816 大盛況ではある
間もなく、講演が始まる。壇上での発表と並行して、会場でのポスター展示も始まる。
そこから少し時間をずらして、オレたちのふれあいコーナーも開始となる手筈だ。
オレたちのブースはラキ作の美しいケージが並んで、高級店みたいだ。透明なケージの中には、メイドさんたちがきゃっきゃ言いながら作ってくれた各々専用のソファーや小さなおやつ台が設置され、半分は休憩スペースとしてカーテンが引かれている。
チュー助のブースなんてそのまんまミニチュアで、とても可愛い。カーテンの中でもくもくとおやつを食べるアゲハも可愛い。
準備は万端、いつでもどうぞ! そんなオレたちのブース。
そして――
「俺の持ってきたやつ、サイズが合わないよ?!助けてラキ!」
「ああっラキくん!!私の展示台壊れちゃった!」
「……いいけど~、先生からは別料金もらおうかな~」
あちこちで加工師として引っ張りだこのラキ。
「タクトっ! タクトはどこだ?! 持ち上がらねえんだよ!」
「きゃああ! タクトくんどうしよう?! 台車がないと動かないのに台車に載せられないの!」
「行くから! 行くから待ってろ! 先生はもう座っててくれ!」
タクトはもっと忙しい。便利な小型重機は、方々で大活躍だ。
そして先生は思ったよりもドジっ子かもしれない。いや、想定内だったかも。メリーメリー先生ほどぽんこつではないと思っていたんだけど……。
「シロちゃん! ウチの子が興奮しちゃって言うこと聞かないの!」
「モモ姉さぁん! こいつが逃げようとして……!」
『ぼく、ダメだよって言ってあげるね!』
『しょうがないわねえ……』
ふれあいコーナーのメインたちは、既に方々で人気者だ。
『お前は、暇そうだな』
専用ケージを気に入ってうつらうつらと目を細めていたチャトが、鼻で笑った。
「暇じゃないから! シロやモモの活躍は、オレの活躍なの! それに会場の警備だってやってるんだから! ……ラピスたちが」
椅子に座って足をぶらぶらさせながら、早く始まらないかなとひとり溜息を吐いたのだった。
「――こ、これは?!」
「なんという……!!」
気難しそうなおじさん二人の表情が、一気に溶けた。
『ふふ、今日は特にいっぱいブラッシングしてきたからね! ぼく、さらさらでふかふかだよ!』
顔まで突っ込んでしがみつかれたって、シロはびくともしない。
朝からしっぽの調子も抜群だ。
「はーい、交代ですよー! あっ、そちらの方、待機列に並んでくださーい!」
誰に触られても、何をされてもにこにこ嬉し気なシロは、あっと言う間にアイドルになった。きらきら輝く水色の瞳に魅せられた人々が、遥か彼方まで蛇行する待機列を作っている。何度も並びなおす人たちのせいで、伸びる一方の列はそろそろ会場を脱出してしまいそう。
放っておけば人が殺到して事故間違いなしだったので、こうして一回数人ずつ、1分程度の時間制になった次第だ。
「フェンリルみたいに美しい犬だ……もしや、本当にフェンリルの血族なのでは?!」
「けど、見ろよ、あのにっこにこ顔。あれが人嫌いのフェンリルなはずねえ」
シロの耳は、そんな声もしっかり拾っている。すいっと動いた視線が、その二人を捉えた。
『フェンリルだけど、犬なんだよ! ぼく、みんな好きだよ!』
ぱあっと広がった、大好きの光。
ウっと呻いた二人が、そそくさと最後尾についたのは言うまでもない。
シロが激烈な人気を誇っているけれど、モモだって負けていない。こちらは子供や女性に特に人気が高いらしい。とがった部分のない柔らかなフォルムに、優しい色。ふわふわした産毛と、ほよんと揺れる柔らかさ。絶対に安全だとひと目で分かるその姿は、他の魔物や幻獣に近づけない人たちに絶大な人気を誇っていた。
『存分に見るがいい! 俺様をその目に焼き付けること、トクベツに許してやろう!』
チュー助は、尻をふりふりキレのあるダンスをしている。多分、この日のために練習したんだろう。
集まる視線にますます調子に乗って、双短剣の剣舞までやっている。この分だと早々にバテるだろうな。
チャトは人が居ようが居まいが、何ひとつ気にすることなく寝ているし、ムゥちゃんとジュリちゃんの葉っぱふりふりハミングは大喝采を浴びている。
ひとまずふれあいコーナーは大成功だろう。ただ、気になるとすれば……
「これってメインは学会だよね~」
「だったはず、だよな」
「う、うん……いいのかなあ」
ちらりと視線を走らせた壇上には、誰もいない。
ポスター展示の一角にも、誰もいない。
そして――
「これはですねェ、ラルルケアの冠羽でして、この特徴的な色が――」
「こ、これは?! 私の求めていたパルパウの球根?! くっ……高い! 待って、物販でなんとか稼げばあるいは!!」
「ここからここまで、全部もらおう!!」
売る方も買う方も異様な熱気を醸し出す、物販コーナー。
そうだったね、メメルー先生レベルの生き物好きが集まってるんだったね。全てを生き物につぎ込む人たちが、この宝物庫を前にのんびり発表とかできるわけなかったね。
「どうしよう……これじゃ学会じゃないよ! せっかくの発表が……」
「俺らが知るかよって話だろ。勝手にやってんだから、いいんじゃねえ?」
「じゃあ、もう『生き物会』に名前を変えればいいんじゃない~」
どうでも良さそうな二人に、責任を感じていたオレは拍子抜けた。そ、そっか。別にオレたちが何か仕組んだわけじゃないし。
……でも、プラス収支で冊子でも作って配るくらいは、メメルー先生に提案してみよう……。肝心の本人たちが、すっかり自分の発表のことを失念しているようではあるけれど。
手の空いている生徒たちで列をさばくのも様になり、各自交代で散策に繰り出せるようになったおかげで、外の屋台の話題が聞こえてくる。
「くっそ、もう一度あのカレーを食べるチャンスだったのに……! 既に最後尾は今日中にありつくのは無理だ!!」
「匂いだけで、興奮のあまり失神者が出たとかいう噂だぜ?」
……聞こえなかったことにしよう。
人気になるとは思ったけれど、食べたことのない人が多いものに、ここまで人が殺到するとは。死ぬほど忙しいと思うけど、カレーは何しろ先に作ってご飯にかけるだけ。相当数をこなせるはず。
今回はオレから話を聞いていたクラスメイトたちが、前日から学校の門に張り付き、それを見た町の人たちが我も我もと前日から人だかりを作る異常事態となってしまった。今後は徹夜規制の流れになりそうだ。
ちなみに、カレーは全町民に配るつもりかという恐ろしい量が用意されている。カレーよりも白米を準備する方が大変だった。だって、そんなに大量のお米を炊いたことがないもの。
「お前、何食ってんの?」
「これ、美味いぞ!! 期待してなかったんだよ、なんてことない見た目だし! けど、やっぱロクサレンだわ……! 試作品のネコカンって料理らしい。三角の飯とセットで食うんだと」
思わず吹き出しそうになって、慌てて取り繕った。
ジフにはいい名前を考えてって言ったのに……なんでそのまま猫缶なの。
とは言え、きっとネコカンと猫缶を関連付けて考える人はいないだろう。
だって、まず缶には入っていない。煮沸消毒した不透明の瓶に詰め、ジャムの要領で脱気してある。もはや猫缶とは完全なる別物なので、チャトに捧げる分だけはラキに作ってもらった缶を使用した。
クラスメイトの彼が食べているのは、多分まぐろ(仮)系のフードだろう。ペーストの中に角切りのマグロを入れて歯ごたえをプラス、隠し味に小さく刻んだチーズと香草。濃いめの味付けにして、屋台ではおにぎりとセットで販売する戦略だ。
小さなスプーンで猫缶をぱくり。濃厚な口内へ、湯気のたつ白飯のおにぎりを……ぱくり。
絡み合う、塩気と甘み。
オレの口の中に、じわっと唾液が溢れる。
まさか、猫缶に喉を鳴らす日が来るとは思わなかった。
同じく喉を上下させているタクトとラキを見て、くすりと笑ったのだった。
現在ひつじのはねは一生懸命作っているものがあります!
先日のアンケ―トからやってみたいと思った、分岐型のもふしら小説。ゲームブックとかノベルゲームに近いのかな?
バレンタインに間に合うように頑張ってはいますが……終わらない終わらない!そりゃそうだ、大量のSS書くのと同じですもんね?!
何でこんなことしてんだっけ……と遠い目をしつつ頑張っているので、完成したらぜひやってみて下さい……何の益もないので皆さんが楽しんでくれることだけがご褒美……...( = =) トオイメ目