790 日ごろの行い
「……で、そのカラクルの実について、知ってる?」
ざっくりと任務を説明後、念のためにそう言って見回すと、案の定のしかめ面。
「本来だと、ギルドで調べるところからなんだけど……今回は特別ね! オレが図鑑持ってるから、これで調べて!」
にっこり笑って数冊の図鑑を取り出した。本来はきちんとやるんだけど、まあ試験じゃないしね……この人たちはそういう能力が欠けているわけじゃない。
「何言ってんだ、てめえが俺を掻っ攫って行ったせいだろうが」
「違うよ! それはダーロさんが問題を起こさないように配慮した結果であって――」
「……分かったから、貸せ。てめえらが絡むとめんどくせえわ」
ワイクスさんがダーロさんとオレの間に割り込んで溜息を吐いた。すごく納得いかない……なんだかオレまで問題児扱いされているみたいで。
「は、アンタこれ近くてルルワ渓谷じゃないか! 一体何日がかりの任務なんだよ?!」
仰天したメリーナさんが顔を上げ、他の二人も苦虫を嚙み潰したような顔をする。
「正解! 本当はね、そこまで行くのも自分たちでするのが当然なんだけど……まあ、単なる道中だからそこは許可をもらってるよ」
良かった、外れたら本当に出発地点から歩いて行ってもらわなきゃいけないところだったよ。ある程度の地理の把握や、必要な情報を入手するのは問題ないってことだ。鷹揚に頷いていると、モモがまふんと揺れた。
『それだと、あなたは不合格ってことになるけれど』
……そんなことない。オレは地図魔法があるし、チャトやシロや管狐部隊がいるから地理は把握できるもの! 地図は読めなくても、そこに何があるかは分かるんだから!
「はあ? 許可ってなんの話だよ」
乱暴な声音に気を取り直し、睨みつける視線にふっと笑みを浮かべて胸を張った。
「オレの『力』を使う許可だよ! つまり、もう既にオレの助けが入っているってこと」
「何を……待て、ここどこだ? まさか!」
ワイクスさんがきょろきょろするのを見て、二人も目をすがめて周囲を見回した。
「ふふっ、すごいでしょう? そうこうしている間にこんなに進んだんだよ!」
まあ、オレの力じゃなくてシロの力だけど。
徐々に徐々にスピードアップしたシロ車は、快調に飛ばしている。あくまで常識の範囲内の速度だけれど、この分なら夕方には到着するだろう。
「まさか、この速度で走り続けるってのか……」
「そういうこと! シロに感謝、でしょう? 到着は多分夕方頃。だから、少なくとも1泊は必要だけどね!」
ダーロさんが思わず前へ視線をやり、水色の視線とかち合って慌てている。
「それで、情報はもう収集できた? 今回の作戦は? オレ、こういう手伝いはするけど、到着してからの手伝いはしないからね!」
「け、ダーロ隊がガキの手なんか借りるかよ!」
「もう貸してるんだけど!」
すぐさま言い返すと、またワイクスさんが割って入って来た。
「あーうるせえってんだよ、てめえらは口きくんじゃねえ!」
なんでオレまで怒られるの?! ふくれっ面でダーロさんを睨みつけた時、ふと頬に冷たいものが落ちてきた。
「あ、雨が降って来たねえ」
ぽつ、と落ちて来た雨粒が、みるみる数を増やし始め、慌ててシロ車の屋根を引っ張り出す。
どうだ、と得意満面で3人を見やると、いかにも『すげえ』という顔をしていたダーロさんが慌てて眉間にしわを寄せた。素直に感激すればいいのに。
シロには傘代わりのモモを派遣しようかと思ったけれど、びしゃびしゃして走りたいと言われてしまった。
『えー、雨の中のカラクル採取とか萎え萎えだぜ』
『雨降り、カラカラまえまえらぜ』
不服そうなチュー助だけど、それなら短剣から出てこなくてよろしい。
ちなみにそのカラクルの実というのは、上級回復薬の材料になるリンゴほどの木の実らしい。
ただ、実そのものにも多少回復の力があるらしく、魔物や動物もこぞって手に入れようとするのが厄介なところだ。中でも、どうもオレたちと同じように社会性を持つ比較的弱い魔物が重宝するみたいだ。
つまり、ゴブリンとか、アリとか。
それぞれは大したことない魔物な上に、殲滅する必要がないので何なら戦わずに逃げればいい。だからEランクでもできる任務にはなっているけれど、邪魔ったらないよね。
「――雨、やまないねえ」
あれからむしろ激しくなる雨にげんなりして、誰かさんの日ごろの行いのせいじゃないのかと口にしそうになって両手で抑えた。だめだめ、そんな子供っぽい言い争いは先輩としてカッコ悪い。
雨のせいで、まだ昼過ぎだというのに薄暗い。これは、採取時間が相当限られてしまうだろうなあ。
今回は採れるだけ取ってこいって任務だから、少ないより多い方が評価は上がるのだけど。
3人はそれぞれ採取場所で各々バラバラに採取するつもりらしい。まあ、実力がそれなりにあるからこそだろう。
「ただ、万が一の対応をしにくくなるんだけど。オレの方は作戦が必要だね」
だって、オレも採取するし。その姿を見せてやれって言われているんだから。採取しているところなんて、誰だって変わらないだろうと思うんだけど。
『なら、それぞれに担当をつけたらどうかしら? 万が一も対応できるように』
「そっか、それなら安心して目が離せるよね! じゃあ……」
攻撃力が一番低そうなメリーナさんはシロ、ワイクスさんはちゃんと考えて行動できそうだし、それなりに力もあるし、守りさえあればいいからモモ&蘇芳。チュー助もおまけにつけようか。
「となると……おバカそうで一番目が離せないダーロさんがオレ、かあ……」
はあ、と溜息をついたところで、シロ車のスピードが落ちてきた。
『ゆーた、道がねとねとになってるよ! 進んでいいかな?』
目的の渓谷付近へ続くごく細い道は雨で方々に水たまりができ、粘土状になってしまっている。これは車輪がはまり込むと……シロが無理やり引きずって行ってしまうやつ。下手すると車輪を置いて行く羽目になって、ラキに怒られる。
「シロ車はここまでだよ! 移動は手伝ったから、ここからはオレがいないものとして行動しなきゃいけないんだって!」
大分暗くなってきた空を見上げ、どうするんだろうかと3人を見上げた。
「そう遠くねえ、サッサと行って終わらせるぞ」
「雨だとかツイてねえ……」
「こん中、野営するっての? 勘弁してよ……」
ブツブツ言いながら歩き始めた3人は、雨具すら身に着けていない。
1人だけシールドを使うのもどうかと思ったけれど、一人だけ雨具を使っているなら、シールドでも良かったかもしれない。
『雨、楽しいね! 見てゆーた、ぼく茶色い犬になったよ!』
「うわあ、シロすごいことになってるよ?! 近くでビビビッてしないでね!」
泥の中でごろごろしたもんだから、ひどいことになっている。もはや白いところがなくなった姿でうきうきと足取りを弾ませるシロに苦笑した。
ちゃんとメリーナさんの近くにいるから、作戦は忘れていないだろう。何かあっても、この状態のシロに助けられると……ちょっとアレだと思うけれど。
一方絶対に濡れたくない蘇芳は、モモを抱えて飛んでいるので、すっかり作戦を忘れていてもモモがいるから大丈夫。
「ちっ……」
やがて渓谷をのぞき込む位置で3人が足を止め、オレもレーダーで何となく理由を察して溜息をついた。
「ゴブリンもアリも、結構いるね」
雨だし、少なかったらいいなと思ったんだけど、そうはいかなかったみたいだ。木1本につき数匹の魔物がいるんじゃないだろうか。ウロウロしている魔物も合わせれば結構な数。下を流れる川も、きっと増水しているだろう。
カラクルの実は、渓谷の斜面から突き出すように生えていることが多く、雨だと足場が怪しく収穫が難しい。ただ、ゴブリンやアリが頻繁に通るせいか、斜面には部分的に細い道のようなものができている。
「小物にビビッたりしねえ、行くぞ!」
「おう……だが、集まって来るぞ」
「蹴散らして、ひとまず袋一杯、それでズラかるってことでどう?」
頷き合った3人が、滑り降りるように急な斜面を駆けだした。
「ええ? 大丈夫なの?」
「てめえはそこで、指でもくわえてやがれ!」
捨てゼリフがみるみる小さくなって消えた。
オレにはとても無理だけど、大きい体というのは便利なものだ。勢いがあればゴブリンや弱いアリくらい弾き飛ばせる。
一気に木まで近づいて魔物を切り捨てると、物凄い勢いで収穫を始め……。もはや、オレの存在など忘れていると思う。
呆気に取られていたけれど、オレも採取しなきゃいけないんだった!
「だけどこれ、誰もオレのこと見てないと思うんだけど」
激しくなる雨で視界も悪いし、ここは収穫後に差をつけるしかないよね。
「ピッピ!」
「うん! 最高品質をいっぱい持って帰ろうね!」
オレはふわふわのティアに頬をすり寄せ、にんまり笑ったのだった。