795 裸の付き合い
みんなが一緒にお風呂に入るなら、オレも一緒に入りたい。
だって土石流だの雨の中うろうろしたりだので、なんとなく冷えている気がする。……実際濡れてはいないんだけど。
ただ、3人が汚れを落としている間に食事の準備はしておきたいところだ。
そうなると、大きいお風呂を作っちゃうと、絶対みんなオレを待たずに入っちゃうよね! 何なら洗わずに入るかも。
オレだけ後で入るのって寂しすぎる! だったら、洗い場に掛け湯用の小さいお湯スペースだけ用意しておけば、存分に汚れを落としてくれるだろう。洗い終わってから大きい浴槽作ればいい。
「で、外で綺麗にしてからあのご立派な小屋へ入れってか。仕方ねえ、ワイクス、魔力残ってるか?」
「残ってなくはねえが……これだけ派手に汚れてると、多少の水でどうにかなるもんじゃねえ」
「けどよ、あたしら水を貯めるモンも持ってねえ。川……は、今近づきたくねえな」
思案しているうちに後ろでそんな声が聞こえた。おや、ワイクスさんは生活魔法程度の水は出せるらしい。
けど、オレお風呂って言ったと思うんだけど。
「お風呂、用意するから大丈夫だよ?」
「てめえ、こんだけ土魔法使っておいてまだ水魔法も使えんのかよ……Dランクじゃねえだろ」
納得いかないと言わんばかりのダーロさんたちを尻目に、さっそく両手を地面についた。
「べちょべちょになったら嫌だから、少しだけ傾斜をつけておいた方がいいよね!」
魔力を使いすぎるから石にはしないけれど、足元の土はしっかり固めておかなきゃ。後で大きな浴槽を設けることも考慮して、一気に土魔法を発動させる。
分かりやすいよう地面より一段上へ上げ、洗い場の完成だ。阿吽の呼吸で、管狐部隊が掛け湯スペースに程よいお湯を満たしてくれる。
あとは収納からお風呂グッズを取り出して――
「はい、どうぞ!」
満面の笑みで振り返ったオレの視線が、対象を見失って下へ下がる。
3人は、ぬかるんだ地面に思い切り尻を着いて口を開けていたのだった。
「――きっと魔法をあんな風に使うの、初めて見たんだよ」
野菜を刻みながら、3人のあまりの驚きっぷりに言い訳がましく口にする。
『そんなわけあるか』
『そうかもしれないけどそうじゃないぜ主ぃ!』
『お気の毒ね……きっとタライに水を出してくれる、くらいの想像をしていたでしょうに』
オレ、ちゃんとお風呂って言ったのに! なんならまだ肝心のお風呂作っていないのに。
向こうでちゃんとお湯を使っている音を確認しながら、手早く食事の支度をすませていく。
ちなみに、見られていたら落ち着かないだろうと、一応衝立代わりの土壁を立ててある。オレの方も、管狐お料理部隊を見られたくないからちょうどいい。
今日は色んなものをぶち込んだポトフにしよう。
管狐部隊に任せて放置すればいいし、野菜もお肉もこうしてどかんと塊で放り込める。
だけど、いっぱい食べそうだから足りないかな。もしかしてポトフくらいならお味噌汁感覚かもしれない。
「うーん、手間を掛けられないから……シロが何かお肉持って来てくれたらステーキにでもすればいいかな! あとは大量のパンと……そうだ、チーズはいっぱいあるから、ポトフとパンをチーズフォンデュ風にすればいいかも! ポトフのお鍋にチーズ入りの器を入れればいいし」
まあお肉もいっぱいあるんだけど、この場で狩った獲物の方が自然だよね!
『つまり、今は不自然』
『それは間違いないわね』
蘇芳とモモの呟きは聞こえなかったことにして大鍋に蓋をすると、急いでお風呂の方へ走った。
「お湯、足りてる? 綺麗になった?」
言いつつ土壁を回り込んでみると、3人は言っていた通り、ある程度服を着たままで洗っている。
いや、むしろ着たまま服を洗っていると言った方が正しい気がする。
「……それ、服は綺麗になるかもしれないけど、身体は綺麗にならなくない? そもそも、濡れた服はどうするの」
「てめえは今まで外で体洗ったことねえのかよ。最後に脱いで体を拭いて、絞りゃいい。替えがねえんだ、仕方ねえだろが」
もしかして、泥を落とした服を手ぬぐい代わりに……? そしてその生乾きの服を着るの?!
「そんなの、全然気持ちよくないじゃない!!」
「何言ってんだ……当たり前じゃねえか」
呆れた視線は、オレが間違ってるの?!
『主ぃ、冒険者が汚れを落とすのは、ビョーキにならないためだぜ! フツー、外で体を綺麗にしようなんて発想にならないわけ。「汚くても死なねえ」ってな!』
いやいや汚かったら感染症とか……ああ、それが病気ってことか。じゃあこんな風に泥まみれにならない限り、冒険者って……。
確かに、低ランクだと魔物がいる中で呑気に水浴びできないだろうけども! ランクによる清潔感の格差はこんなところにも表れるのか……。
憤慨したオレは、ずんずん進み出て洗い場の床に手をついた。
「今日だけは、ちゃんと『お風呂』に入るの!!」
4人で入っても十分余裕のある浴槽。そして、もうもうと上がる湯気が夜空に吸い込まれていく。
やっぱり、こうでなきゃ!
にっこり微笑んで振り返り――とても既視感に駆られたのだった。
「――ばっ! お前っ、脱ぐな! それ以上脱ぐな!」
下着にかけた手をダーロさんにがっしと抑えられ、同じく目を剥いて手を伸ばしていたワイクスさんが額の汗を拭う。
やっと再起動したと思ったら、一体何なのか。
そう思ったところで、そういえばメリーナさんがいるんだったと照れ笑いした。
「あっ、ごめんね。いつも男所帯なもんだから、つい」
「は?! そうじゃねえよな?! あたしらが犯罪者呼ばわりされるわ!」
とにかく着ろと大わらわで上まで一枚着せられ、非常に不満だ。だけど、思い返せばサラマンディアのお風呂でも湯帷子みたいなものを着ていたっけ。
ただオレはともかく、いくら洗ったとはいえ彼らは泥まみれの服を着たままお風呂に入ってほしくない。
シールドを張ってるからと説得して、二人はきっちり腰巻タオル姿になってもらった。メリーナさんはやっぱり一緒に入るらしいので、オレと同じスタイルかつ念入りに上からタオルも巻いてもらった。
顔を見合わせている3人の先陣を切って、そろりとお湯へ足を入れる。
うん、ばっちりオレ好みの温度。縁に腰かけてゆっくりと体を沈めると、下から絞られるようにふうっと吐息が漏れた。
「はぁ~いい気持ち」
悠々と体を伸ばして空を見上げると、湯煙の中で星が見え隠れしている。
「……入っていいのか」
「いいよ~」
ちゃぽちゃぽ移動して端っこへ行くと、3人が恐る恐る湯船の中へ足を踏み入れた。
「すげえ……風呂だ」
「あったけ……」
「はあ……これはヤバい」
もしかして、3人はお風呂自体の経験が少ない? 寮にもあるから失念していたけど、一般家庭にはないよね。宿だって大抵体を拭くのみだ。
だったら、なおさら。
大きな大人たちが至福の表情で魂を飛ばしているのを見て、オレは密かに笑った。
「……お前、本当は何ランクだ」
降って来た声に隣を見上げると、ダーロさんがむっつりと不機嫌そうな顔で視線だけこちらへ向けていた。
どうやら意識が戻って来たらしい。
「オレ、Dランクだよ。だって、まだ6歳なんだから」
「ぐっ……それは、確かにそうだが。桁が違うじゃねえか、こんなもん、詐欺だ。ギルドにランクアップを掛け合えばいいじゃねえか!」
「でも、ランクってそれだけじゃないでしょう? ひとつひとつ上げて行くから意味があるんじゃないの?」
それに、ランクを上げていく楽しみをナシにしちゃうのはもったいないよ。
何気なく言った言葉に、ダーロさんは盛大に顔をしかめた。
「何の意味があんだよ。実力がありゃ上に行ける、それだけだ。なのに俺らが足止めを食うのは、ギルド側が妨害しやがるからだ。Dランクの依頼をこなす実力がある、なのにランクアップできねえのはおかしいだろうがよ!」
あれ? いつの間にかダーロさんたちの話になってる。
「そりゃまあ、試験をクリアしないとランクアップできないと思うけど」
逆に言えば、試験をクリアすればいいだけだ。
「それがおかしいってんだよ! 試験の依頼達成してんのにクリアできねえなんて、どう考えても妨害だろが!」
拳が水面を叩いてぱしゃんと飛沫があがった。
「試験官が、理由を説明してくれたんじゃない?」
他のギルドはともかく、ウチのギルドに限ってそんなことはないと思う。
押し黙ったダーロさんの向こうから、ワイクスさんとメリーナさんが顔を覗かせた。
血色の良くなった3人の顔は、こんな時でも最初よりずっと穏やかに見える。
「素行だとよ。あと、依頼達成の程度が低いとか抜かしやがる」
「そんなもん、達成したことに意味があるだろ? ふざけてやがる」
ああ……なるほど、目に浮かぶなあ。
「それは仕方なくない? つまりは、今回みたいな感じだったってことだよね」
オレは苦笑して汚い袋を引っ張り寄せた。これは、ワイクスさんと一緒にモモシールドに守られていた袋。中から取り出した泥だらけの実を目にして、ワイクスさんが不貞腐れる。
「仕方ねえだろうが、あの雨ン中だ。泥汚れくらい、流せばすむ話だろ」
「そうだね、でも――」
オレは、収納からカラクルの実を取り出して3人に手渡した。
「これが、同じ、カラクル……?」
思わずこぼれ出たセリフは、誰のものだったろう。
つややかな果皮が薄明りを反射して、作り物のように輝いている。泥を落としたワイクスさんのカラクルも手渡してみれば、違いは一目瞭然。一方は傷だらけで、一部変色している。
「……けど、カラクルはカラクルだ。綺麗な実だけを取ってこいって依頼じゃねえだろうが」
憮然とする彼らは、常に依頼をこなす側にいるから気づかないのだろうか。
「そうだね。ところでオレはDランクなんだけど、ダーロさんたちがDランクになったら、依頼料は同じだね」
「当たり前――」
彼らは、ハッと目の前のカラクルに視線を落とした。
「オレ、この質のカラクルをまだ大量に収穫してるんだ」
にこっと微笑むと、ダーロさんはしばし無言でカラクルの実を見つめた。
そして体ごとこちらへ向いたかと思うと……
「そんな芸当ができんのはてめえだけだ!! 馬鹿が!」
「んぶっ?!」
大きな両手いっぱいにすくわれたお湯が、思い切りオレの顔面にぶち当たったのだった。