794 得意なものが多い
『ぎゃああ~! 終わりだ、もう次こそ無理! 俺様のかわいいかわいいお耳もしっぽも、全部全部ただのお肉になっちゃう! アゲハ……アゲハだけは、食べないで……俺様に構わず逃げるんだぞ……!!』
とてもやかましい。
モモのシールドの影になって強風を免れた魔物が、その声に煽られるようにシールドに攻撃を繰り返している。
もちろん、泣き叫んでいるのはワイクスさんではない。
『おやぶ、だいじょぶよ。シールヨが、守ってゆのよ。あえは、ぼうって燃えゆから、おやぶ守ったえる』
『失礼ね、私のシールドがこんな魔物にやられるわけないじゃない』
なんでそんなことに……? オレは困惑しつつ残った魔物を片付けるべく駆け寄った。
モモのシールドは、確かにきちんと機能している。この程度の魔物、100匹いたって問題ない。
だから、なぜそんな風になっているのかサッパリ分からない。
みんながぎゅう詰めになっているシールドに、首を傾げるばかりだ。みんなが、と言ってはみたものの、随分小さなシールドの中に詰まっているのは実際ワイクスさんのみ。
モモたちはちっちゃいから余裕があるだろうけど……ほら見てよ、膝をぎゅっと抱えて顔を伏せ、可能な限り小さく丸まっている大男の姿を。
事情を聞くべく、残った魔物を手早く倒したのに合わせ、モモがシールドを消した。
「う、うわああ?!」
ワイクスさんが、途端に悲鳴を上げてうずくまった。
「ワイクスさん? もう大丈夫だよ、みんなお疲れ様!」
面食らいつつ、よほど怖かったのだろうとぽんぽん背中を叩いた。
『……え? 主? うわああぁん! 主ぃ、モモを怒ってぇ!』
「お前は……まさか、助かった……?」
涙と鼻水で毛並みをぐしゃぐしゃにしたねずみが、一足飛びにオレに飛び込んできて、それを追いかけるように似たような状況の大男がオレに縋りついた。
シールドを張りたくなったのを堪え、苦笑して受け止める。
「ど、どうしたの? ちゃんとシールドがあったでしょう? チュー助はモモがいるんだから何も怖いことなかったじゃない」
そう言って小さな背中と大きな背中を撫でるものの、ふるふると首を振って顔を押し付けるばかり。
「ワイクス!」
そこへもう大丈夫と判断したシロが近づき、背中の二人がまろぶように駆けてきた。
オレから引っぺがすようにワイクスさんを取り上げ、大きな大人が3人、身を寄せ合って互いの生存を喜んでいる。
よかったね。
オレ、守れる力があって本当に良かった。
またもらい泣きしそうなので目を逸らし、当たり前のように肩でふよふよ揺れているモモを撫でた。
「モモありがとうね、おかげでワイクスさんも無事だったよ。ところで、どうしてこんなコンパクトになっていたの? チュー助もどうしちゃったの」
お安いご用よ、と伸び縮みしたモモが不服そうに跳ねる。
『人聞きが悪いったら。何も悪いことしてないわよ。ただ単にチュー助が怖がりなだけよ』
まあそうだろうな、と思いつつ説明を聞いたものの――ちょっとばかりワイクスさんに同情心が芽生えた。悪いことはしていない……うん、ちゃんとシールドで守っていたんだしねえ。
でも、まあ、その、アレだ。
「じゃ、じゃあ、魔物の攻撃を受けるたびにシールドを縮めたの?」
『そうよ! だって、少しは懲りた方がいいでしょう? 守ってもらって当然みたいにシールドの恩恵を享受しているなんて、いただけないわ』
「そっか……それは、怖かったろうね」
事情を知っているチュー助はともかく、ワイクスさんは生きた心地がしなかっただろう。
シールドがもたなくて小さくなっていると思うだろうし、なんせ魔物は文字通り目と鼻の先になるわけだし。さらには、シールド自体に押しつぶされそうになっていたし。
中々手厳しい扱いに苦笑するしかない。
だけど、そんな狭いシールドでワイクスさんと密着なんて、蘇芳が嫌がるんじゃ……と思ったところで蘇芳がいないのに気が付いた
『スオーは当然イヤ。そもそも、一緒のシールドがイヤ』
ふわっと空から降りてきた蘇芳が、オレの中に戻ってやれやれといった気配を漂わせる。どうやら、土石流の中にいた間は我慢したみたいだけど、打ち上げられてからは早々に離脱したらしい。
ああ、気の毒なワイクスさん。幸運のカーバンクルが去って行くのを見たんだな。
そして、蘇芳がいなくなったから魔物に囲まれたのかな。
なんだか……とても申し訳ないことをしたかもしれない。
「その、みんな無事で良かったよね! ひとまず、安全なところまで戻ろうっか」
少しばかり引き攣った笑みで振り返ると、3人は今までとはちょっと違った眼差しでオレを見たのだった。
「ねえシロ、その上まで行ける? 山から離れた方がいいと思うんだ」
『うん! ぼくは行けるけど、この人たちは大丈夫かな』
あんなに筋肉があるんだから、掴まっていられるだろう。オレはチャトの背中から声を張り上げた。
「その崖を登るから、しっかりシロに掴まっていてね!」
「崖? 崖ってこの――壁かああぁあ?!」
すっかり雨は上がり、さっきの街灯が灯る道を帰って来たものの、わざわざ地盤の緩んだ場所にいる必要はないだろう。
オレはチャトに乗り、3人はちょっと過積載感満載だけど、シロの背中になんとか乗ってもらって移動している。最後尾ワイクスさんのお尻がちょっぴり浮いているかもしれないけど、まあ大丈夫だろう。そんな時のための筋肉だ。
3人を落とさないように、落とした場合は拾えるように、なるべくそうっとシロなりに崖を登るのを横目に、ひとっ飛びして野営に相応しい場所を探した。
「ここでいいんじゃない? よし、3人はきっと何も持ってないからオレが頑張らないとね!」
やや小高くなって周囲は拓けたその場所は、山からもそれなりに離れている。ここなら、土砂崩れに怯える必要もない。
チャトから降りて地面に手をつくと、一気に土魔法を発動する。
「あんまり広くはしない、頑丈にしすぎない、こだわらない」
やりすぎないようブツブツ呟きながら、とてつもなくシンプルな四角い小屋を作った。窓なし、出入口ひとつ、大きなベッド3つと、小さなベッド1つ。
「あとは、テーブルと……」
『やりすぎない、はどの程度のことを言うのかしら?』
……じゃあ、テーブルは外だけにする。
それ以上の作成を諦め、固いベッドに布団を敷いたところで、シロの声がした。
『ゆーた、来たよ! ぼく、お散歩行ってくるね!』
「いってらっしゃい~! ありがとうね!」
出入り口から顔を覗かせて手を振ると、シロが一声吠えて瞬く間に駆けて行った。
3人はどこかぼうっとした表情で、出て来たオレを見ている。
「お疲れ様! じゃあ、ごはんにする? お風呂にする? ……と、言いたいところだけど、まずはお風呂だね!」
3人のあんまりな姿にくすっと笑い、オレはさっそくお風呂の準備に取り掛かったのだった。
「――これを、お前が」
「うん、オレ結構土魔法得意なんだよ」
「得意なものが多すぎやしねえか……? 俺がおかしいのか??」
魂虚脱状態から回復した3人が、不気味なものを見るような目でオレを見る。失礼なんですけど。
「オレの知り合いはこのくらいできる人、いっぱいいるよ!!」
そりゃあ、Aランクだったり魔族だったり妖精さんだとか神獣だったりするかもしれないけど!!
憤慨して主張すると、さっさとお風呂を作ってしまおうと場所を見繕った。
「メリーナさんは、本当に別じゃなくて大丈夫?」
「当たり前だろ、外で1人になるなんざ、正気じゃねえ。そんなヤツはいねえよ。脱ぎゃしねえんだから、構わねえだろ」
男女別にしないのも、ある程度服を着たままなのも、すぐに行動に移れるようにするための手段だとか。ちなみに、冒険者の常識らしい。
「……そ、そうだよね」
どこでも全裸で入っていたオレは、曖昧に笑って誤魔化したのだった。