806 グレーゾーン
「大丈夫、全然気にすることないからね! 仕方ないことなんだから!」
「い、いや……その。まあ、はは……」
努めてにこにこ笑顔を振りまきながら、オレは一生懸命二人を励ましながら歩く。どこか微妙な表情の二人は、ぼそぼそときまり悪そうに曖昧な返事をしている。
「お前、まだ言ってんの? さすがユータだけどさあ……。ちなみに、もし本当に迷った場合だって、仕方なくねえからな! 冒険者、迷ったら結構死ぬぞ」
横合いから飛び出した魔物を一刀のもとに切り捨て、タクトが呆れた顔をする。
『その通りだぜ主ぃ! 冒険者にとって方向音痴は致命的ぃ! 冒険に出るのに方向音痴はないぜ!』
『そうなんらぜあうじぃ! ちめーれきなほーこーちなんらぜ!』
そう、なんだけど! だけど、迷っちゃった人にそんなこと言ったって仕方なくない?! 今後は気を付けて町から離れないようにするしか……。
『違うのよ、この中に致命的な方向音痴は1人しかいないのよ』
溜息をついたモモは、へたりと扁平になった。1人って……いや、そうじゃない。きっと彼らのどちらかが方向音痴ということだ、そうに決まってる。
モモのじっとりした視線からは、視線を背けておいた。
「こいつは、特別だから。特別に強いから、かえって無防備なわけ。だから、普通はこうならねえよ? 次、やらねえよ……な?」
笑みを消したタクトが、ひたと二人を睨み上げた。
そんな、迷子ってなりたくてなるものじゃないのに! 慌てて口を挟もうとしたところで、オレの頬にモモの柔らかアタックが決まった。
『話がこんがらがるから、もうあなたは口を挟まないの』
ひ、ひどい。なんだかオレだけ子ども扱いで蚊帳の外だ。
こくこくと激しく頷いた二人に、タクトはちょっと肩を竦めた。
「けどさ、俺だって何とでもなるっつう考えがあるからだよな……ラキがいねえ分、俺がカバーしなきゃいけなかったんだな」
「何を?」
「お前を」
どこかお兄さんぶった苦笑で、タクトがわざとらしくオレの頭をわさわさと撫でた。
「オレ、タクトにカバーされるところはなかったと思うけど?!」
「んー、面白いから言わねえ。気付いたら言ってくれ」
手を振り払って憤慨すると、タクトは大いに笑ったのだった。
時おり現れる魔物を屠りながら森を進むうち、めっきり魔物が少なくなってきた。
もう暗いのでわかりづらいけれど、きっともうすぐ森を抜ける。
「腹減った……」
「うん、森を出たらごはんにする? 町まで行く?」
「町だな、護衛料金代わりに驕ってくれそうだし?」
にやっと笑ったタクトが見上げると、二人は一瞬きょとんとした。
「それで……いいのか?」
「報告はするから、いいんじゃねえ? クリアビートルの情報代と差し引きで」
「あんな虫の情報で――いや、助かる」
もちろんオレに異論のあるはずもない。そもそも、護衛も何も、オレたちだって森を出るのは同じなんだから。
――町の灯りがぐんぐん近づいてくる。暗くなると極端に街道を行く人や馬車はいなくなるから、シロは景気よくスピードをあげた。そんなスピードじゃ、あっと言う間に着いちゃうよ?
「……お、お前らは実際何ランクなんだ?」
随分激しい夜風に髪を乱されつつ、彼らは恐る恐る、といった体でオレたちに視線を寄越した。ほら、タクトが乱雑に二人を抱えて乗せたせいだ。
なぜって、森を出て早々にシロ車を出したところで、二人が腰を抜かしてしまったから。
『なら、それはお前のせいでは』
ぼそりと呟いたチャトが、目を細めているのが見える気がする。
そんなことはない。きっとない。
「俺らはDランクだぜ!」
あっけらかんと笑うタクトに、二人は納得いかない顔をする。
「バブノンドはDランクだが……」
じゃあ、問題ないよね? と思ったけれど、そういえば魔物のランクは基本的にパーティ単位。つまりDランクのパーティで対応する相手だからか。オレたち、一撃で倒していたもんね……。
「しょうがねえじゃん、俺らこんな年だし?」
そのセリフ、ついこのあいだオレも言った気がする。
オレたちは顔を見合わせて、くすっと笑ったのだった。
「――わあ、本当にあちこちに貼ってある」
ギルドの中は、クリアビートルの張り紙が複数あって目を引く。これが町中にもあったというのだから、そりゃあオレたちが情報を知らないのはおかしいわけだ。
ぐるりと依頼を眺めてみたけれど、それ以外は特にこれといったものもなさそう。
オレたちは夕食をいただいて二人と分かれた後で、ギルドにやって来ている。なんでもタクトがギルドに用事があるのだとか。
オレは苦しいお腹をさすって、手近な椅子に腰かけた。
二人が奢ってくれたお店は、冒険者に人気があるらしく、大変に賑やかで楽しかった。
一番人気のプレートだと言うので、タクトとオレは同じワンプレートを注文した。
ただ、持って来てくれたそれを見て、オレは思わず言葉を失ったのだけど。
「最っ高じゃねえか!」
タクトは立ち上がって喜んでいたけれど……。
だって! まず、プレートって普通皿じゃない? それ、お盆だとオレは思うけど。
お盆の上にパン。敷き詰められたパン。
そして、その上に肉。分厚く切られた肉肉しくも肉らしい肉がでんでんどん! と盛られ、だばあとソースがかかっている。もちろん、下のパンは油とソースでビタビタだ。
さらには薄切り肉がべべべっと重なるように片側に積まれ、何とか隙間を見つけてねじ込まれた大きな腸詰があちこちに刺さっている。
何このカロルス様専用ごはんみたいなの……。
お腹は空いている。だから、めちゃくちゃ美味しそう。それは間違いない。
だけど、オレの理性の部分が叫んでいる。さすがに、これはないと。
「お野菜とかいう概念は……」
そんなものはない!! ……なんて、力強いカロルス様の声が聞こえた気がする。
ここまで茶一色だと、ある意味小気味いいかもしれない。
ひとまず、オレたちは空腹に任せて貪るように食いついたのだった。
「うっ……思い出しただけで逆流しそう」
『ほとんど食べてない。スオー見てた』
厳しい指摘に項垂れる。だけど、それは相対的な話であって! そもそもの量が爆裂に多いからそう思うだけで!
もちろん、オレが食べられるはずもなく、残りというかほとんど全部はタクトとシロが食べた。あとチュー助も。モモは味見だけしたけれど、蘇芳とチャトはいらないらしい。
タクトは、着々とカロルス様への道を歩んでいるなあ。
ちょっと不貞腐れてテーブルに頬をつけたところで、足音が近づいてきた。
「よし、帰るか!」
「うん。結局、用事って何だったの?」
歩き始めたタクトを追いかけると、振り返ったタクトが驚愕の顔をしていた。
「おお……お前、まだそこだったか」
「何が?! 何の話?!」
怒るオレと共にシロ車に乗り込むと、タクトは口を開いた。
「あの二人のこと、報告だけはしとかなきゃだからな。じゃなきゃ、またやるかもしれねえし。ただ、双方話はついたってことにしておいたけど」
「うん……うん?」
「グレーゾーンだからなあ……。けど、やっていいことでもねえだろ? 実力がない……と思った者をわざわざ森の奥まで連れてってさ」
首を傾げていたオレは、ハッとタクトを見上げた。
「え、もしかしてオレたち騙されて森の奥まで行ったの?! でも、そんなことしてどうするの?」
「護衛してやるって言ってたろ?」
あー、ああ! そっか……じゃあ、最初からそのつもりだったんだ。
「じゃあ、もしかして森の拠点とか、仲間とか……」
「いねえよ。そもそも、あいつら森の奥まで行っちまったら、実力不足だったろ? 何のために護衛しながら帰ったと思ってんだ。倒した魔物だってアレ、絶対収納に隠し持ってたヤツだぜ」
なんだ……仲間を放っておいていいのかと大分気になっていたのに。
だからあんなにビクビクしながら進んでいたのか。てっきり、迷子だからだと思っていた。
オレはがっくり肩を落としてシロ車に寝転がった。そんなの、分からないよ。
『そもそもは、知らない人について行っちゃいけません、ね』
『アゲハ、これを悪い見本としてだな――』
だって、相手が弱かったし。
だって、森の脅威度も低かったし。
『それを、油断という』
うぐっ……! わざわざ出て来たチャトが、したり顔で前足など舐めている。だけど、返す言葉もない。
こんなの、ラキがいたら一発なんだから! あの笑っていない微笑みで、初手で二人を追いつめていたに違いない。いや、そもそもクリアビートルの狩り方くらい調べてあって、つけ入る隙がないに違いない。
「はあ……ラキに内緒にしておかなきゃ」
「だな……」
オレたちは情けない顔を見合わせて星空を見上げたのだった。
前話ユータと同じ気持ちを味わってもらえるかな?と思って分かりにくく書きましたが、ちょっとわかりにく過ぎましたか……反省。また手直しするかも(気が向いたら)
16巻、いかがでしたか~?
パーティの様子、楽しんでいただけたら幸いです!
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