786 ポジション変え
「はあ~~しんど。なんで俺たち依頼受けて疲れて帰って、そんでテスト受けないといけねえんだろ」
久々の学校で、机に伸びたクラスメイトがそんなことを言う。
まるで疲れたサラリーマンみたいだ。
とはいえ、みんなはわざわざお金を払って学校に来ているのだから、本当にただの愚痴でしかないのが分かって苦笑する。
「だよな! 免除してくれてもいいと思うよな!!」
今回の長期依頼後のテストは、たまたま他のパーティも一緒になったので、タクトが嬉しそうに同意している。
「ふふ、お疲れ様! それだと、学校に来ている意味なくない? とりあえず、終わったからヨシ! だね」
収納からご褒美用お菓子箱を取り出すと、ぐったりした面々が飛び起きて駆け寄って来た。
「なあなあ、ユータって大して授業も受けてないけど、なんでいつも試験余裕なんだ?」
サクサクとスティックパイを齧りながら、クラスメイトが不服そうに唇を尖らせている。ちなみにこのスティックパイは、パジャマパーティで使ったパイ生地の残りだったりする。
「あたしも思ってた~! 最初の頃はさ、ユータってイイトコの子だからお金じゃない? って言ってたんだけど。さすがにそうじゃないって分かるし」
え、そんな風に思われてたの?! ちょっと驚きの事実だ。
「余裕っていうか……勉強したらいいだけじゃない?」
だって、難しくないんだもの……。普通に教科書を読んである程度覚えれば、割と常識の範囲内で答えられる。小学生レベルの問題だし。
だけど、そう言った途端、一人を除いて皆が机に突っ伏した。
「この野郎が~! それが出来たら! 苦労してねえぇ!」
「ぐうぅ~デキるヤツのセリフって感じぃ~!」
「その勉強が! 嫌だっつうの!」
まあ、それだと試験は難しいよね。当たり前だよね。
勉強せずに点数取れる方法があるなら、オレも知りたい。
オレは一人涼しい顔してパイに手を伸ばすラキを見上げた。
「だけど、オレだけじゃなくてラキだってそうでしょ? 他にも勉強できる人はいるじゃない」
小学生の年齢で自立を促される世界だもの、日本とは比較にならないほど精神的成長は早い。みんなもこんなことを言いつつちゃんと試験はクリアしているわけだし。タクトを除き。
「え~、だってラキは賢そうじゃん」
突っ伏した一人がそう零し、周囲がうんうんと頷いた。
……どういう意味でしょうか?
オレの微笑みがこわばったのを察知して、ハッとした皆が大急ぎでスティックパイを口へ入れた。
「ごちそうさん! いや~やっぱユータはいいよな! 美味いモン作れるし!」
「美味しかったあ! ありがと、ほんと羨ましいわ~!」
おざなりにそんなことを言いながら、そそくさと教室を飛び出していく。
オレの誉めるところはそこだけなの?!
「なんか、納得いかない……」
むすっと頬を膨らませていると、ラキがくすくす笑って頬をつつく。
「まあ、こんなにちっちゃくて可愛らしいと、勉強ができるとは思わないよね~」
それって、ラキは勉強できるように見えて当然ってこと?! 大きくてスマートだから?!
「いいじゃねえか、実際できるんだからよ」
あっけらかんと言ったタクトが、最後のスティックパイを素早くさらっていった。
そうか、なるほど? タクトはできなさそうに見えて実際できないもんね! ぽんと手を打ってにっこり機嫌を直すと、むにっと頬をつままれた。
「お前さ、何考えてるか思いっきり顔に出てんだけど。うるせえよ!」
「何も言っふぇないのに! 理不尽!!」
「なんていうかさあ~、そういうポンコツなところがね~」
言いつつオレの口元についたパイを拭って、ラキが苦笑する。
『そしてラキのそういうところが、大人っぽく見えるのね』
大人っぽくも何も、オレの方が中身大人だったのに! 一体いつの間に追い越されたのか……
『だいぶ……前?』
即座に返された蘇芳の言葉は、聞こえなかったことにした。
なんとなく、勉強してない人みたいな扱いを払拭しようと、オレは今日も学校に来ている。なんだかそんな風に言うと、余計に普段から来ない人みたい。まあ、そうなんだけど。
「あ! 今日もユータくんが来てる! ええと、今日は何か――……うん、何もなかったはずだよねっ! 良かった、先生間違ってなかった!」
あわあわと視線をずらした先生が、ラキが平坦な目で首を振るのを確認して、安堵の笑みを浮かべる。相変わらずだ。
メリーメリー先生は置いといて、ラキは割と先生にも頼られる場面があってなんだか誇らしくもあり、悔しくもあり。
朝の挨拶を終え、弾みながら教室を出て行った先生の後頭部には、大きな寝癖がしっぽのように揺れていた。ポンコツっていうのは、こういう感じじゃないだろうか。オレとは違うと思うのだけど。
「――オレも、もうちょっと色々頼られてもいい気がする」
机に顎を乗せ、むすっと呟くと、前のクラスメイトが体ごと振り返った。
「どうしたの、急に。僕らって結構ユータ頼ってる気がするけど? 大魔法のことだって、頼りきりだし」
「そう、かもしれないけど……」
確かに、大きな行事なんかでは、結構活躍しているかも。
むくれるオレを、ヨシヨシ当たり前みたいに撫でる彼を見上げる。
「でも、なんかこう、違うっていうか。みんな、ラキの頭をなでたりしないでしょう」
「そりゃそうだ!」
爆笑する彼に、納得がいかない。
ますますむくれて頬を膨らませたところで、隣の席からも声が掛かった。
「まー、しょうがないって! お前ってマスコットポジだし?」
「そんなポジションいらないけど!」
「じゃ、じゃあさ、ポジション違うことをすりゃいいんじゃない?」
伸ばされた手を憤慨して払うと、笑いの発作が収まったらしい彼が目じりを拭いながらそう言った。
「そうだけど、それが難しいんじゃないの?」
「まあ、俺ら相手だともう難しいかもしれねえけどさ――」
そんな方法が……! なるほど、そういうことを何度もやっているとオレの雰囲気も変わって来るかもしれないね! いかにも頼れる人ってオーラが出てくるかもしれない。
いい情報をもらったものだ。オレはウキウキしながら授業の終わりを待っていたのだった。
「ああ、僕は結構やったことあるよ~。後衛だし、向いてるからね~」
寮に帰ってすぐさま出ようとしたところを二人に捕まってしまい、洗いざらい情報を吐く羽目になった。貴重な情報だったのに!
だけど、二人に差をつけたかったのに、なんとラキは既に経験があるという。
「あー、俺は一回やったけど、向いてねえからやめた! 全部俺が倒したくなるもん」
「え! タクトもあるの?!」
「実力があって問題行動のない冒険者なら、自分で名乗り出なくても声がかかるよ~」
どういうこと? じゃあ、オレは??
『つまり問題がある、と』
オレの布団で大の字になっていたチャトが、ぼそりとそんなことを言う。
「オレ、大丈夫だよね?! 問題なんか起こしてないよね!」
「起こしてないって言うと嘘になるけど~、問題があるかって言うとそうでもなく~」
「いやだって、いくら後輩ったってお前がすんのはなあ……ちょっと、アレだろ」
何その歯切れの悪い感じ!
オレは腕組みして胸を張った。
「問題がないなら! オレだってやっていいよね? 実力はあるんだから、引率役に何の問題もないはず! ギルドで聞いてくる!」
「んーお前に問題なくても向こうにはあるっつうか……」
「まあ、いいんじゃない~。どうせ危険はないんだし~」
顔を見合わせる二人を置いて、オレは意気揚々とギルドへと向かったのだった。
私以外がインフルになった家の中で、戦々恐々としております……
更新が途絶えたら、そういうことだと思って……