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812 食材のある場所

「お前が作るわりに冴えねえ料理だな……。ネコカンは分からねえが、カニのムース作ったのと似たような感じだな?」

「そうそう! 見た目は一切無視で、型に詰めて出すようなやつ! だけどディップじゃなくてそのまま食べて美味しいやつ!」

ジフに試食してもらいつつ、必要な材料を書きだしていく。そうか、カニを入れた猫缶も美味しそう! ラピスたちに取って来てもらおう。


「あと、赤身の魚とか貝柱も欲しいけど、売ってないからなあ……」

カニはラピスたちでも分かるけれど、赤身の魚と貝類は知らないので、とんでもないものを狩ってきそう。絶対に頼んではいけないやつだ。そもそもオレだって赤身の魚がどれかなんて、見ても分からない。

今から捕りに行くのも大がかりだし、と思ったところで気が付いた。海なら、専門家がいるじゃない!

「ジフ、使いそうな食材ここに置いておくね!」

「おう……」

頭の中で料理を始めたジフは、すっかり上の空だ。

オレは急いで部屋まで戻って、あの貝殻を取り出した。


「今、忙しくないかな……連絡しても大丈夫かな」

『むしろ、連絡してくれないって拗ねてそうではあるわね』

うっ……それはそう。だけど、どこぞのなんちゃって王様と違って、本当に本当のお姫様なんだもの! そうでなくても兵士長なんだよ。昨日何食べたー? みたいなノリで連絡をとるわけにいかない。

『あそこもなんちゃって王様、ではないと思うけど……』

いいんだよ、エルベル様は年も近いし、友達感が強いから。


「ナギさん……いるかな?」

意を決して貝殻を起動すると、光と共にぼんやりしたスクリーンのように景色が映し出される。

凛々しいナギさんの姿が映し出され――ると思いきや。


ここは多分、ナギさんの部屋のソファーだ。なぜそんな姿勢なのかは分からないけど、床に近い位置に頭が、ソファーの背に尾ひれが乗っている。長い髪はぼさぼさに乱れ、ゆるりとした着衣がだらしなく着崩されている。

『……ム? ユータか!』

気だるげな瞳が一瞬で輝き、だらりと脱力した姿勢からそれこそお魚が跳ねるようにこちらへ向き直った。

「あ、あの、久しぶり! ナギさん、今お話しして大丈夫?」

「オウ、退屈していたところだ!」

うん、そうだろうな。

まさに退屈を具現化したような姿だ。お姫様、それでいいんだろうか。


「ナギさん、いつもとなんだか違うけど……大丈夫? もしかして体調悪くて寝ていたとか?」

きらきらした目の輝きに、違うだろうなと思いつつ一応尋ねてみる。

「そんなわけなかろう。ちょっとナ、事情があるのだ」

ついと視線が逸らされ、尾ひれの先が誤魔化すようにひらひら動く。

とても気になるけど、言ってはくれないんだろう。

「そ、そう? 大丈夫ならいいけど……お料理のことで相談があっただけなんだけどね」

途端に唇を尖らせ、ナギさんが不服そうな顔をする。

「ヌシは、我に用事はないのか。もう少しマメに会ってもよいと思うが」

普通はお姫様にも兵士長にも用事はないと思うよ!


それで? と促されるままに食材について尋ねたものの、ナギさんが知るわけないよね。

「仕方あるまい、厨房に行けばツナカムがいよう」

何が仕方ないんだろう。どこかいそいそと体を起こし、いきなり服を着替えだしたナギさんに仰天して後ろを向いた。オレが居るんですけど! 

「よし、行くゾ」

ぬっと伸びて来た腕に引き寄せられたと思ったら、もう海人の城の中だ。

「え、ナギさんが行くの? ウナさんとかに……」

「ウナはいらヌ。よいか、他言無用だ」

しいっと唇に指を当て、ナギさんがにやりと笑う。どう見ても悪いことをするときの顔だけど、問題ないよね……? 厨房に行くだけだもんね?


「見つかると面倒ダ。人に会わぬように行く」

きゅっと髪を後ろで結ぶと、きりりと兵士長の顔をする。ナギさんは城の人気者だから、ファンが凄かったもんね。

「じゃあ、オレが索敵するよ」

「オオ、さすがだ。頼むゾ」

ぐっと握った拳に、オレの小さい拳をぶつけて、頷き合った。よし、作戦決行だ。


人のいない方を選んでは、水中と空間とを行き来する。海人の城は、本当に面白い。

「ユータは凄いナ、誰にも会わずに来られた。次からは頼らせてもらおう」

「うん、このくらいならお安い御用だよ!」

そこまで人目を避ける必要もないとは思うけれど。

そして、厨房にやってくれば、そこにはどうしたって人がいる。料理長のツナカムさんは……いた!

「じゃあオレ、ツナカムさんとお話してくるから」

「我を放置してカ? そこで待っていろ」

ムッとしたナギさんが、付近の水路へとぷんと体を沈めた。


どうするのだろうと見ていると、厨房の勝手口みたいな水路から忍者のようにすうっとナギさんが現れた。厨房は半水没部分、そして以前オレが見せてもらったオーブン類がある陸上部分に分かれた不思議なつくりだ。

オレに向かって『しいっ』とやってみせると、ナギさんはまるで獲物を狙うように姿勢を低くして水中に身を潜める。

ツナカムさんがそうとも知らず付近を通りかかった瞬間、ひゅっと伸びあがるようにして――口を塞いで引き倒した。


ほとんど水音もさせずに大きなツナカムさんの体を水中へ引きずり込み、瞬く間に裏口から姿を消したナギさん。

「……さ、さすが兵士長……じゃないよ! 完全に誘拐犯なんだけど?!」

慌てて水路を振り返ると、案の定ツナカムさん片手にナギさんが浮かび上がってくる。

「戦果は上々ダ」

にっと笑ったナギさんが、親指を立ててみせる。

「じょ、上々じゃないよ?! 何やってるのナギさん!」

まだ口を塞がれたツナカムさんが、どこか諦観の表情を浮かべていた。



「――で、ナギ様? なぜ私を拉致されたんですかな?」

料理長が、じっとりした視線を寄越した。

ナギさんの部屋に料理長を入れるのはさすがにマズイということで、オレたちは城の裏手にある食材倉庫に来ている。とても興味深い。

「我ではない。ユータが用事があると言うのでナ」

ツナカムさんが、無言でオレを見た。

口はしっかり結ばれている。だけど、聞こえる。『てめえ、用があるなら自分で来いや!』ありありとそう言っているのが聞こえる。


「そ、そうなんだけど! 何も呼び出すつもりはなくって!」

「我をのけ者にするなど、許さヌ」

ふふん、と尾ひれを振ったナギさんに、察したらしいツナカムさんが溜息をついた。

「ナギ様、謹慎中では……? また怒られますぞ」

ぴくっと反応したナギさんが、明後日の方へ視線を彷徨わせる。

「えっ? 謹慎?! ナギさん何やったの?!」

「大したことではナイ。ウナが大げさなのだ」

唇を尖らせる様は、まるで怒られたタクトみたいだ。


「姫君が式典を放り出して魔物討伐に行って、怪我をして帰って来るのは十分大事ですよ」

「怪我?! 大丈夫なの?!」

「かすり傷ダ。些細な傷など、回復薬ひとつで治るであろう」

「ナギ様は姫君なのですから、怪我をすること自体がマズいことかと……」

あーそういうこと。ナギさんはカロルス様タイプだもんね、退屈な式典より討伐に行っちゃったんだ。ナギさんが怪我をするくらいの相手なら、きっとナギさんがいて助かったんだろうけども。

半泣きで説教するウナさんが目に浮かび、くすりと笑った。

「……分かった分かった、小言はよい。ユータの話を聞いてやれ」

すっかりむくれたナギさんに困った顔をして、ツナカムさんはオレと視線を合わせて肩を竦めたのだった。


「ナギさん、謹慎中なら大人しくしていないと。きっと、怪我の療養も兼ねてるんでしょう?」

無事に食材を入手して、さらに猫缶のレシピを提供する約束をして、オレたちは再び人目を避けつつ部屋まで戻っているところだ。

「怪我など、回復薬でとうに完治しているというに。兵士長が怪我を恐れてどうするのダ」

それはそうなんだけど。多分ウナさんは兵士長の座も、後進に譲ってほしいと思っているだろうしね。

そんなことを言いつつ部屋の前まで戻ってきたところで、あることに気付いてあっと声を上げる。

訝し気にしたナギさんに苦笑してみせた途端、部屋の扉が開いた。

飛び出してきた人物が、思い切りナギさんにぶつかって弾かれ、ごろごろと後ろへ転がっていく。

さすが、兵士長。


「い、いたた……あっ?! な、ナギ様?!」

脳裏に浮かんだままの半泣きの顔で、ウナさんがナギさんにしがみついた。

「オウ、どうした」

「ど、どうしたもこうしたもありませんっ!! お部屋にいないから……まさか、まさかお怪我をした身でまた外へ行ったのではないかと!」

「怪我など、とうに治ったわ。廊下で騒ぐナ」

面倒そうに言いながら、ナギさんはウナさんをくっつけたまま部屋に入って扉を閉めた。

「で、ですが! ……というか、ナギ様謹慎中なんですが? なぜ部屋にいないんです?」

気付かれた、と言いたげな顔で視線を逸らすと、ナギさんはオレを引き寄せた。


「う、うむ。実はな、ユータのたっての頼みでな……」

オレ、自分で行くって言いましたけど。

「えっ?! ユータ様?! いつの間に! お、お久しぶりです、お見苦しいところを……」

あわあわしているウナさんだけど、お見苦しいも何も、ウナさんとナギさんっていつもこんな感じだと思うけど。

うまく誤魔化せたと安堵したナギさんだけど、そこは抜かりないウナさん。

結局、にっこり笑ったウナさんに謹慎期間の延長を言い渡され、愕然とする羽目になったのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 甲殻類は猫缶に入れちゃダメエエエエ
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