787 引率者
「ええと……ユータちゃんがやるの……? あのね、このシステムって冒険者でDより下のランクの人たちへの指導と引率ってことでね、ええと、先生役をすることになるの」
そりゃそうだろう、上のランクに指導はすまい。どこか困った顔のジョージさんにこくり、と頷くと、その眉尻がますます下がる。
「冒険者登録できる年齢、覚えてる?」
「もちろん! 8歳……あっ」
おや……? オレは自分より年下の子を引率するイメージを持っていたのだけど。
おかしいな、もしかしてオレってまだ6……いや、もうすぐ7歳だ。
でも、見習いレベルなら学校で登録できて――うん、学校の入学は6歳からだったね。
「そういうこと。少なくとも、誰を選んでもユータちゃんより年上になるわけね?」
だけど、そんなの冒険者じゃよくあること。メイメイ様なんてAランクだけど多分20歳そこそこじゃないんだろうか。
「冒険者は実力主義、でしょう? だったら大丈夫! オレ、年上の人に偉そうにしたりしないよ!」
確かに、年下から偉そうにされれば誰だって腹立たしいだろう。だったら、丁寧に親切に説明すれば!
「そこじゃないわ……。あと、ユータちゃんたちには引率される機会なかったでしょう? なぜか分かる?」
「あれ? 本当だ、どうして?」
「そもそもランクアップが早いのもあるのだけど、何も問題がなかっ――ええと、そういう意味ではなかったということよ」
……どういう意味なら問題あったんだろうか。
何が言いたいのかと小首を傾げたところで、ジョージさんがオレに飛びつきそうになったのをシロが身を挺して抑える。
「つまりね、順調に成長していくだろう多くの人たちには、引率がついたりしないの。希望があれば別だけどね? ということは……」
ジョージさんは何事もなかったようにシロを抱きしめて人差し指を立ててみせ、オレはピンときた。
「そっか、じゃあ順調に成長しそうにはないパーティにつくってこと?」
「正解! 結構問題のあるパーティってことなのよ。だから、実力だけじゃ難しくてね? 基本的に子供にはあまり任せないわ」
「だって、ラキとタクトもやっていたでしょう? じゃあ、オレだってできるよね? 実力以外に何が必要なの?」
ジョージさんがにっこり笑って、耳元に顔を寄せる。
「……容赦なく相手をぶっとばせるか」
どこから出たんだろうという低い低い声と、綺麗な顔が随分とミスマッチ。
「ぶ、え? ぶっとばして……いいの?!」
一瞬ぽかんとした後、混乱を極めながらその顔を見上げた。
「うふふ、ギルドとしてそんな暴力は決して勧めたりしないわ。ユータちゃんの聞き違いかしら? だけど、引率者に選ぶ人が無駄に暴力をふるうわけないもの。もしそういうことがあっても、しかるべき理由があるはずよね? 正当防衛だと思うわ」
わあ……なんていうか、思ったよりバイオレンス。オレの思っていた引率と違う。
ラキとタクトは優しいもの、そんな容赦なくぶっ飛ばしたりは――うん、するね。
たまに見る容赦ない一面を思い出し、だから他の冒険者から一目置かれているのかと思う。
「そう、そういう面もあるのよ。実力があっても侮られやすい、君たちみたいな若い冒険者にあえて引率してもらうことで、分からせ……肌で実力を感じてもらうの」
「だったら、オレだってやるべきだよね!」
だってオレ、非常に侮られやすいというか、もれなく侮られるというか。
意気込んで身を乗り出すと、ジョージさんがしまったという顔をする。
「いいじゃねえか、本人が乗り気なんだからよ」
ジョージさんの背後からぬっと現れた大男が、面白そうにそう言った。
「ギルマス、余計なところだけ出て来て! そんなこと言って、ユータちゃんの柔らかなハートが傷ついたらどうするのよ! ……だってホラ、ユータちゃんの場合はどうしようもない部分もあるわけじゃない!」
聞こえてる、声を潜めた後半もちゃんと聞こえてるから!
そりゃあ、オレはまだ幼児だもの。仕方ない部分はあるけれど。だけどカロルス様やマリーさんだって、きっと幼児の頃から頭角を現していたはずだよ? そういう世界でしょう。幼児だからって舐めるのは危険だと思うけれど。
「こいつがそんなタマかよ。まー、いいじゃねえか。本人がいいっつうんだからよ。ちょうどダーロのパーティに誰をって話だったろ?」
「あれは……! タクト送りかラキ刑のどっちかって話だったじゃない! そもそもの前提条件が違うわ!」
なんだか、ウチのパーティメンバーの名前が聞こえた気がするのだけど。
なんだか、不吉そうな名称になっている気がするのだけど。
「こいつなら、万が一にも対応できる。最適だろ? なあ、お前やりたいんだよなぁ?」
にやぁ、と浮かべた笑みがあくどい。煽る低い声は、顎でも掴まれているような気分になる。
負けじと唇を結んで頷いてみせれば、ジョージさんが頭を抱えてしまったのだった。
『主ぃ、ホントに大丈夫? 引率ってのは、俺様みたいにしっかりとリーダーシップを取れる資質を持っていないと――』
『あうじ、だいじょぶね? おやぶみたいに、ちっかりりーらー尻尾もってくのよ?』
オレ、チュー助みたいな尻尾よりはアゲハみたいなもっふり尻尾がいいなあ。
そんなことを言うから、一瞬着ぐるみで行くオレを思い浮かべてしまったじゃない。初っ端から相手を煽りまくりだ。
そう、オレが引き受けた途端にとんとん拍子に予定が組まれ、さっそく今日が担当の日。
どうも、引率者を決めあぐねていたらしい。こういう時に『放浪の木』がいたら引き受けてくれるのにって話を聞いて、少し誇らしくなった。キースさんたち、本当に頼りにされているんだなあ。
オレが、その代わりを担うって言うんだもの、張り切らないはずがない。
ギルドに到着すると、心配そうな視線が集中するのが分かった。
「おはよう! オレ、大丈夫だよ」
にこっと笑えば、涙ぐむ人までいる始末。そ、そんなに心配されなくても……オレより下のランクの人だよ?! だけど、この扱いもこの任務を達成すれば変わるかもしれない。
むふっと零れる笑みを押し殺し、カロルス様を真似て壁に背中を預けて腕など組んでみた。
見るともなしに出入りする人たちを眺めていた時、ひときわ大きな人が扉をくぐった。
どうやら同じパーティだろうか、男性二人、女性一人、揃って大きくて中々迫力のある人たちだ。
じろりとギルド内を見回し、ずかずか大きな歩幅でカウンターへたどり着く。
「で? 来てやったが? 引率ってヤツはどいつだよ」
オレは、無言で階段の上に視線をやった。こっそり覗き見ていたギルドマスターが、満面の笑みで親指を上げてみせる。
ちょっと?! さすがにダメじゃない?! 何というか、倫理的に?
「ええと、引率者はもういらしてますが……」
逃げるなら今だ、と言わんばかりにギルド員さんがオレに目くばせをしている。
「へえ? どこにいんだよ? 逃げたか? 隠れたか?」
にやにやする3人は、どう見ても悪党。そして、実力だけならランクは既にDはあるだろう。多分、それ以上はないけれど。
ギルド員さんが必死に時間稼ぎしようとしてくれているので、オレはちょっと苦笑して進み出た。
気付いたギルド員さんが悲壮な顔をしている。
「おはよう! オレが引率のユータだよ」
第一印象が肝心! オレはシロみたいにぱあっと笑顔を浮かべて見上げてみせたのだった。
すみません! インフルは今のところ罹患してませんが、昨日は単純に本職で遅くなって更新できませんでした! 1時間ではチョット無理! そして免疫高めておかないとインフルが怖くて……