803 学会参加について
「あれっ? タクト君から聞いてない?」
メメルー先生が首を傾げてオレの隣に視線を移す。
「俺、言ってねえもん。あんなに覚えられねえよ!」
「ええ~?! 私、そんなに色々言ってなかったと思うんだけど……」
「言ってたぞ。主にジュリちゃんについて」
なるほど? 伝達事項は簡単だったはずなのに、それ以外の話が長引いたってわけか。
「そうだったかしら?」
小首を傾げつつ、メメルー先生が説明してくれたところによると、オレたち生徒班が行うのはブースでの活動らしい。
「毎回学校からの参加は期待されてるのよ! だって冒険者になると途端に参加しなくなっちゃうから、召喚獣とか従魔とか、間近で見られる機会がなくって。だからやってもらうのは、主に生体を観察できたり、実際に触れたりするブースね! 他に企業ブースも出て、幻獣関連の販売もあるの! そうだ、去年買えなかったものがあるから、今年は生徒を使えば……」
先生がぶつぶつと禄でもなさそうなことを言っている。
オレの想像がちょっと違うんだろうか。それって学会というか展示会や物産展のような……。
「オレの思う学会って、壇上で論文発表するようなやつなんだけど……」
「あら、もちろん発表はあるわよ! だから私は中々物販に並べなくて」
どうも、話を聞く限り壇上で発表と言うよりも、ポスター発表らしい。内容をまとめた展示用紙の前でプレゼンテーションする、あれだ。
果たしてジュリアンティーヌちゃんの自慢話に終始するだろうプレゼンを、最後まで聞く猛者は現れるのだろうか。
「ひとまず、オレたちは論文とか書く必要ないんだよね! つまりは……その、生体の実際を肌で感じてもらうっていう目的の元で――」
「要はふれあいコーナーってことか!」
「そういうことよ!」
あ、そういうことでいいんだ。
『もはや学会どころか展示会でもなく、単なるお祭り会場ね』
モモがふよんと揺れて平たくなった。当日、きっとモモとシロは大変だろうな……。シロは大喜びだろうけども。
『もちろん、休憩所も用意してもらうわよ。好きに出入りできるようにしてくれるかしら?』
『ぼく、大丈夫! みんなが怖がらないように大人しくするよ、いろんな人が撫で撫でしてくれるかな? すごく楽しみだね!』
「エビビは……あんま触られたくないよな? どうする?見られんのは平気か?」
多分……その小さなエビを触ろうとする人は、あんまりいないんじゃないかな。
また長くなりそうだった先生の話を打ち切って、オレたちは秘密基地へと向かっている。
タクトはひとまず観察対象として本エビの許可が出たらしく、エビビ観察水槽をラキに用意してもらうんだと張り切っている。
「モモは休憩所付きスペースを用意して、シロは……おやつがあればいいのかな?」
『おやつ! あと、ブラシがあったら使ってくれる人がいるかな?』
ウキウキと落ち着かないシロが、尻尾をふりふりオレの周囲を回っている。
『おやつ……スオー、おやつあるなら、やる』
「え? いいの?」
『おさわり厳禁』
重々しく頷く蘇芳に、くすっと笑った。なるほど、触れられないようにさえすれば、好きなだけお菓子を食べていられる快適空間だと認識したらしい。
ムゥちゃんはジュリアンティーヌちゃんと同じスペースで、仲良く鼻歌でも歌っていてもらおう。可愛さの相乗効果で大変なことになりそうだ。もちろん、連れ去られないよう国宝もかくやという管理体制の元で。何なら管狐警備隊を配置しておこう。
「――エビにそんな大層な水槽いる~? そんなに見に来るかな~」
「来るに決まってんぜ! トクベツなエビだからな! ブレスを見せてやれないのが残念だけど。だから、エビビが引き立つスペシャルな水槽が必要なんだ!」
さっそく二人でラキにおねだりしていると、ラキが半ば呆れた視線を寄越した。
「まあ、交換条件の素材次第かな~?」
含みのある流し目に、オレとタクトが勢い込んで頷いた。
「任せろ! なんかいいの持って来てやる!」
「いい素材だね、分かった!」
何がいいだろうか。オレの場合、みんなの分を作ってもらうから大変だ。
「あ、ユータはちょっと、事前に相談しよっか~。僕、ドラゴン素材とか持ってこられても困るっていうか~」
「そんなの持ってこられないよ!」
「どうだか~」
『賢明な判断ね』
さすがラキだわ、と弾んだモモに頬を膨らませたものの、素材を指定してくれた方が確かにありがたい。
『主ぃ、俺様にもVIPルームを頼むぜ! 控室も設けてくれよな、アゲハと一緒に休憩できるように!』
『あえは、おやぶ応援するんらぜ!』
そうだ、チュー助の衣装も用意しなきゃいけないんだった。ついでにシロや蘇芳にも衣装があったら可愛いかもしれない。そうなれば、シーリアさんの所よりもロクサレンだろうか。
揃いの衣装ならパジャマパーティのがあるけれど……。
「学会参加をパジャマってわけにはいかないし……それなりの衣装がいるよね」
『とーぜんだぜ主ぃ! 一張羅を頼むぜ!』
『ぼく、パジャマでもいいよ! 早く学会したいね!』
ラキが、立ったり座ったり落ち着かないシロを撫でた。
「召喚獣たちの衣装とか、何でもいいんじゃないの~? 本体がこんなにかわいいんだから~」
前半で咄嗟に反論しそうになった口を静かに閉じる。さすが、ラキだ。
『あらやだ、きゅんとしちゃうわね!』
『ぼく、可愛いって!』
『スオーは、かわいい』
『俺様の可愛さは完璧だからな!』
まんざらでもなさそうな面々が得意げに胸を張る。
「そうだな! エビビはそのままで最高だから、何もいらねえな!」
「あ~、うん、まあ、好みは人それぞれだし~?」
……タクト、エビビに衣装着せるつもりだったの?
『……おれは?』
ラキと視線を交わして苦笑したところで、不服そうな声が聞こえた。
絨毯の上でごろごろしていたチャトが、不貞腐れてしっぽを振っている。
「もちろん、チャトだって最高にかわいいよ!」
『そうじゃない』
ぐっと拳を握って言ったのに、アッサリ切り捨てられた。
細められた緑の瞳は、そんなこと分かってる、とでも言いたげだ。
「えーと、えーーと、あ! チャトも参加したい?」
散々頭を捻って、ハッと顔を上げた。
『……別に。ただ、触れないなら参加してやってもいい』
つんとそっぽを向いて再びごろごろし始めたチャトに、正解を引き当てたらしいと安堵した。
だけど、チャトは……明らかに普通の猫じゃない。大きい姿でなければ、翼も小さいから誤魔化せるだろうか。いや、見に来る人たちはみんな生き物好きだもの、舐めるように見るに違いない。オレなら見る。
「大きい姿にならないのは大前提として……そうか、衣装でなんとか隠せばいけるかも?」
せっかくやる気になってくれたんだから、ぜひとも参加していただこう。たとえそれが、ごろごろしながらおやつを食べられるからだとしても!
そうなると……
――ズルいの! おやつがあるなら、ラピスたちも参加したいの!
だよねえ……ラピスたちはオレのために姿を隠しているだけだもの。だけど、参加されちゃうとオレの立場的にちょっとアレだ。
「そ、そうだ! ラピスたちは、交代で会場の警備をお願い! その代わり、交代の時はゆっくり休憩しておやつを食べてね!」
きゅうっとざわめく声が聞こえた気がする。
――交渉整列なの! 当日の守りはラピスたちに任せるといいの! 何が襲い掛かって来ても撃退してあげるの!
うん、どっちかというと撃退要員じゃなくて、会場の生体を盗難から守ってほしいんだけど。
会場は町中なんだから、普通襲撃はないからね?
だって召喚獣はともかく、従魔だと普通に攫っていける。素材、としての価値があると思っている人たちが紛れ込む可能性がある。会期中に角が折られて持ち去られた事例もあるそうだ。
「ツノはともかく~、毛とか爪ならちょっとぐらい、もらえたりしないのかな~」
思案気なラキに、オレとタクトが身を引いた。ほら、こういうのがいるからね?! 部隊の誰か、ラキについておいてくれるかな?!
「ピピッ」
ティアがやれやれと言いたげに鳴いた。私はいつも通りここに居ますよ、なんて言っているみたい。
悠然とオレの肩でまっふり座り込む小鳥に頬を寄せ、そういえばこれもラ・エンが見ているんだろうか、なんて思ったのだった。
あけましておめでとうございます!
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