814 学会の迷走?
「え……中止ってどういうことなの?」
オレは、めそめそと泣く彼女を見つめて困惑の表情を浮かべた。
猫缶レシピも完成して、みんなの衣装も張り切ったメイドさんたちがなんとかしてくれるという。ラキの作る各々のブースも出来上がって来た。チャトも満足そうにお日様の下で干されている。
そんな、学会準備も最終調整に入ったうららかな今日の良き日。
「泣いてちゃ分かんねえよ……。大丈夫だって、俺らがいるから」
眉をハの字に下げたタクトが、屈みこんでその丸まった背中をぎこちなく撫でている。オレが差し出したハンカチは、既にびしょびしょだ。
「ううっ、ありがとうぅ~。だって、だっでぇ」
ぼろぼろと零れる大粒の涙が止まらない。ラキがいれば、もう少し上手になだめられるかもしれないのに。おろおろするオレたちは、正直役立たずだ。
何かないか……こういう時は……
「えーと、ほら、蜂蜜レモンクッキー食べる?」
「食べる」
スイッチを切り替えるように泣き止んだメメルー先生は、幸せそうにクッキーを頬張ったのだった。
「――これ、すっごく美味しかった! ユータくんが作ったんでしょ? 学校で販売とかしてくれないかなあ? 先生絶対買う!」
小皿に盛ったクッキーは、きれいになくなっている。にこにこ紅茶をすする先生を前に、オレたちはちょっと疲れた顔を見合わせた。メリーメリー先生でもなし、さすがに大人の女性にこの対応はどうかと思ったけど、ウチの学校の先生は大丈夫だった。
「……でさ、結局何なの? なんで学会中止なんて話になったんだよ」
タクトもクッキーを1つ口へ放り込み、話の続きを催促する。
呼び出されて来てみれば、先生がその一言を言うなり泣き崩れたのだもの。
途端に表情を陰らせた先生へ、素早くクッキーを差し出した。
「ありがと! そう、しょれがね、昨日裏ルートから情報があって」
もりもり咀嚼しながら話してくれた内容は――
「……学会が狙われてる? なんでわざわざ?」
先生の裏ルートってどうなってるの? という疑問はさておき、二人して首を傾げた。
「もちろん従魔そのものもだけど、私たちが持ち寄るコレクショ……ええと、珍しい生き物の爪だとか、毛皮だとか、そういう貴重な宝物を『素材』として見る人間がいるの」
うん、それはまあ、普通に素材だよね。なるほど、珍しい素材が一堂に会する機会なんて、そうないもんね。
「それなら、きちんと鍵付きブースに入れて、警備を増やせばいいだけじゃない? 人目もあるし、そんなに大それたことにはならないんじゃないの?」
「つうか、素材の持ち寄りをやめればいいんじゃねえ?」
「それはできないわ!」
キッと視線を険しくしたメメルー先生は、クッキーをごくりと飲み込んだ。
「なんでこんな益のない会が続いていると思ってるの?! みんな自分のコレクションやうちの子を自慢するためでしょ?!」
知らないですけど。そして言っちゃってるよ、益のないって。
ぬるくなるオレたちの視線も構わず、先生は指についた粉砂糖まで舐めながら続けた。
「それに、よ! 益がないっていうのはその、利益についてもそう。学会の運営費なんて微々たるもの、とても警備の拡充だなんて……! だって会費とか参加費、安くしないとみんな払えないし! 当然でしょう、お金持ってたら生き物関連に使っちゃう人間ばっかりなんだから!」
それは、堂々と言うことじゃないよね。
タクトの目が、『学会、なくなってもいいんじゃねえ?』と言っている。
だけど、今さら引き返せない! せっかく猫缶作ったし、衣装も用意した。それに何より……
『ぼくのふれあいコーナー、なくなっちゃうの……?』
真摯に見上げる水色の瞳。
漏れてしまう、ピィと鳴る微かな鼻の音。
それでも気丈に振舞おうと、わずかに揺れる垂れたしっぽが――!
「っ大丈夫! 大丈夫だから! きっと、開催されるから!!」
こんなに切なげなシロを前に、言えるはずない、中止だなんて!
「利益がないなら、出せばいいんじゃない~?」
ぎゅっとシロを抱きしめたところで、後ろから半ば呆れた声がした。
勢いよく振り返った先には、苦笑する背の高い少年の姿。
「「ラキ!!」」
ぱっと輝くオレたちの表情に、彼はくすっと笑って肩を竦めた。
「利益が出れば、そこから警備費も払えるでしょ~?」
「そ、それはそうだけど……! でも、参加費を上げちゃうと参加者が激減しちゃって……。そもそも、そんな一か八かみたいな条件の後払いじゃ、警備を受けてくれる人がいないわ」
しょんぼりと項垂れる先生の前に屈みこみ、ラキは覗き込むように視線を合わせた。
「信頼と実力があって、融通を利かせてくれて、しかも会場にいてもお客を怖がらせない。そんなDランク冒険者、僕知ってるんだけど~?」
訝し気にした先生が、ハッと顔を上げてラキの瞳を見つめ返した。
その瞳の中に、きらきらと期待が宿る。
「……希望の、光。受けて、くれるの?」
タクトが、にやっと笑った。
「おう、任せとけ!」
「承るよ~。どうせ、会場にいるんだし~?」
頷くラキの口元に、涼やかな笑みが浮かぶ。
釣られるように、先生の顔がほころんだ。
「本当?! あ、ありがとう……!! 利益、出なかったら先生のポケットマネーから何とかするから!」
「いや、まず利益出るように何とかしろよ!」
「そこから、相談だね~」
――どこにそんな素晴らしい冒険者がいるのかと身を乗り出していたオレは、1人参加し損ねたのだった。
「でもさー、運営苦しいからって参加費上げて、失敗した過去があるんだろ? どうする?」
感激したメメルー先生が、自作のジュリちゃんブロマイドを渡そうとするのを辞退して、オレたちは寮の部屋で作戦会議をしている。
「難しくはないでしょ~。学会って言ってるけど、あれってお祭りと大差ないじゃない~? だったら、お祭りと同じようにすればいいんじゃない~?」
「お祭りでの利益って、販売?」
確かに、風のお祭りでの綿菓子販売はかなり莫大な利益を生んだ。
「けどよ、それだと屋台のヤツらにしか金は入らないだろ? 学会自体には入らねえよ」
「そっか。じゃあ、学会自体が屋台をやる……?」
ラキが、わずかに口の端を上げた。
「そんな感じかな~? だって生き物好きの人たちが集まるんでしょ~? じゃあ、それ関連の物はすごく売れるよね~。参加者から販売物を集めて、学会の販売ブースを作れば~? 売上からいくらか学会に収める形にすればいいんじゃない~?」
そうか! きっと宝物だけじゃなくて売ってもいい素材だって持ってるよね! ……決して、ラキが珍しい素材がないか狙っているわけではないと思いたい。
「けどさ、メメルー先生みたいな人たちだぜ? あんまり売るモンもってねえと思うけど。そんな利益になるほど集まるか?」
それもそう。先生は生き物関連の物なら、なんだって手元に残しておきたがるし。
「素材じゃなくてもいいんだよ~先生のジュリちゃん賛美発表とか、ブロマイドだって、売っちゃえばよくない~? それなら多分、売るものいっぱいあるよね~?」
オレたちは、顔を見合わせた。……これは、えらいことになる。
そんな、あの人たちに自分たちの推しを布教し買ってもらえる機会なんて作ってしまえば……
「だ、大丈夫?! それこそ自分の利益度外視で色々やりそうなんだけど!」
メメルー先生が徹夜でブロマイドを作る姿がありありと目に浮かぶ。
「僕らがやるべきは、学会の利益を上げる、それだけ~。参加者が個人の利益をどうするかまでは、僕のあずかり知らぬところだから~」
にこっと笑った笑みが黒い。確信犯だ。
「あとは、コアな層以外も入ってもらえるように食べ物の屋台とか呼び込んで~、その代わり一般参加費はうんと安くすれば、通りすがりの人もお祭りかなんかだと思って間違って入るんじゃない~?」
間違って入れていいんだろうか。
なんだか、だんだん学会とは似ても似つかぬものになっていってるような。こう、オレが元居た世界ですごく似たようなイベントがあったような……。
『いいんじゃない? そもそもふれあいイベントだったんだし』
『食べ物もいっぱいあったら、すごく楽しいね!』
うん、いいか。シロも嬉しそうだし。
ちなみに、アイディアを伝えたメメルー先生が目の色を変えたのは言うまでもない。
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