788 前途多難
――沈黙。
てっきり、胸倉を掴まれるか怒鳴られるかと思ったのに。
固まってしまった彼らを見上げ、人は驚きすぎると本当に声が出ないんだなあなんて考えたり。
「オレがDランクのユータだよ! よろしくね」
ラキとタクトに敬語は使うなと言われたので、まずはそこからだ。小首を傾げると、ハッと我に返った彼らがオレを指さして、ギルド員さんとオレの間で視線を行ったり来たりさせている。
こくりと頷いてみせれば、ギルド員さんも腹をくくったらしい。
「……ええ、こちらが今回担当いただく『希望の光』のユータ様です。お互い、冒険者として失礼のないようお願いします」
「……本気だってのか。お前ら、こいつがどうなってもいいって、そう言ってんだよな」
「ガキ相手なら乱暴しないだろってワケ? 笑える」
ようやく再起動した彼らが、じろりとギルド員さんたちを見回して毒づいた。うわあ、素行に問題がアリアリだ。これは、前途多難。
「ねえ、ギルド員さんに乱暴な態度をとって、得することってないよ? どうしてそんな風なの?」
「どうしてだぁ? 誰相手にも、舐められたら終わりだろうが」
あ、ちゃんとお返事した。ほんのり嬉しく思いつつ、まるでマリーさんみたいだなと思う。
「舐められないために強そうに見える態度をとってるの? じゃあ、オレと反対だね!」
真逆だけど、なんとなく共通点を見つけた気がしてぱちんと手を叩いた。
「はあ? 何が――」
「だって、オレは実力があっても見た目がこうだから舐められるんだよ。そうでしょう?」
オレは、ちゃんとそこで口をつぐんだ。これ以上は余計だとちゃんと察した。
なのに……
『そうか、分かったぜ主! 主は見た目がへっぽこで中身がガチムチ、こいつらは見た目がガチムチで中身がへっぽこってことだな!!』
『そう、へこぽこってことなんらぜ!』
――再びの沈黙が、その場を支配する。
ああ、チュー助じゃなかったら念話だから聞こえなかったはずなのに……うん、アゲハの声だけでも聞こえなかったことを喜ぶべきだろうか。
「あ、ええと、オレそこまでは言ってなくて! 実力はさ、これからいくらでも伸ばせるでしょう! だから大丈夫! 成長が楽しみだってこと!!」
チュー助を短剣に押し込みながら、大汗をかいて説明しているけれど、彼らの顔は段々と赤くなるばかり。
『火に油、というやつね』
モモが呑気にふよんと揺れた時、ギルド内から小さく吹き出す声がした。
「誰だ! 今笑いやがった野郎――ッ」
人が噴火する瞬間を見た気がする。そんなに血圧が上がったら鼻血が出ないだろうか。
これ以上は、大騒ぎになりかねない。まだ、出発もしていないのに……。
『それもこれも、誰のせいかしら』
「じゃ、じゃあ行こっか! シロ!」
「ウォウッ!」
飛び出したシロは、リーダー格の男が足を踏み出したところでぽんとすくい上げるように放り投げ、見事に背中で受け止める。多分、これがダーロさんだろう。
『しゅっぱーつ!』
心得たようにギルド員さんが扉を開き、一声鳴いたシロが駆けだした。
「そこの二人も、行くよ!」
ぽかんとした二人に声をかけ、オレも慌ててギルドを飛び出したのだった。
さて、シロはきっと外まで走って行っただろうし、外なら他の人に被害が出ない。兎にも角にも町の外へと急いでいると、慌てて追いすがって来た二人に捕まった。
「お、お前、あれは一体なんだ?! ダーロをどこへやった?!」
「あれはシロだよ! オレの召喚獣。かわいいでしょう、あとで紹介するね? この子も召喚獣のモモだよ。他にもいるけど、多分出てこないと思う」
「は、そんなことどうでも――いや、いつ召喚なんて……」
「ひとまず、町の外に出よっか。待ってると思うから」
決して、じっと止まって待っているとは言わないけれど。
幸い、居場所を知っているのがオレだけだから、二人は無言でついてくる。オレは、悪い顔でにやりとした。
有り余っているエネルギーを、少し消費すれば大人しくなるかもしれない。
そう思って町を出てからもしばらく走った。しばらく、しばらく……。
「くそ、はあっ、はあ、はあっ、どこ、に!」
「うっ、も、無理……」
あんまり長距離タイプではない体型の二人は、割とすぐに音を上げて街道脇に転がってしまった。
ちょっとズルしているけれど、オレにはルーの加護がある。スピードと体力はあるんだよ。
想定よりバテてしまった二人に眉尻を下げ、周囲を見回した。遥か遠くまでは行ってないはずだけど……
「シロー! 戻って来て~」
小さく鳴き声が聞こえた気がした。
そして、突如目の前の草むらから白銀の獣が飛び出してくる。
そのまま押し倒されて苦笑しつつ、不安になった。今のスピード、大丈夫だったろうか。
「シロ、今すごく速くなかった?」
『あ、ぼく呼ばれて嬉しくてちょっとだけ速く走っちゃった! あのね、でもそれまではちゃんとゆっくりお散歩してたんだよ? ねえ、しっかりお肉のついた人、楽しかったよねえ?』
それも、シロ基準のゆっくりではあるだろうけれど。そしてお肉の質で人を判別しないでほしい。確かにシロは霜降りより赤身の方が好きで――やめておこう。
ちなみに、ダーロさんは四肢をつかってがっちりとシロの胴を抱え込んでいる。顔まで毛並みに埋まって、呼吸できているのか不安だ。
『ねえ、下りたくない? いいよ、楽しかったならもう一回行く?』
下りようとしないダーロさんを見て、シロの尻尾がだんだんと速くなる。
「あの~、下りないとシロが……あ、シロってこの犬だけど。シロがもう一回行こうって言ってるよ」
もしかして本当に行きたかったのだったら構わないのだけど、言った途端にダーロさんが顔を上げ、血走った目を向けた。
「い、嫌だ! 違う、離れねえんだよ! 手が、手が……!!」
必死の形相で犬にしがみついている大男は、中々にシュール。だけど、こんな筋肉もりもりの腕を、オレが外せるわけがない。
「大丈夫、大丈夫、もうシロは走ってないし、地面は動かないよ。回復するね」
太い腕をさすりながら回復を施すと、ガチガチになっていた体から徐々に力が抜け、代わりに小刻みに震えはじめる。
どさり、とシロから滑り落ちたダーロさんが、バテている二人の元へ這って行ってしまった。
よほどシロの側にいたくないらしい。騒ぎを避けるためとはいえ、申し訳ないことをしてしまった。メリーメリー先生でもイケたから大丈夫かと……。
「あの、良かったら乗っていく? ここで立ち止まっていると目立つし……走って行くよりいいでしょう? 身体が辛かったら、もう少し回復しようか? 」
うずくまる大柄の大人3人とオレ。ここ、街道だもの……馬車が通れば視線が痛い。
シロ車を取り出して勧めると、ダーロさん以外の二人がダーロさんを担いで乗り込んだ。ダーロさんは最後までイヤだと弱々しい抵抗をしていたけれど。
「「「…………」」」
静かな3人へちら、と視線をやって、こほんと咳払いする。
「えっと、それで今回の依頼というか任務なんだけど――」
「な、この状況でフツーに任務の話すんのかよ?!」
「誰が任務なんてっ!」
後ろの隅に行って大人しいダーロさんをチラチラ見ながら、二人がぎょっと声を上げた。
「だけど、一旦受けた任務を放棄したらペナルティがつくでしょう。大丈夫、そんなに難しいものじゃないから」
「「そこじゃねえぇ!」」
大きな声だ。二人はバテただけなので、休めばこうして元気になったんだろう。ダーロさんも早くショックから回復してくれるといいのだけど。
「そっか、紹介するって言ったもんね。この子がシロだよ! とても力持ちで足の速い召喚獣の……犬なんだ! 綺麗な毛並みで可愛いでしょう」
ぱっと笑みを浮かべて両手を広げ、シロを指し示すと、振り返った水色の瞳がきらきら輝いた。ふさふさの尻尾が得意げに左右に揺れる。
そして、一瞬の沈黙の後、再び大きなだみ声が爽やかな草原に広がったのだった。
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