807 相互扶助
「こんな時間になっちゃったから、ラキはもう寝てるよね」
「いや、あいつのことだからさ、絶対なんか加工して起きてるぜ! 早く寝ろって言うヤツいねえもん」
確かに! 煌々と明かりをつけて机に向かっているラキが目に浮かぶ。
すっかり遅くなったオレたちは、寮の部屋へ向かいつつ密かに笑った。
「「ただいまー……」」
起きてるだろうな、と思いつつそうっと扉を開くと、部屋は真っ暗だった。
おや、案外ラキはちゃんと寝たらしい。
拍子抜けて顔を見合わせ、オレたちはそうっと部屋へ足を踏み入れた。
「ユータ、俺見えねえからちっこい明かりつけてくれよ」
完全な暗闇の中、手探りで歩いていたタクトが足をぶつけた音がする。
「ちょっと、気を付けて! 明かりつけるまで動かないでよ!」
「お前、それ絶対俺の心配してねえだろ」
うん、タクトは壊れないけどベッドも机も壊れるからね。
ひそひそやりながらぽっと明かりを灯すと、ラキを起こさなかったろうかと彼のベッドへ視線をやった。
「えっ?」
素っ頓狂な声を上げたオレに、タクトが不思議そうな顔をする。
「なんだよ、静かにしねえとラキが起きたら怒るぞ」
タクトの声を聞きながら、オレはぐるりと部屋を見回した。次いで、ラキのベッドへ駆け寄る。
思い切り布団を剥いで、ますます困惑した。
「お、おい?! ――あれ?」
慌ててオレの肩に手を置いたタクトも、目を細めてベッドを見つめた。
「いない……よな? 明かりつけようぜ」
言いながら自らランプを灯し、部屋が柔らかな明かりに包まれる。
「やっぱりいない。どこ行ったんだろ? 素材のお店だってもう閉まってるから、外にいるはずないのに」
「いねえなー」
ベッドの下まで覗き込んだタクトも、訝し気な顔をして視線を合わせた。
「素材の店に閉じ込められてんじゃねえ? 動かねえから気付かれなかったとか」
「ええ……それだと朝まで店内堪能してそう……」
「だろうなあ。ま、朝になったら――なっても戻って来ねえよな、その場合」
なんとなく、心配する気持ちにならないのはラキだからだろうか。オレたちのリーダーは、とてつもなく頼りになる。トラブルなんかはするりと躱して戻ってきそうだから。
戻ってこないとしたら、加工関連のことだけ。
「そのうち店主に追い出されるだろ。オレらは寝るか! 素材もいっぱい採って来たし――」
ふいに口をつぐんだタクトを不審に思って見上げると、しばし空を見つめていたタクトが、ぎこちなくオレと視線を合わせた。
「なあ、俺思ったんだけどさ。……あいつと分かれた時、あいつ、どこで何してた?」
「えっと……そうだ、秘密基地で素材を――ッ?!」
ごくり、とタクトの喉ぼとけが動いた。多分、オレのも。
「「ら、ラキ?!」」
オレたちは、シロに飛び乗って秘密基地へと急行したのだった。
「あれ? 明かり、ついてねえぞ」
「本当だ……じゃあ、やっぱり素材店閉じ込まり説の方だったかな」
少し安堵しつつ、念のためライトを浮かべた時、オレたちは息を呑んだ。
「「ラキ?!」」
部屋の中央で素材に埋まりながら、倒れ伏したその身体。
その手にはなお、素材を掴みつつ……。
オレたちの悲鳴にも反応しないラキに慌てて駆け寄ると、タクトがうつぶせた体を引き起こした。
「おいっ! ……あー、まあ大丈夫そうだな。なんとなく」
その口元には、満足そうな微笑みが浮かんでいる。うん、なんだか幸せそうだ。
一応回復魔法をかけたところで、ラキが身じろぎした。
「ん、ん~? あれ、僕寝ちゃってた~? おかしいな、素材を前に寝るはずないのに~」
「待て待て待て、素材はもうダメ! 明日だって!」
タクトの腕から起き上がるやいなや、素材に手を伸ばそうとするラキ。
慌てて立ち上がったタクトに抱え上げられ、ラキは今初めて気づいたように目を瞬いて、オレたちを視界に収めた。
「あれ~? 早いね、いつの間に帰ってきてたの~?」
「早くねえわ!!」
「ラキ、大丈夫? もう夜中だよ? ごはん食べ……てないね」
置いて行った食料がそっくりそのままそこにあるのを確認すると、ばつの悪そうな顔で視線を逸らされた。
これって、今日一日何にも食べてないってことになるんだけど?!
「ちょっと夢中になっちゃって~。そっか、そんなに時間が経ったんだ~! 言われてみれば力が入らないね~……って、まず下ろしてくれる~?!」
ぼんやりしていた目の焦点が徐々にしっかりとし、抱っこされていることに気付いたラキが慌ててタクトの腕から抜け出そうとする。
「ラキ、座ってて! 本当に寝てたの?」
どうも、怪しい。本人が言っていた通り、ラキは素材を前に居眠りなんてしない。
ソファーに下されたラキは、うーんと顎に手を当て首を捻っている。そのうち、ぽんと手を打った。
「つい、うっかり~……」
「「うっかり?」」
何か思い当たった様子に、オレたちがぐっと前のめりになる。
「……魔力切れかな~?」
あはは、と笑う視線がこちらを見ない。
「加工は精度がいるから、魔力切れになるまで使わないんだけどさ~。実際使ってないんだけどさ~。素材の選別とか観察とか、構想を練ることはできるわけでさ~」
オレたちの目は、既に半眼になっている。
「多分途中で暗いなって夢うつつに思って~。その、ライトを~」
ラキ、ガッチリ起きている時に夢うつつって言わない。たとえそれが、ラキにとって夢の空間に居たとしても。
つまり、ぎりぎりまで加工魔法を使った後、ほとんど無意識にライトの魔法を使ったと。それも、長時間。
「ランプ使えよ?!」
「そうなんだけど~。目の前に素材があるのに、ランプの所まで行くのが嫌で~」
「「…………」」
……オレたちのリーダーは、とてつもなく頼りになる。トラブルだって、するりと躱すだろう。
ただし、馬鹿だ。生命に危機がある程度の、加工馬鹿。
オレとタクトは、無になった表情を見合わせて思った。
オレたちがいないと、ラキはダメだ、と。
「――で、二人が持って帰って来た素材は~?」
結局お腹が空いて眠れないと言うので、オレは秘密基地で夜食を作る羽目になっている。
正直、まだお腹が苦しいので料理をしたくないのだけど。
そして、なぜかタクトは食べているのだけど。
「出すわけねえだろ?! お前、なんで倒れてたか忘れたのか! ついでに、今何時だと思ってんだよ!」
大きな鳥団子を頬張りながら、タクトがスプーンを突き付けた。
おかしいな、今日はタクトがお兄さんに見える。
「ちょっと見るくらい、いいじゃない~」
はふっと雑炊を頬張ったラキが、唇を尖らせた。
夜食は、消化に良さそうな鳥団子の雑炊。
木さじからとろりと垂れる雫が、ほのかな明かりでつややかに光る。
ふう、ふう、と吹いた湯気が白く乱れて、二人の口元からも溢れている。
椀を抱え込んで上を向いたタクトが、カコカコと隅々まで口の中へ流し込んで椀を置いた。
ぺろりと唇を舐め、熱い視線がラキの椀へ向く。
「タクトがラキの取ったらダメでしょう。まだもうちょっとあるよ」
オレが立ち上がるより早く、タクトがいそいそと鍋まで飛んで行った。
美味しそうだな、と思う気持ちとは裏腹に、喉元までこみ上げてきそうな何か。
「ところで、二人の方は順調に採取できたの~? 見せてくれないなら、成果くらい聞かせてよ~」
少々拗ねたラキがオレたちを交互に見つめた。
「……もちろんだぜ! 何も問題なんてなかったよな!」
「そう、上々の出来ってやつだよ!」
大丈夫、だってラキがこんな感じなんだもの。オレたちの失態くらいどうってことなかった。
オレたちは、そう言って満面の笑みを浮かべたのだった。
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