805 ユータの気づき
「クリアビートルは、見たことあるだろ?」
オレたちは、揃って首を振った。
「だけど、どんなのかは聞いてきたよ」
そう、ちゃんと聞いている。枕サイズの甲虫で、甲殻が透明の素材に最適……うん?
それだけしか知らないことに気が付いて、おや? と思う。透明の甲殻を持つ虫なら、見れば分かると思っていたけど……もしかして素材になって初めて透明になるとか、そんなオチだろうか。
「いやいや売ってんだし、見たことくらいあるだろ。あれってデカいし割と目立つと思うだろ? けど、森の中にいる時はちょっとばかり見つけにくくてな」
「ま、慣れもあるぞ」
前を行く二人が足を止め、細い木の根元に立って上を見上げた。
木の上の方にいるんだろうか。目を凝らしてみたけれど、枕サイズの虫など見当たらない。
「このくらいのサイズの木の方が、やりやすいんでな」
言いながら、ガッと木を蹴りつける。
そんな、カブトムシやクワガタじゃあるまいし……。
古典的なやり方に目を丸くしたところで、バサバサと草むらに何かが落ちた音がした。
「そこ、落ちたろ」
言われるまま、へこんだ草むらをのぞき込むと――
「うわ、デカ!」
「えっ? 木にはいなかったよね?!」
そこで腹を向けてウゴウゴと黒い足を蠢かせているのは、まさに枕サイズの虫。ボディ自体はそこまで大きくないけれど、背中の甲殻部分が傘のようにボディより大きく張り出している。まさに、透明なプラスチックのような質感だ。
「なんで見つからなかったんだ……?」
何の気負いもなくデカい虫を持ち上げたタクトが、裏表ひっくり返し観察しているけれど、特段変わったところはない。甲殻は透明でも、ボディは細長く黒い。そもそも、透明と言ってもプラスチックの傘を被ったデカい虫がいれば、結構目立つ。
「こうなると、見えるんだけどな。木にくっついてる時は擬態してんだよ」
「慣れねえと、見つけにくいもんだ。ほら、あの枝の下、見てみな」
言われてじいっと目を凝らしても、こんな大きな虫の凹凸は見えない。
「んん~~? 言われてみれば、ちょっとだけ不自然か? ……ここだろ!」
隣の木を蹴って飛び上がったタクトが、がしりと何かを掴んだ。
「よっし! 分かった、何となく不自然なとこだな!」
なるほど、その手にはさっきと同じ虫。
ええ……? オレには見えなかったけど。擬態のレベルが光学迷彩……!
「けど、そこらにいるんだから、木を蹴って歩く方がよほど簡単に見つかるぞ」
焦って目を凝らしたオレは、なるほどと頷いた。
『だけど主ぃ、主が蹴っても虫は落ちてこないと俺様思う!』
そんなことはない! 心持ち細い木を選んでタシタシ蹴ってみたオレは、結局項垂れる羽目になったのだった。
「――なあ、どのくらい集めればいいんだ?」
力加減を覚えたタクトは、大きな木に足裏をつけると、折れるんじゃないかと不安になるほど思い切りよく揺らした。
バッサーと方々で音がして、オレはせっせと虫集めに奔走する。ちなみに、クリアビートル以外も落ちてくるから、オレはきっちりシールドを張っている。デカい虫より小さい虫の方が、個人的には嫌だ。
細い木よりも大きな木の方がよほど収穫量が多いのだけど、教えてもらった手前なんとなく気まずくて、オレたちは前を行く二人にバレないようこっそり巨木をターゲットにしている。
「さすがにもういいかな? 狩りすぎて怒られたりは……しないよね?」
森の深部になるにつれ、虫の収穫量が減ってきたのは気のせいではないだろう。
離れてしまった背中を追いかけると、振り返った二人が視線を交わした。
「……ところで、君らは今ここが森のどのあたりか分かってるのか?」
「どのあたりって言われても知らねえけど、大分中心部まで来たよな!」
あっけらかんと即答したタクトに、二人が微かに訝し気な顔をする。
「あのな、俺らはお前らを森の外まで送ったりできねえからな。なんせ、先を急いでる」
「お前らさ、ここから二人で引き返せるわけ?」
今度はオレたちが顔を見合わせた。正直、この森は町に近いだけあって脅威度は低い。
「問題ねえよ! それより、仲間の所へ急ごうぜ!」
にっと笑ったタクトに、二人は目を丸くして言葉を詰まらせた。
「い、いや……これ以上は危険が……! お前ら、急いで帰らねえと暗くなるだろ!」
「森の深部だぞ?! 仕方ねえ……どうしてもということなら、お前らの護衛として送ってやってもいい」
親切な申し出に、オレたちはきっぱり首を振る。
「いやいや、怪我した仲間が待ってんだろ?」
「オレたちのことならお気遣いなく!」
にっこり笑って先を促すと、二人は頭を抱えてしまった。
「仲間は問題ねえ、ほんのかすり傷だ! 帰れ、送ってやれるのも今のうちだから!」
「金がねえなら、後払いでもいいから!!」
あ、そうか。冒険者のやり取りだもの、護衛として雇うなら当然支払いが必要だ。
もしかして、この道中分も支払った方がいいのだろうか。
「じゃあ、俺らのこと置いて、先行けばいいんじゃねえ?」
勝手について行くから、なんてありありとタクトの顔に書いてある。
「だから――!!」
イライラし始めた彼らが声を荒げようとした時、オレたちはほぼ同時に地を蹴った。
獲物を前に、興奮した捕食者の呼吸が間近くなって――
オレは腕を交差して両の短剣を掴み、抜刀と共に大きく振りぬいた。
短剣とは思えない大きな一文字の太刀筋が一瞬赤に染まり、捕食者はオレの獲物となって地に伏した。
確認の間もなく、次いで小さな体をめいっぱい使った回し蹴り。
はからずも隣り合うような距離で、タイミングを合わせるようにタクトも蹴りを放ったのが見えた。
タクトの蹴りで弾丸のように蹴り出された魔物が、派手な音をたてて森を突き抜けていく。
オレの蹴りで地面にもんどりうった魔物が、体勢を立て直すやいなや踵を返して逃げて行った。
オレたちは拳を合わせて笑うと、倒した魔物を見下ろした。
オレが斬った1体と、タクトが斬った1体、吹っ飛んだ1体は多分森の葉屑となって消えたろう。残りは皆逃げたらしい。
猿と犬を掛け合わせたような4つ足の魔物だ。
残念だけど、なんとなく食べられない気がする。タクトも同じことを感じ取っているのか、不服そうだ。
「ば、バブノンド……!!」
身動きひとつしなかった彼らが、掠れた声で呟いた。どうやら、この魔物はバブノンドと言うらしい。
彼らの表情を見るに、実力の証明には十分だったようで。
「な、俺ら結構強いだろ?」
にっと笑ったタクトの顔を、二人は口を開けて見つめていたのだった。
――目的地には、まだ着かないらしい。
肩を寄せ合うようにして前を歩く二人が、そっとこちらを振り返った。
首を傾げるオレと視線を合わせ、慌てて前を向く。
あれきり黙って歩く二人に、オレたちは困惑するしかない。やりすぎて引かれたのだろうか……だけど、魔物に襲われるに任せておくわけにもいかない。
「なあ、まだ着かねえの?」
しびれを切らしたタクトの呼びかけに、大仰に飛び上がった二人が振り返った。
「い、いや、それがその……」
視線を彷徨わせる様子に、オレはピンときた。
「そっか、オレ分かっちゃった」
ぎょっと目を剥いた二人を見上げ、微笑みかける。
「……迷っちゃったんだね。暗くなったし、無理もないよ」
「え? そんなことある? 自分の拠点が分からなくなるとか、マズイだろ……」
ほら、タクトそんな顔しない! だからこそ、バレないように必死になってたんだろう。
だってオレなら森に拠点を置いたとして、シロたちの力を借りずにたどり着く自信なんてない。
「お仲間さんは大丈夫なんだよね? 急ぐなら――」
「いやいや全然! ほら、こんだけ暗くなったし、全然急がねえから! むしろ明日でいい!」
揃って首を振る二人を見て、それなら敢えてレーダーやシロや管狐部隊を使う必要はないかと頷いた。
「急いでたんじゃなかったのかよ……」
呆れたタクトの呟きは、幸い届かなかったらしい。
「じゃあ、一旦帰る? それか、ここで野営――」
「「帰る!!」」
オレのセリフに被せるように言い放った二人が、気まずそうに顔を見合わせた。
「帰るって、迷ったんじゃねえの? 帰れんの?」
意地悪そうににやりと笑ったタクトが、二人を交互に眺めた。
「帰る方向なら、なんとなく……」
視線を合わせようとしない彼らに片目をつむって見せ、タクトはぽんぽんと剣を叩いた。
「護衛、いる? 今なら安くしとくし、後払いも可能だぜ?」
ますます身を縮込ませた二人は、小さい声でお願いします、と言ったのだった。
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