802 スナック
油の中に投入したひらひらが、そのままの姿で形を成し、じゅわじゅわと油の泡に包まれる。
すぐ焦げちゃうから、見極めが肝心だ。
きつね色手前くらいでサッと取り出せば、かりりと程よい具合になってくれるだろう。
熱いうちに塩とスパイスを振りかければ、これだけで残り物スナックの出来上がり! 唐揚げだか何だかに使った残りだから、何かしらの美味しいエキスだって含まれているかもしれない。
「もう生じゃねえよな!」
返事をする前につまみあげたタクトが、口へ放り込んでカリリと音をさせた。
うん、いい音。しっかり揚がってるね。
「うまっ! こんだけしかねえの?」
すぐさま次の一つに手を伸ばし、大いに不満そうな顔をする。
「だって、残り物だもの」
「なにこれ、止まらなくなりそう~」
ラキまでつまみ食いして、さらに寄越せと身を乗り出してきた。このままでは、テーブルへ持って行く前になくなってしまう。
エサにつられる魚のような二人を引きつれてローテーブルへスナックを置くと、二人の手をかいくぐってひとつ口にする。
パリパリ、よりもカリカリっとしっかり感じる歯ごたえの小気味よさ。軽いスナックは、なるほど伸ばす手が止まらなくなっちゃう。
「ユータ、足りねえ!」
「残り物じゃなくて、新しく作ってよ~」
見る間に数を減らすスナックに切ない顔をして、タクトとラキが眉尻を下げた。
残り物処分のために作ったのに、新たに作るのはなんだか腑に落ちない。
「じゃあさ、簡単だから二人が作って!」
この際、二人も作り方を覚えれば好きに食べられるじゃない。
「え~作りたいけど、美味しくなかったら嫌だし~」
「味付けで失敗とかないし、焦げなかったら大丈夫!」
何も難しいことはない、小麦粉生地を揚げるだけだもの。薄さで食感は変わって来るけど、どんな厚みもそれはそれで美味しい。
かけるスパイスは好みかどうか、あらかじめ味見すれば分かるだろうし。
「なら、作るからユータが見といてくれよ!」
ぺろり、と指を舐め、タクトがさっそく立ち上がった。視線を下げると、そこには空になった器。
「ええっ?! オレ、まだちょっとしか食べてない!」
「だから、作るんだろ?」
がっくりするオレを急き立て、二人はさっそくエプロンをつけて期待のこもった視線を向ける。
「……そんなに説明することないんだけど」
小麦粉に水をちょっとずつ入れて伸ばせるくらいの生地にする、それだけ。まとまらないなら水を足して、水が多すぎたら粉を足せばいい。
「水をちょびっとで……あ。これダメだよな、べちゃっとした。もっと粉!」
水は少しずつだって言ってるのに! また水を入れすぎたタクトが粉をばさっと足して、また水を――
「ね~これ、正解にたどり着けなくて、永遠に増殖していったりしない~?」
水、粉、水、粉のループが止まらず、混ぜる係のラキが不安そうな顔でオレを見る。
そ、そんなことは……。
既に相当量になりつつあるボウルを見つめ、オレは乾いた笑みを浮かべたのだった。
「――おお! すげえ、固まった!」
じょわっと湧き上がった油の中を覗き込み、タクトが嬉し気な声をあげる。
「ホントだ、これだけでできるんだね~。簡単なのかどうかは、いまいちわからなかったけど~」
簡単でしょう! 粉と水だけだよ?!
結局、止まらない増殖に恐れをなしてストップをかけ、オレが介入する羽目になってしまったけれど。
「小麦粉、すげえな! もう美味い!」
色んな大きさのスナックが、どんどん揚がっていく。揚がっていくけど、片っ端から食べる人が最終仕上げ地点にいてはダメだね。もはや、味もついていないのに美味しいらしい。
今度はたくさん出来るし、味付けだってスパイスからハーブ、チーズまで色々用意してある。これはきっと、カロルス様や執事さんも好きだろうな。お酒にも合いそうだもの。
そうだ、細かくなっちゃった欠片を集めておけば、妖精さんたち用のスナックにもなるかもしれない。
「タクト、食べない~! そこで食べた分、取り分減らすからね~!」
「な、ちょっと待て! 俺だって美味くなってから食いたい!」
タクトに食いつくされないよう、オレとラキでせっせとスナックを取り分けてスパイスをまぶしていく。
熱々のスナックが、ボウルの中でカラカラと音をたてた。
「だけど、本当不思議だね~この粉ってユータがいつもお菓子作るやつでしょ?」
「そうだけど、何が不思議?」
タクトに見つからないよう、二人でこそっと摘まみ食いして笑う。
「だって、クッキーだったり、他のお菓子だったり、全部この粉からできるだなんて~」
「それは確かに! 揚げるのだって卵とかバター入れたらドーナツになるしね!」
「えっ、じゃあ俺ドーナツ食いたかった!」
タクト、ちゃんとドーナツを覚えているんだろうか。
「なら、粉に砂糖と卵を入れて揚げて、砂糖をまぶせば大体ドーナツになるよ」
何の気なしにそう言うと、二人が途端に胡乱気な顔をする。
「これが?! さすがにないだろ?! 全然違うぞ!」
「え~? さすがに嘘だ~! だってこんなにカリカリだよ~?」
そんな視線を寄越されたら、憤慨するしかないよね!
「嘘じゃないよ! 本当にこれがドーナツになるの!」
とても信じてなさそうな二人のにやにや顔に、地団太を踏んで……
つまりは、そういうこと。
オレは結局、ドーナツまで作る羽目になったのだった。
カリッ、カリッ――カリ、カリッ。
「……おいしい?」
音の止まるタイミングを見計らっていたのだけど、多分止まることはないのだろう。
右手にワイン、左手でひたすらスナックを摘まむ黒衣の青年が、オレに視線を落としてワインに口をつけた。ああ、ワインを飲む時だけはその手も止まるらしい。
金の瞳が何か言いたげにしているけれど、言葉を発するよりも味わう方に忙しいらしい。
喉越しを楽しむ、とはこういうことなんだろうか。口に含んだワインをゆっくりと喉に通し、吐く息すら味わうように丹念に舌で唇をなぞった。
「……なんだ、これは」
言うが早いか、またスナックへ手を伸ばした。
色んな種類の味付けを、仕切りをつけた箱にたくさん入れてみた。見た目はあまり綺麗ではないけれど、味は一級品――いや、これはあくまでB級グルメってやつだろうか。
筋張った長い指がわずかに箱の上で彷徨って、そのうちの一つを選びだす。
「何って、スナックだよ。お菓子だけど、おつまみにもいいでしょう」
「腹に貯まらん」
軽いからそう感じるだろうけど、実際は結構腹に来ると思う。油分たっぷりだからね……。
だけどスナックって意地みたいに食べちゃうよね。これ、失敗したかも。こんなにたくさん箱に詰めてきたら、ルーってば全部食べようとするよね。
お供のワインだって何本必要なんだか。うん? お供はスナックの方だっけ。
小さなスナックをもどかしそうに高速で口へ運ぶ様子は、その美しい外見とはずいぶん不釣り合い。くすくす笑いつつ、オレはもう一つの箱へ手を伸ばした。
砂糖でお化粧をした小さなドーナツ。いびつな丸から、チュロス風に棒状に絞ったものまで色々だ。
スナックはルーが独り占めするだろうから、オレはこっちを食べよう。
お砂糖を零さないようにそっと持ち上げ、一口でいこうと大きく口を開ける。いびつな形は、ざくっとした歯ごたえのため。そして、たっぷりのお砂糖がジャンクな甘みをがつんと連れてくるんだ。
きっと、オレの口のまわりにだってお砂糖がたっぷりになる。
想像だけでよだれの溢れかえった口内に、しかしそのドーナツは到達できなかった。
ぱくり、とやる直前、オレの手首を捕まえた大きな手。
そのまま引き寄せられ、大きく開いた口がそれを迎え……
「あっ、もう! オレだって食べようと思ったのに! お酒飲んでるからドーナツはいらないでしょう!」
まんまと食べられたオレは、じとりとルーを睨み上げた。
「俺のだ」
「1人で食べる量じゃないと思うんだけど!」
オレに残されたのは、たっぷりゆびについた砂糖だけ。
ちゅっちゅっと指を舐め、ありありと不服を詰めて頬を膨らませる。
「俺は1人で食える」
スパイスのついた指を舐める、獣じみた仕草。わずかに上がった口角からは、ちらりと牙がのぞいた。
「食える食えないの話じゃなくて!」
「酒を追加するなら、やってもいい」
小馬鹿にした視線がオレを見下ろし、ルーは大層機嫌が良さそうに鼻を鳴らしたのだった。
すみませんね……食べ物を書くと長くなって話が進まなくて。でも好きなもので……
Twitterで行ったプレ企画、オーダーっ子たちが完成しましたよ!とっても可愛くできたので見ていただけると嬉しいです!