813 想定外な想定内
ちなみに火を通してない甲殻類を猫にあげちゃダメですよ~! この猫缶は人用なので猫が食べちゃダメなものは他にも色々入ります!そもそも味ついてますし!!
ナギさんがウナさんに捕まっている間に、お礼もそこそこに海人の里を飛び出してきた。だって、ナギさんの退屈しのぎ要員として離してくれなくなりそうだったから……。どうせツナカムさんに後日会いに行くから、その時に行こう。
その時には謹慎、解けてるといいね。
ロクサレンへ戻って来ると、既にラピスたちがカニを乱獲してきてくれたらしい。あらかじめ作っていた庭の生け簀には、王都の森みたいにカニが蠢いている。こんなにいらなかったけど、カニがあって困ることはないからいいか!
ついでによく分からないものも持ち帰っているので、生け簀から這い出してきたそれと料理人さんの戦闘が始まっていた。
――ユータ、カニ、いっぱい捕って来たの!
「ホント、いっぱいだね、ありがとう! ただ、あんまり捕りすぎるとカニがいなくなっちゃうから、気を付けてね」
――大丈夫、まだいたの! カニがいなくならないように、似たようなのも捕ってきたの!
「うん、似て……似てるかなあ……? でも、美味しかったら大発見だよね!」
甲殻類、と言えば甲殻類なんだろうか。まあ、少なくとも節足動物ではある。乗用車くらいあるけど。
「うわあぁ!」
「気ぃつけろ! リーチが長いぞ!」
確かに、2本のはさみは特に長くて、手長エビみたいになっている。はさみ自体は小さいのであまり脅威は感じないけれど、振り回されると厄介だ。
吹っ飛ばされた料理人さんには、回復魔法をかけておいた。
なんだろうな、ラピスたちに頼むと想定外のことが大体起こる気がするんだよね。
『もはや、想定内』
達観したような蘇芳のセリフに、つい頷いてしまう。
わじゃわじゃわじゃ、と長い多脚をうごめかせて完全に生け簀から出て来たソレは、オレにはどっちかというとゲジゲジの系統に見えるけれど……でも、節のある足はカニにも似ている。ゲジゲジ5割、エビ4割、カニ1割ってところだろうか。
「だけど、ちょっと脚が細いよ……身が入ってるかなあ。出汁にはなるだろうけど」
――でも、脚がいっぱいあるから、いっぱい食べられるの!
ああ、それで足がいっぱいあるやつを選んだのか。管狐部隊なら、この細さでも十分だもんね! 味は、カニとエビどちらに近いんだろうか。
ふうむ、と顎に手を当てたところで、飛んできた鍋蓋を慌てて避けた。
「てめえ何のんきに見学してやがる!! さっさと片付けやがれ!!」
一緒に飛んできた怒号に首を竦め、防戦一方のジフへ視線をやった。
「だって、食材だったらジフの方がいいかと思って」
「食材だァ? これ見て食おうと思うやつが、どこにいんだよ?!」
ここに居ますけど? たださすがに、黒を基調に緑と紫の縞々ボディは、中々に毒々しい気がするなとは思った。
「でも、茹でたら大体赤くなるし」
「そういう問題じゃねんだよ!! とりあえずこいつ討伐しろ!」
言うなり駆けてきたジフが、オレを掴んで放り投げた。同時に撤退命令に従って料理人さんたちが一斉に下がる。
「ちょっ……! だって、どこ切ったらいいの? 火を通したらダメだし……」
「食おうとすんな!!」
長いはさみの一撃を空中で躱し、オレはまんまとエビゲジゲジと間近く向かい合ってしまった。
こういう系統の大きいやつは、短剣との相性がとても悪い。少々切っても致命傷にならないんだよね、
さっき包丁で応戦していたジフたちと同じ、リーチの差も大きい。
「足を全部切り落とすのもなんだし……魔法を使うしか」
ひとまず攻撃を短剣でいなしつつ、ちょうどいい魔法がないか考えを巡らせる。
「火も雷もダメ、土も……微妙。水はあんまり効果なさそうだし」
ちょっと味は落ちるかもしれないけど、しょうがない。
オレは心を決めると、ひゅっと音をたてて迫ったはさみ連撃を紙一重で躱す。勢い余って地面へ突き立った2本のはさみを伝って一気に接近、エビゲジゲジが体を起こすより早くその頭部へ両手を触れた。
「心頭滅却!!」
パキン、と音がした気がする。
ぐらりと傾いだ固い甲殻から飛び降り、うまくいったと頷いた。
「冷凍したのは頭だけだから、味に支障はないと思う!」
庭に伸びたエビゲジゲジは、もうどの脚も動かすことなくだらりと脱力している。
「……だから食うなって……」
額を押さえたジフが溜息を吐き、料理人さんたちが声もなく立ち尽くしていた。
「――すっごく美味しかったら、オレが独り占めするからね!!」
オレは1人ぷりぷりしながら、外でエビゲジゲジの脚をいくつか茹でている。ジフが、そんなもんを厨房に入れるなって言うんだもの。そのせいで猫缶作りに参加できないんですけど。
『でも、それどうやって味見するのよ? 毒があったらどうするの』
「解毒できるから……と思ったけど、オレの身体だと危険かな」
なんせ小さいから、すぐに毒が回ってしまう。でも一瞬で人を死に至らしめるような猛毒ならむしろ知られているだろうから、解毒する余裕はあるだろう。ただ、眠っちゃったり意識が薄れるような毒だと、解毒できなくなるかも。
ティアがいるから毒物は大丈夫じゃないかと思うけど、そうなると逆にオレでは毒のあるなしを検証できなくなっちゃう。
「うーん、誰かに試食をしてもらうのが一番だよね。ジフに――は無理だね。原型を見てるし。じゃあセデス兄さんでいいか!」
それなら、オレがそばについて『嫌なもの』が体内に入ってないか確認するだけでいい。安全対策はバッチリだ。セデス兄さんだし。
その間に茹で上がったエビゲジゲジは思った通り紅白の鮮やかな身となり、細い脚の中を掻き出せば、それはもうカニだ。
即席マヨソースと塩コショウでサッと和え、セルクル型で円柱に整えて香草を散らす。うん、見た目は料理になった。
「セデス兄さ……あっ」
いそいそと館へ踵を返したところで、二階から飛び降りて来たカロルス様と鉢合わせてしまった。
「何作ってんだ? お前、またやらかしただろ。庭にカニがたくさんいるのが見えたが」
ちなみに庭に生け簀を作ったのは、ジフに怒られた。だって他に作りようがないんだから、そろそろ慣れてくれてもいいのに。
暗にカニを料理してるんだろ? と言わんばかりの顔で、オレを通り抜けた視線が出来上がった料理を探している。
これは、渡りに船だ。そうだよ、カロルス様ならヒュドラの毒でも大丈夫なんだし。
「カロルス様、これ食べる? あのね、もしかしたら毒があるかもしれなくて――」
「おう、美味そうだな――は? 毒?」
うん、そう。既に口の中に入っているそれのことなんだけどね。オレ、ちゃんと説明してからと思ったんだけどね。
カロルス様は一瞬訝し気に問い返したものの、咀嚼が止まることはない。
「カニだろ? なんで毒があんだよ。美味いな」
「美味しい? 毒は――大丈夫そうだね」
カロルス様に触れて魔力を流してみるけれど、特におかしな気配はない。
「領主を毒見に使うヤツがあるか」
「だって、一番大丈夫そうだったし」
「俺よりマリーの方が向いてんだろが。まあ、美味いもんなら俺が食うけど」
言われてみれば! そうか、身体強化が一番上手いのはマリーさんだね。どうも、華奢で優し気な見た目のせいで、毒見なんて絶対させられないと思ってしまうね。
「ひとまず、美味しいんなら良かった! オレも食べてみよう」
「まだあんのか? 俺も食う」
カニは猫缶に使うけど、エビゲジゲジは食べてしまってもいいだろう。カロルス様が食べても問題ないくらいたくさんある。
――いそいそやってきた領主様が、現物を見て蒼白になったのは言うまでもない。
そして、食欲に負けて食べ物と認めざるを得なくなったのも。
……ちなみに、エビゲジゲジはカニよりも伊勢海老の方が似ている気がした。
ちゃんと、美味しかった。
いつも読んでいただきありがとうございます!
感想ありがたく読ませていただいてます。感想やブクマ、☆評価は、孤独感ある更新作業において、とても励みになっています……!!