810 記憶にない
「それで? オレに用事って何?」
進み出たオレは、ぐるりと彼らを見回した。
これってきっとパーティメンバーだよね? よくもまあ、こんなに似た系統ばっかり集めたものだ。オレたちなんて3人しかいないのに、こんなにバラバラだよ?
『そうでもないぜ主ぃ!』
『分類によるわよねえ……』
短剣から出てこなくなったチュー助だけど、口だけは出してくる。まあ、ちゃんとアゲハのお守りをしてくれるならいいけど。
『おやぶ、出たダメよ、あむないからね!』
『俺様が危ないわけないぜ! なんせ主たちの師匠なんだからな!』
……うん、まあ、どっちがお守りをやっていてもいい。
「……けっ、やっぱ馬鹿か。俺らがお話に来たとでも思ってんのか? のこのこ出て来やがってよ」
面白くなさそうな顔をして、リーダー格らしい人が見せつけるように長い棒で自分の肩を叩く。
オレは、ハッとした。
これは、アレだ。煽り合戦! ダンスバトルのように交互にそれっぽい煽り文句を言う、アレ! 猫で言うとシャーシャー言いながら相手と睨みあう、それ!
『なんで猫で言った』
不服そうなチャトに構わず、オレは急いで懐へ手を入れた。
目の前の男たちが、サッと警戒の姿勢を取る。
ちょっと待ってよ、色々、色々あるんだから……!
「吠えるばっかりのガキが、身の程を知りやがれ!」
ビシッと決めると、つい口元が緩む。ダメだ、オレは無表情で淡々とやらなきゃいけないんだった。
「ガキって……ユータが言うのおかしくねえ? 何見てんだよ」
ひょいとオレの手元を覗き込んだタクトが、なんとも言えない顔をする。
一方相手方にはちゃんと煽り効果があったらしい、だんだんと顔が赤くなっていく。
これは、オレ優勢じゃないだろうか。ダーロさんたちは、相手が先に手を出したらこっちの勝ちだって言ってた。
「……お前、ふざけてんのか? ガキは殴れねえとでも思ってんのかよ」
押し殺したような低い声。棒は手元に引き寄せられたけど、まだ飛び掛かっては来ない。
オレのターンだ。
視線を落とし、素早くページをめくる。
「吠えるばっかりの雑魚――あっ! ちょっと?!」
突如手の中から飛び出したメモ帳に、慌てて手を伸ばした。ああ、ダーロさん直伝『煽りマスター!万能フレーズ集』が!
「ちゃんと、相手の目を見て言わなきゃな?」
タクトがくいっと顎で前を示した。そうだけど! だって……! オレまだ最初の方しか覚えてないのに!! 目の前には、オレのセリフを待っているたくさんの般若。
待って、なんて言えばいい?! ふざけんなよ、とか……ああ、それは今もう先に言われちゃったし! もはや頭が真っ白だ。
「な、舐めんなよ、この野郎……」
かろうじて思い出した最初のワンフレーズ。
「脈絡ねえ~! お前、ほんとセンスねえよな」
腹を抱えるタクトを横目に、オレは般若たちの様子に少々安堵した。大丈夫、ちゃんと煽りになっている。
そして――オレの勝ち。
唸りをあげて横なぎに払われた棒は、きっとオレたち二人ともを狙ったんだろう。
曲がりなりにもDランク、それなりに腰の入ったスイングであったけれど、残念ながら振りぬかれることはなかった。
バキィ、と響いた大きな破壊音。
当然避けるつもりだったオレは、ちょっと驚いてタクトを見やった。
開戦とばかりに武器を振り上げていた男たちの動きが止まる。その視線が折れて飛んだ棒を追って、ぱさりと草間に到達した。
攻撃をわざわざ腕で受けたタクトが、にやりと笑う。
「加減してんじゃねえよ。案外優しいんだな?」
「こ……のガキっ!」
一瞬の怯み、そして一気に上がったボルテージ。
雄叫びを上げて突っ込んで来る男たちに、タクトがきゅうっと口角を上げた。
「…………」
たった一人の少年に、狂ったように群がるチンピラたち。
踏みにじられた草の、青々とした香りが漂っている。抜けるような青空の下、飛び散った唾液と歯がきらきらと輝いた。
轟く怒声とさえずる小鳥の声。そよぐ草の音に混じる破壊音。
振り仰いだお日様が眩しい。今日は、とてもいい天気だ。
『あうじ、だいじょぶよ、まかまに入れてって言ったらいいのよ』
ぽつねんと立っているオレを慰めるように、アゲハが優しく言ってくれる。
『あなた、本当にセンスってやつがないのよ』
モモの呆れた声が胸に刺さる。
だって……いつ飛び出せばよかったの? どうも、今! っていうタイミングがあったみたいだ。
出遅れた……完全に。それはもう、大縄跳びに入れなかった人のように。
どうして? 途中まで、確かにオレが中心だったはずなのに。
なのに、全部、全部タクトに持って行かれてしまった。
上がりきったテンションの団体と、下がりきったテンションのオレ。なんかもう、今さら輪に入れないんですけど。どうしたらいいの。
ちら、と盛り上がる団体を見つめてみる。……誰も、こっちを見ない。
ゴブリンだって、もう少し輪からはみ出た人の所まで来てくれるのに。チンピラったら全然周りが見えてない。
はあ、と溜息が零れた。……オレ、もう帰ろっかな。
もう一度溜息をついたところで、なんだか沸々と怒りがわいてきた。
そもそも、オレのためのチンピラだったんじゃないの? タクトはついでだったはず!
オレだけがこうして蚊帳の外なんて、絶対におかしいよ!
『それはそう。確かにそうなんだけどね、これって別にパーティとかそういうのじゃなくてね……』
もはや諦めたような口調で、モモがぽそぽそと何やら呟いている。
オレは、宴もたけなわな一団をキッと睨みつけ、両手を上げた。
「もうお開きです! 帰るよタクト! ――せんたっきー!!」
みっちり密集していた彼らは、ものの見事にまとめてもみ洗いの渦に飲まれたのだった。
「――お前っ、なんで俺まで?!」
ずぶぬれになったタクトが、オレの両頬を引っ張っている。
ほっぺは痛いけれど、オレは密かに笑みを浮かべた。ふふん、タクトだって同罪だもの。
目の前には死屍累々、伸びたチンピラたちが濡れ鼠になって転がっている。洗濯日和だもの、しばらく伸びていればあらかた乾くんじゃないかな。
「だってオレが強いですよってのを見せておかないと、意味ないもの」
「じゃあ俺を避けてやれよ」
まあ、いいじゃない。ちょうど良かったし。
タクトから目を逸らしてチンピラたちを眺めると、のろのろと体を起こす者が出始めたところだ。タクトは加減が上手いらしい、怪我はしているけれど、通常の喧嘩レベル。わざわざ回復魔法を使う必要はないだろう。
オレは参加していなかったことなどおくびにも出さず、ずいと彼らの目の前へ立った。
身体をこわばらせた彼らが、もがくようにじりじりオレから離れようとする。
さすがに、もうやろうとは言わないだろう。
「オレ、強いんだよ」
にこ、と微笑むと、首振り人形のように頷くチンピラたち。
「俺たち、な?」
寄って来たタクトのせいで、せっかくオレに集まっていた視線がそちらへ流れてしまう。
ヘッドバンキングのような面々をひとしきり眺め、タクトがふと真面目な顔をした。
「あ……俺ら『希望の光』は3人だけどな、もう一人、アレには手出さない方がいいぞ」
「そっか、ラキね。うん、やめといた方がいいよ、怪我するから」
もうしてますけど? というツッコミは、さすがに飲み込んだらしい。妙な顔で口を閉じた彼らが訝し気な顔をする。
「あいつは、俺らみたいに加減しねえから」
ラキはタクトみたいに頑丈でもなく、オレみたいにシールドを張ったりできるわけでもない。手加減するわけにいかない、というのが実際のところだとしても。
「再起不能になっても、知らないよ」
それは心身どちらによるものかは、分からないけれど。
にっこり笑ったオレたちに、彼らは声もなくおののいた。
よし、ここらで締めだろう。終わりよければすべてヨシだ。
すう、と息を吸い込んで目の前のチンピラを睨みつける。
「これに懲りたら、もうオレたちに手は出さないことだ」
「お前、口調変だぞ」
タクト、うるさい。オレは胸を張って腕を組み、精一杯体を伸ばして見下ろした。
「帰ってベントスとやらに伝えて……伝えるといい。手も足も出なかったと!」
力強い声が、朗々と響く。
キマッたセリフに、思わずにやけそうになる頬を押さえた。
――ユータ、カッコイイの! キマッてるの!!
そうでしょう、そうでしょう。
自身の成長具合に悦に入っていると、タクトが軽く咳払いして顎で前を示した。
え、と視線をやると、目の前のチンピラが肩を落としてゆっくり下を向く。
微妙な空気に首を傾げると、タクトが小さい声で言った。
「あのな……そいつ、ベントス」
ベントス? ……え、これがベントス??
「…………あ、あの。ごめんなさい」
広々とした草原に、オレの小さい声が流れて消えた。
おかしいな、戦闘の予定だったんですけど……想定外。