱だね。鉄棒が刺さった箱。そして、哀れな馬車の残骸はもう崩壊寸前。よくぞここまでもったものだ。
『そこじゃないのよ、早くツッコみなさいよ!』
『主ぃ、タメが長すぎるぜ!』
焦れた左右からオレの頬にツッコみが入る。
そうだよね?! いや、ちょっとばかりオレが報告を聞き違っていたかと思ったけども。
『どう見ても、逆』
蘇芳の台詞に思わず頷いた。ねえ、捕まっていたのはシロだったよね?
改めて目をやった馬車の残骸の上には、いくつかの檻。
きちんと捕虜の心得を守って、檻の中でぐったりしている人たち。
『みんな、寝ちゃってるみたい。あのね、落ちたら危ないから、ラピスたちにきちんと留めておいてもらったんだ!』
……なるほど? だから檻の扉が溶接されているんだ。そして、檻ごと馬車の残骸にぐるぐる巻きになっているんだ。
そうかー、聞いてみれば納得の理由が……ではなくて!
「これじゃ潜入できないよ?! ちょっと、早く隠さなきゃ!」
オレは大慌てで証拠隠滅を図ったのだった。
「――なるほど~? シロがアジトに潜入するつもりだったけど、当てが外れたわけだ~」
爆笑するタクトの隣で、ラキがくすくす笑いつつ頷いた。
笑い事――ではあるけども! ここからさてどうしたものか。ギルドに相談するより前に、まずはリーダーを頼ろうとやってきた次第だ。ちなみに馬車の残骸は管狐部隊が塵にして、男たちはシロに離れた場所へ運んでもらった。
「もういいじゃねえか、正面突破で」
目尻の涙を拭いつつ、タクトがそんなことを言う。
「ダメだよ~貴重な素ざ……生き物たちなんだから、傷付けずに入手しなきゃ~」
救出、救出ね! ラキは少なくとも救出班に入れてはダメだと思いつつ、情けない顔をする。
「ギルドに言ったら、生き物のことなんてお構いなしに突入ってことにならないかなと思って」
「それは大いにあると思うよ~? 素材より悪人検挙の方を優先するだろうし~」
それは、ある程度仕方の無いところ。だけど、もしかすると以前みたいに妖精さんとか、魔物以外だっているかもしれないし。
「そんなに気になるなら、突入の前にお前が潜入して守っておけばいいじゃねえか」
当たり前のように言うタクトに、オレはきょとんと目を瞬いて、ぽんと手を打ったのだった。
ひつじのはね、秋の文学フリマ大阪に出ようと思ってます!
もふしら関連は残念ながら大人の事情で出せないので申し訳ないですが……
*カクヨムさんでサポーターさんへお礼SS投稿してます!
モモとシロ大活躍のお話です。