818 安心の作戦
「ええ……シロかあ……」
「確かにケージにも入ってねえし、すぐ連れていけるよな」
「大胆というか命知らずというか~『幸せなスライム』ってやつだね~」
ああ、何も知らないままのスライムが一番幸せだとか何とかいうやつ……。
そりゃシロはまあ、お願いすればついて行くだろうけども。逆に、力づくでは絶対に無理なわけで。
微妙なオレたちの雰囲気に、知らせに来てくれた子も戸惑っている。
「えーっと、これは大丈夫ってことだよな……? そっちが大丈夫ならこっちの問題を――とりあえずユータでもいいから、代わりになってくれっ!」
がしっと腕を掴まれ、オレはきょとんと目を瞬いたのだった。
「そうなるよね……うん、そうだよね」
引っ張って来られたオレたちは、そっと会場を覗いて乾いた笑みを浮かべた。
「まだか?! 飯も食わずに待ってんだけど……いや、スライムは可愛いんだけどな」
「分かってるの、あの子に無理はさせられない! だけど、だけどっ!!」
長蛇の列が、崩壊寸前だ。今はモモが一生懸命頑張っているけれど、小さな身体では中々難しい。
人気をけん引していたシロが突如いなくなれば、当然そうなるよね。
「暴動が起きそうなんだよ!! お前、行ってくれ! 可愛いから大丈夫だろ?!」
「大丈夫なわけないよね?!」
小脇に抱えられそうになるのを素早く躱し、オレは重々しく頷いた。
「落ち着いて。大丈夫、こんなこともあろうかと――」
歓声が響いている。オレたちのブースは相も変わらず大盛況だ。
「うわうわ、うわ! 初めて見た!」
「えええ……可愛い!」
ほうら、大丈夫。完璧だ。
期待のこもった瞳で居並ぶ人々が、きちんと列を形成して会場の中でとぐろを巻いている。
「きゃあ、私のスプーンから取ったわ!」
「はいはい、みなさん給仕が終わったら次の方に譲って下さいね~」
決して給餌ではない、あくまで給仕。こちらが接待しているのだから。
『どんどん来ていい』
満足そうな顔でリンゴチップを頬張っているのは、蘇芳。
そう、蘇芳は下手するとずっとカーテンを引いている可能性があったので、一工夫凝らしたのだ。
ケージに小さな隙間を開け、スプーンとフォークでおやつを差し入れるシステムを採用した。
ちなみに、おやつは小銭で販売中。
蘇芳の傍らには色んな皿が置かれ、差し入れられるおやつを好きに分別して置いておけるようになっている。
そんなにたくさんいっぺんに食べられないけれど、おやつは可能な限りストックしておきたい蘇芳。そして自分が差し入れたおやつを、小さな手に受け取ってもらいたい客。双方のニーズが完全にマッチした良システムになっている。
幸運を司るカーバンクルということも相まって、大変な人気を博しているようで何より。
よしよしと頷いたところで、ごろごろしていたチャトがにゃあと鳴いた。
『で、シロは?』
……そうだった!!
放っておいても好きに帰って来られるだろうと思うけど、シロのことだから遠慮して帰って来られないなんてことも……。
『色々な匂いがするから、ひとまずついて行くと言った』
「え? シロがそう言って行ったの?」
どうやら、シロはちゃんと誘拐だと承知でついて行ったらしい。それはそうか、耳がいいもの。自分の誘拐作戦も全部聞こえていたに違いない。
「色々な匂い……もしかして、他に被害に遭っている幻獣たちがいるのかもしれないね」
オレは、以前の着ぐるみ誘拐事件のことを思い出した。
あの場にいた一団は捕まっていたけれど、所詮は下っ端、芋づる式に捜査を進めていくと言っていたはず。
まだ全部捕まっていなかったんだろうか。
「シロが囮になってくれたんだね。シロの居場所はオレが分かるから……ちょっとチャト、一緒に行ってくれる?」
そう言ってケージを開けて抱き上げると、周囲から羨まし気な視線が集中する。
「えっと、この子はこれから休憩に入りまーす!」
『私もそろそろ休憩していいかしら……』
『俺様、もう無理……』
モモのぼやきとチュー助の泣き言は聞こえなかったことにして、その場をタクトとラキに任せ、さっさと会場を後にする。
「ラピス、シロにつける隊員を一人選出お願い!」
――おやすいゴローなの!
きゅっと鳴いて飛びついて来たのは、最年少マリス。
フンスフンスと鼻息も荒く、気合は十分だ。
「――ええと、こっちのような……気がする」
温かいチャトの毛並みに体を埋めながら、ヒュウヒュウと風の鳴る音を聞いて飛ぶ。
シロとの繋がりを頼りに、少しずつ距離を縮めて……
「あ、シロの気配! あっち!」
もう大丈夫。シロの気配はとても分かりやすいから。
安堵と共に目を凝らしていると、標的と思しき荷馬車が現れた。
真上辺りまで来れば、シロとの念話が繋がるはず。
『ゆーた! ぼく、ここにいるよ!』
途端に嬉し気なシロの声が聞こえ、くすっと笑った。
「うん、ビックリしたよ! 大丈夫そう?」
『ぼくは大丈夫! あのね、この人たちから色んな生き物の匂いがしたから、ぼくがついて行けばゆーたが分かると思って!』
「ありがとう。危なかったり辛かったりしないなら、そのまま目的地まで行ってくれると助かるよ」
そのつもりだと頼もしい返事があったので、マリスを派遣しておいた。
『だけどぼく、お腹空いたら我慢できなくてゆーたの所に戻っちゃうかも……」
ふと自信なさそうな声がして、くすっと笑った。それは一大事だ。檻の中から突如大きな犬が消えたら、犯人たちも大騒ぎだろう。
「シロ、さっきまでもずっと頑張ってたもんね! おやついっぱい渡しておくね! あと、猫缶も色々あるよ。何がいい?」
『ぼく、チーズの入ったの!』
了解! 空の上で猫缶のまぐろチーズ、鳥チーズ、お肉チーズをたっぷり取り出してせっせと器に詰め替え、おやつと共に収納袋ごとマリスに託しておいた。
鼻をひくつかせたチャトが舌なめずりするので、お玉でひとすくい、口元に差し出しておく。
シロからの念話がおいしいおいしいばかりになり、大丈夫そうだとオレたちも高度を上げた。
「じゃあ、またマリスを通して連絡してね!」
『うん! 夕ご飯もほしい!』
そうか、今のは早めの夕飯ではなかったんだな。
頑張るシロのために、今日はハンバーグにしようか。ナイフを入れたら、チーズと透明な肉汁が溢れるハンバーグ。シロが好きな、牛メインの肉肉しいしっかり固めハンバーグ。
嬉し気にわしわしと頬張るシロが目に浮かび、オレは思わずにっこりと笑ったのだった。
「シロが囮かあ……安心感あるな」
「そのまま、到着先の組織を壊滅するところまでしてもらったら~?」
もうすぐお開きとなる会場の一角で、話を聞いたタクトとラキが呑気なことを言っている。
それはできなくはない……というよりも、できるだろう。
だけど、シロは優しいからあんまり人を攻撃できないかもしれない。
それに、オレがそんなことさせたくないな。
「きゅっ!」
ぽん、と現れたマリスが、きりりと顔を引き締めしっぽをふりふり報告してくれている。
うむ、とラピスが頷くと、もう一度鳴いてぽんっと消えた。
難しい顔をしたラピスが、オレに向き直って口を開いた。
――状況は、安定の一途をたどっているの。
それは……つまり問題なく落ち着いているって認識でいいのかな?!
――アジトには今日中には着かないの。『野営する』って言ってるって、シロが言ってるってマリスが言ってるの。
ええい! ややこしい!!
「了解、さすがにそんな近場に拠点はなかったんだね」
あるいは、これが芋づる式捜査の効果なのかもね。近場の拠点は概ね潰されているのかもしれない。
「ラピス、なんて言ってんだ?」
「シロからの報告~? アジトが見つかった~?」
待ってましたと詰め寄る二人に首を振り、口を開いた。
「まだ、到着まではかかりそう。ひとまずできることは――」
「「できることは……?」」
「美味しいハンバーグを作ること、かな!」
にっこり微笑んだオレに、二人のじっとりした視線が突き刺さったのだった。
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