799 キメ台詞
「なあユータ! ベントスにタンカ切ったってマジで?!」
教室に入った途端、詰め寄られて目を瞬いた。
「短歌? ベントスって誰?」
そんな雅なことをした覚えはない、と首を振ろうとしたところで『啖呵』が頭をよぎった。
『マジでマジで! 俺様ちょっと主を見直しちゃったもん!』
『あえはも、みまおしたっちゃもん!』
ぶわりと頬が熱くなる。追いつめられているオレを知りながら、ラキとタクトはにまにまして助けてくれない。
なぜ?! あの時間にギルドにいたのなんて、ほんの数人なのに! もちろんクラスメイトなんていなかったはず。
「ユータ、あいつが誰か知らねえでやったの? 嫌なヤツじゃん! やたらと下のランクに絡んでさぁ、昼間っからギルドでグダってるなんて実力は知れてんのにさ!」
「あたし、それ聞いてもう~スッキリしちゃった!!」
きらきらした瞳がいくつもオレの方を向いている。
オレの冷や汗は止まらない。
「な、な、なんで……なんで知ってるの??」
だってもはや疑問形ですらない。確定事項としてオレに確認とってるじゃない。
「なんでって言われても……みんな言ってるし」
「それに、荒くれダーロ隊を手懐けたって噂もあるんだけど!」
オレの……オレの黒歴史が拡散されている。せめて、もう少しカッコよく自然にキメられるようになってから噂してほしかった。
「な、やってみてくれよ! お前、何て言ったの?!」
「見てたヤツがさ、ちっこいすげえヤツって興奮してたぞ!」
ああ、いたたまれない。学校に来るんじゃなかった。
『まあまあまあ、そこで驕らねえのがホンモノってやつよ!!』
――ユータ、カッコよかったの! いつもああだと素敵だと思うの!
得意げに胸を張っているのは、チュー助とラピスたちだけだ。
「絶対やだよ!! だってみんな絶対に笑うじゃない!」
「笑うけどさ! 見たいじゃん!!」
笑うの確定でやるわけないよね?!
憤慨するオレの隣で、タクトとラキが静かに笑みを浮かべていた。
「おー、ベントス。お前がやった相手ってアイツかあ」
「ふふ、やっと判明したね」
心なしか漂うただならぬ気配に、クラスメイトが自然と遠巻きにしている。
ごめん、顔も覚えていないベントスさん。二人に名前を知られてしまったよ……悪いことはせずに清く正しく生きるといいと思う。
「おはようみんなっ! あっ! 噂のユータくんが来てる! ねえねえ、先生にもあのキメ台詞言ってみせてほしいなっ!」
先生がスッと後ろを向いたかと思うと、渋い顔で振り返った。
「『いつでもかかって来るがいい。俺は逃げも隠れもしない! ……よく覚えておけ、俺は『希望の光』――ユータだ!』」
ビッとオレに指を突きつけ、緑の瞳を細めてニヤリと笑う。
「……月夜ばかりと思うなよ?」
きゃあっと歓声があがった。
最後のはキメ台詞じゃなくて捨て台詞じゃないだろうか。
「……え? マジ? ユータあんな感じ?」
ちょっとばかり魂をお留守にしていたオレは、こそっと耳打ちされて我に返った。
「そ、そそっ、そんなこと言ってないっ!!! 捏造っ! 99%捏造!!」
慌てふためいて立ち上がり、全身で否定する。
不服そうな無数の視線が注がれているけれど、違うものは違うの! そしてやらないから!!
『最高に痺れる! さすが教師だぜミニ先生!! 主、次は真似しような!』
――か、カッコイイの……シビレたの。まさか、こんな所にも隠れた才能が埋まっていたとは思わなかったの……。
ああっ、管狐部隊がまた変な舵の切り方をしてしまうじゃない!
「え? 違った? 先生そう聞いたと思ったんだけど。あ、でもでも最後のは先生のアレンジだよ! ユータくんも次、使っていいからね!」
特別だよ? と言わんばかりのウインクをもらって、『おいおい最高か!』 なんてオレの頬を肘でつつくチュー助と、感激してくるくる回転するラピス。
「いらないですぅ!! もういいから! オレのことは終わり!!」
ぶんぶん両手を振って、これきりだと着席する。一体どこまで拡散されてしまったのか……。
人のうわさが消えるまでは確か――まだ75日もあるの?!
べたりと机に伸びたオレを、ラキとタクトの手が慰めるように撫でた。その手が小刻みに震えているのは、きっと気のせいだ。
「そう? だけどユータくんにはまだ話があるんだよ! ユータくんだけじゃなくて、召喚術と従魔術できる子は全員、お昼にメメルー先生のところに集合だって!」
思いもよらないセリフに、オレたちは顔を見合わせた。
「それって、俺も?」
「タクトくんのエビビは……う、うーん? 一応、行ってみたらいいんじゃないっ?」
適当な返事に、きっと先生も詳細は知らないんだろうと見当をつけ、首を傾げたのだった。
「――なんだろうね? メメルー先生だったら……ああ、もしかして授業で使いたいとかかな」
メメルー先生は、魔法生物関連の先生だもの。
ムぅちゃんと同じマンドラゴラの……えっと、ジュリ……なんとかって名前の子を育てている。
「その可能性が高いよね~。ユータだけじゃないならさ~」
「ユータだけ呼ばれたんだったらさ、またムぅちゃん量産してくれってのだったかもな!」
オレたちは午後から授業のないラキも一緒に、数人で先生の元へ向かっていた。
召喚術も従魔術も、オレのクラスでは実戦レベルで使える人はいなかったんだけど、タクトの召喚を含めていいなら、使える人はいる。
「あっ! ユータくん来てくれたのね!」
扉を開けると、既に他クラスから数人集まっていた室内で、小柄な女性が飛び跳ねた。
「ジュリアンティーヌ、久々のお母さんだよ~!」
「お、お母さん……」
差し出されたマンドラゴラを複雑な顔で撫でつつ、小首を傾げた。
「あの、それでオレたち、どうして呼ばれたの?」
「エビビだって召喚獣だからいいよな?!」
ずいと前へ出たタクトに苦笑しつつ、メメルー先生が嬉し気な顔をする。
「あれ? メリーメリー先生から聞いてない? 今度行われる学術集会に参加してほしくって!」
「うぇえ? 俺はいい! やっぱエビビには無理だな!」
学術集会が何か分かっていないくせに、敏感に勉学関連と察知したタクトが踵を返そうとする。
「あっ! でも、みんなにやってもらいたいのは、何も難しいことじゃないの。ある意味お祭りみたいなものだから、楽しいと思うの」
ジュリアンティーヌを撫でながら、メメルー先生がにこにことみんなを見回した。
「今回魔法生物学会のテーマは『広義の魔法生物を愛でる意義と有用性について』なの! ウチが主催だからね、ぜひとも魔法生物たちの可愛さアピールの場にしようと思って!!」
ぐっと拳を握った先生の目が燃えている。そのテーマ、先生がごり押したんじゃない?
「『広義の魔法生物』って~?」
先生と対照的に平坦な目になったオレたちの中で、ラキが手を挙げる。
「いい所に気付いたわね、さすがラキくん! だってかわいいに限界も境界線もないでしょ? 魔物は含まないとか、魔法植物は除外とかナンセンス! だから、魔力を持つ生き物全て! オールオッケーよ! 全てのかわいいをフルコンプするのよ!!」
それだと、愛でる側設定だろう人間も入るんじゃないかと思うけど。
普段ふわふわしているメメルー先生が、鼻息も荒くやる気にみなぎる様子に、生徒側がほんのり怯えている。
「つまり~?」
ラキが、先を促すように顎に手を当てて首を傾げた。
「そう……つまり! 会場でみんなの子のかわいさを存分に見せてほしいの!! あっ、あと有用性を」
うふふ、とジュリアンティーヌに頬ずりする先生は、うっとりと未来の学会会場に意識を飛ばしている。
うん、つまり……かわいいを集めた会場で、ジュリアンティーヌちゃんを好きなだけ自慢する会ってことか。
「私情しか入ってない学会だね~」
そんなので学会が成り立つんだろうか。いや、もしかして魔法生物学会なんだから、先生みたいな人がいっぱいいるのでは……。
そもそもオレ、この世界で学術論文的なものを見たことないけれど。
先生はオレたちのぬるい視線に気付くことなく、かわいいに思いを馳せていたのだった。