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801 封じられた記憶

思わぬところで随分な時間を食ってしまった。

カロルス様のせいでぐっすりお昼寝をしてしまい、もう夕方になってしまう。

『確かに彼が原因ではあるのよ、そうなんだけどね……』

『そんなこと言って主、カロさんの方はとっくに起きてたぞ!』

そうだけど! でも寝ちゃったのはカロルス様のせいなんだもの。だから、決してオレのせいではない。

そんなことを考えつつ、セデス兄さんの部屋まで大急ぎで走った。


「セデス兄さん! 学生の頃ちゃんと勉強してたって本当?!」

ノックももどかしく部屋に滑り込むと、机に向かっていたセデス兄さんが勢いよく振り返った。

「ちょ、どういう意味かな?! 僕、割と成績いい方だったと思うけど!」

間違えた。

いや、それにしたって成績がいいというのは見栄を張っているんじゃないかと思うけれど。

「そうじゃなくて! えっと、学校で魔物とか、幻獣のことを勉強してたの?」

「え? 貴族学校だよ? 普通に色んな科目が――ああ、専攻のこと? そうだね、辺境で役に立つ知識かなと思って。どうして急に?」

オレは勢い込んでセデス兄さんのベッドに飛び乗り、長居する体勢をとった。


「じゃあ、フェンリルの見分け方とか、知ってる?! どこで狼系の生き物とフェンリルって見分けてるの?」

「そりゃ、気配で分かるよ」

あっけらかんと答えられ、そうじゃないと布団を叩く。

「だから! 普通の人! 普通の人はどうやって見分けるの? 本に載ってるようなことを知りたいの!」

「僕もいたって普通の人なんだけど……」

ぶつぶつ言いながら立ち上がり、セデス兄さんは本棚から分厚い1冊を取り出してオレの隣に腰かけた。

「幻獣はここに載ってると思うけど、フェンリルなんてそもそも情報があんまりないと思うよ」

「じゃあ、どうしてセデス兄さんはシロがフェンリルって判断したの」

出会ったこともないのに、これがフェンリルの気配だ! なんて分かるわけないと思う。


「だから、気配だとか感覚があるじゃない。トカゲを見てドラゴンだなんて思わないけど、ドラゴンに会ったら絶対分かるでしょ」

「そうかもしれないけど……でも会ったことな――」

ある。

ものすごく明らかにドラゴンな人に会ったことある。

だけど、あの人はドラゴンと言うよりも神獣であって……さすがに同一視はできないと思うんだ。

スンと口を閉じたオレに不審な顔をしつつ、セデス兄さんはそれ以上踏み込むまいとするように、聞こえなかったふりをした。


実際のところ、出会って分かるかどうかなんて知りようもない。

ただ……あの魔晶石で変貌していたアリゲールは、他と違うと思った。ドラゴンに近いと思ったのだから、なるほど、きっとそういうことだ。

「でも、それなら誤魔化せるよね! シロは可愛いから、気のせいですむもの」

あとは、教科書的に何て書いてあるか。フェンリルは水色の瞳です、なんて書かれてあったら一発アウトだもの。

「フェンリル……あ、これだ!」

もっとたくさんのページを割いて説明していると思ったのに、半ページ分しか紹介がない。それも、イラスト付きなのに。


描かれたイラストは、猛々しく咆哮をあげる巨大な狼。一見して、外見的特徴は狼と相違ない。ただ、違うのはその大きさ。シロよりずっと大きい。

「そうか、大きいからこれで成獣サイズだと思ってた……シロ、まだまだ大きくなるんだ!」

『そうなの? ぼく、まだ大きくなるの? じゃあ、いつかゆーたのお家も引っ張ってお散歩できるよ!』

嬉しそうに尻尾を振るシロが、前足で飛び跳ねた。

さすがに……一戸建ての家を引いて歩く犬はいないかな……。だけど、きっと一戸建ての家を持つ頃には、オレが立派な冒険者になっているだろう。シロがフェンリルとバレたって問題ない。


「……説明って、これだけ?」

曰く、『美しい毛並みを持つ、敏捷性と持久力に優れた強力な幻獣である』とか。『人語を介する高い知能をもつが、縄張りを守り他者と関わることを嫌うため、不意の遭遇には事情を説明しながら逃げるべし』とか。狼との違いとして、群れを成さないことくらい?

拍子抜けるほど大したことを書いていない。むしろこれなら、人間大好きなシロは当てはまらない。

「そりゃ、見たことある人がほとんどいないんだから。フェンリルをどうこうしようって人は普通いないんだし、これ以上の情報なんていらなくない?」

ほら、と見せられた他のページ。どうやら主に素材利用など人にとって有用だったり、逆に脅威であるものについてページが割かれているよう。

「そっか……。だけど、魔法生物学会に参加するような人だったら? 学者とかいるんでしょう?」

「いるけど、既知の生き物を知っているだけで、未知の生き物は知りようがなくない?」


オレは、瞳を輝かせるシロと顔を見合わせた。

「じゃあ……! 大丈夫、だよね?! シロ、学会に参加しても誤魔化せるよね!!」

「参加するの? ん~、高ランクがいなければ……。まあ、いても黙ってろって言えば黙ってると思うよ。だって魔法生物学会でしょ」

まるで見知ったようなセリフに首を傾げると、セデス兄さんは肩を竦めた。

「魔法生物大好き人間の集会だから、その生き物に不利になるようなことはしないよ。僕も参加したことあるし」

「参加したことあるの?!」

それは心強い! だけど、セデス兄さんクラスの人が参加するなら、フェンリルバレの可能性が高くもなるんだけど。

「もちろん! いつやるの? 久々に行こうかな。僕、魔法生物学って結構好きだし。フェレデルースの特徴的な指の骨格とかさ、ババンナマンキーの婚姻色についてとか、中々ああいうコアな話題に喜んでくれる人っていなくてね」


嬉しそうに手をすり合わせたセデス兄さんを見上げる。

サラサラ揺れる髪と、エメラルドの瞳。黙っていれば間違いなく王子様なその顔。

……封印していた記憶が、今ありありと蘇る。

原形をとどめないほどに変形したあの顔、暗闇でカサカサ蠢くあの――

「んぶっふぅ!!」

爆発的な爆笑の波に襲われたオレを、セデス兄さんはただ不思議そうに見つめたのだった。



「――じゃあ、シロも一緒に参加できるんだな! 良かったな!」

『うん! ぼく、良かった!』

秘密基地のメイン部屋で、大はしゃぎするシロとタクトが転げまわっている。訓練場の方でやってくれないかな、作業中のラキにぶつかったら大変なことになる。

「だけど、結局何をするんだろうね?」

オレは薄い生地を細長く刻みながら、葉っぱを揺らすムぅちゃんに首を傾げてみせた。

「ユータ、学校に来ないから知らないだけじゃない~? タクトは呼ばれていたみたいだけど~」

半分独り言だったけど、思わぬ返事が返って来て顔を上げた。

「そうなの? ねえタクト、メメルー先生何か言ってた?」

「おう! けど、めっちゃいっぱい言われたから覚えてねえ! すげえ張り切ってんなってのは分かった」


そんなの、聞かなくても分かる。役に立たないタクトにじとりと視線をやると、堪える様子もなくいそいそやって来て手元を覗きこんだ。

「それ、なんだ? 食い物だよな!」

これは、揚げ物をした時に残った小麦粉を水で伸ばしたもの。餃子の皮みたいな……何と言われても困る。

食い物ではある。そう言った途端に、端っこを口へ放り込んだタクトが、妙な顔をする。

「……マズくねえけど、味がねえ」

「だってまだ味つけてないもの」

「先に言えよ!」

言う前に食べたくせに……まだ生だけど、タクトならお腹は壊さないだろう。そしてマズくはないんだ。


「何作ってるの~?」

うんと伸びをして立ち上がったラキまで、キッチンの方へやって来た。

「えーっと……スナック……的な?」

言いながら揚げ油の中へひらひらと生地を投入する。

秘密基地の中には賑やかな音と共に、香ばしい香りが漂い始めた。

更新忘れててすみません!!

デジドラも更新してたらちょっと日付感覚が……!


*ほんの些細なマイクロ話、閑話・小話集の方に載せました!

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― 新着の感想 ―
[一言] 将来「希望の光」は、ラキ特製のトレーラーハウスをシロに引っ張ってもらって、冒険が出来るね!
[一言] ババンナマンキーの求婚ダンス……
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