785 もうひとつのパーティ
「――ねえ、お願い!」
オレは不退転の意思でもって縋り付く。だって、そうじゃなきゃ意味がないんだもの。
「それに、お酒も持ってきたから、人型にならないと飲めないよ?」
必殺の一言で、金の瞳が鬱陶しげにこちらを見て、渋々光をまとった。
よし、第一段階クリアだ!
オレは不貞腐れた美青年を見上げて、ほくそ笑む。
「うん、人型のルーもかっこいいね!」
「うるせー」
さあ、こっちだと手を引いて湖のほとりへ誘った。
既にセッティングをすませたテーブルが、湖からの反射を受けてきらきらしている。そこだけ森から完全に浮いたファンシー空間は、ある意味ファンタジーな世界に相応しい。
並んだ料理に完全に意識が移ったのを確認して、オレは急いで前へ回り込んだ。
「シロ!」
『わかった!』
後ろ足で立ち上がったシロが飛びついて、ルーを近くの木に縫い付ける。これも、一種の壁ドンだろうか。
シロの前足の間に閉じ込められた秀麗な顔が、眉間にしわを寄せた。
「……おい」
ついでに顔を舐めようとするシロの顎を真上に向け、鋭い金の瞳がオレを睨みつける。
「はい、袖通して――そう、こっちも」
「……は? 待て、てめー何を着せてる?!」
「え? ただのパジャマだけど。パジャマパーティなんだから、当たり前でしょ? ほら、みんな着てるよ。あ、やっぱり上から羽織るより、直に着たかった?」
至極当たり前の顔をして、何を言ってるんだと不思議そうな顔をしてみせる。
渾身の演技に、ルーが戸惑った。
周囲は、オレを含めて全員ふわもこ。強制的に空を見上げているシロが、ぶんぶんと尻尾を振った。
『いいでしょう、これね、とっても気持ちいいよ!』
この時のために、工夫を凝らしたふわもこ。
ただルーに着せるためだけに開発した、この機能性……!!
前開きになっているので、無理やり両袖さえ通せば、あとは足元まであるボタンを留めるだけ。あれだ、ベビー服みたいな。
「いらん、勝手に着せるな!」
シロを押しのけ、さっそく脱ごうとするルーを、やれやれと困った子を見る目で見上げた。
「チャトだってきちんと着てるのに……」
比較に出されたチャトが、ふふんと得意気にしっぽを振って小馬鹿にした視線を送った。
「なっ……猫と一緒にするんじゃねー!」
「えっ、じゃあ……せっかく用意したのにパーティできないね」
しょんぼりと悲しい顔をすると、慌てたルーが言い募った。
「こんなもの着なくても、できるだろうが!」
「できないよ! だってパジャマパーティだって言ったでしょう? 鍋パーティは鍋がなきゃできないし、餃子パーティも餃子がなかったらできないんだよ! だからパジャマパーティはパジャマじゃなきゃできないの、当たり前でしょう!」
一息に言いきって、キッと睨みつける。
ルーが、混乱している。目の前のご馳走と謎理論の間で揺れている。
オレは、ぽんと手を叩いてにっこり笑った。
「あ、そっか! ルーもやっぱりお揃いが良かった? そうだよね、一人だけ違うパジャマだと嫌だよね。ふふ、大丈夫! ほら、ちゃんと用意してあるよ! もしかして恥ずかしがるかと思って、ルーのためだけにそのパジャマを用意したんだけど……本当はこっち! なんだ、持って来て良かっ――」
「誰が! これでいい!」
満面の笑みで取り出したジフのパジャマを広げてみせると、ルーは脱ぎかけたパジャマの前を反射的にかき合わせた。
「遠慮しなくていいよ? オレとお揃いだよ!」
「いらん!!」
思わずにやつきそうになる頬を押さえ、オレは渋々といった体でジフのパジャマを収納した。
ふふ、楽しい。
仏頂面の青年を見上げ、ぴょんと飛びついた。
「ふわふわだ……気持ちいいね!」
「それなら、元の姿で足りる」
それは、確かに! ルーの毛皮は極上だもの、パジャマよりずっと手触りがいい。
「だけど、それだとオレは気持ちいいけど、ルーが気持ちよくないでしょう? ね、あったかくてふわもこじゃない?」
着心地の良さは、着てみなきゃ分からないと思ったのだけど。
「てめーがそうやってしがみつくなら、一緒だ」
「オレ、ルーがパジャマ着てなかったら、しがみついたりしないよ!」
「嘘をつけ」
はい、それは嘘でした。くすくす笑って頬をすり寄せる。
「だって、一緒にやりたかったんだもの。パーティは、参加しなきゃ楽しくないよ」
ほら、ルーもほっぺを寄せてみなよ。オレ、気持ちいいでしょう。
オレが普段ルーに感じる心地よさ、きっと今ならルーも感じられるんじゃないかな。
「いいから、飯を寄越せ」
「うん、パーティを始めよっか!」
ルーの手にグラスを渡し、お望み通りお酒を注ぐ。
『えー、では僭越ながら俺様、忠助が乾杯の音頭を取らせていただき――』
『ぱんぱーい!!』
テーブルの上で元気に飛び上がったアゲハが、ぼうっと火炎をあげ、元気な声で宣言する。
派手な演出にわっと盛り上がった一同も、一斉に飛び跳ねて唱和する。
どっかりあぐらをかいたルーは、さっそくグラスを空けて手近な唐揚げを口へ放り込んだ。
美味そうな顔を見るに、多分お肉系だったんだろう。
テーブルの片隅では、小さな二匹がうずくまっていた。
『おやぶ、だいじょぶ? いたいいたい?』
『お、俺様悲しくない……アゲハだから。アゲハだから……俺様ダイジョブ』
チュー助の背中を、アゲハが小さな手でさすさすしている。そんなに乾杯したかったの……じゃあ、締めはチュー助に頼もうかな。
『これね、色んなものが入ってるの! ぼく、何が入ってるか分かるよ! ねえ、知りたい? 知りたい?』
「うるせー、向こう行ってろ!」
『スオー、知りたい』
『柔らかい肉を選べ』
ルーに押しのけられたシロが、喜び勇んで蘇芳とチャトに付き合っている。蘇芳は運がいいんだから、ひとまず食べたいものに当たるんじゃないだろうか。
『見た目って大事ね、かわいいってだけで美味しさは増し増しよ』
丸いドーナツの中では、丸いモモが伸び縮みしている。そこにいると、勢い余ってシロに食べられてしまいそうだよ。
――甘くないの。ラピス、今これいらないの。ユータにあげるの。
サクッと小さなひとくちでいらないと差し出されたのは、謎パイ。これはスパイシートマト風味の白身魚だね。甘いと思って食べた時のお魚は、確かにハズレだけれど。
「食べかけにしちゃダメだよ? あのね、三角のパイが甘いんだよ」
――そうなの?!
言った途端、パイの皿がもふもふに変わった。
――あっ! ダメなの、ラピスが食べるの!
一斉に群がった管狐部隊のせいで、甘系パイが駆逐されてしまいそう。
オレもつられて甘いのを食べたい気分になってしまいつつ、押し付けられたお魚パイを齧った。
サクリ、と軽いパイ生地に包まれた白身魚は、濃いめに仕上げたトマト風味とスパイスが効いている。
「お酒に合いそう……」
文句なしに美味しいんだけど、オレも甘いのが良かったなと苦笑したところで、ぐいと手が引かれた。
「……おいしい?」
「まあ、酒には合う」
勝手にオレの手にあったパイを口へ入れたルーが、偉そうにそう言った。
「甘いのは?」
「甘いのはいらん」
じゃあ、と差し出した四角いパイをぱくりと一口で頬張って、サクサクいい音で咀嚼する。
「それ、何だった?」
「知らん」
『それね、チーズとお芋!』
向かいからシロが答えてくれて、じろりとルーを見上げた。
「ちょっと、そのくらい分かったんじゃない?」
「さあな。次寄越せ」
素知らぬ顔で口を開けるから、お気に召したみたい。甘いのを入れてやろうかという誘惑に駆られつつ、四角いパイを放り込む。
小気味よい音を響かせ、ごくりと嚥下して酒に口をつけた青年が、満足そうな息をひとつ。
「きゅきゅうっ!」
「きゅーっ!」
「……おいっ!」
パイを取り合って空中でくんずほぐれつした管狐の塊が、ルーの後頭部にぶつかって飛んで行った。
牙をむいて怒るルーの口に、チーズカップのカニサラダを放り込む。
「……肉を寄越せ」
しっかり食べ終えてからむすっとそんなことを言うもんだから、つい笑ってしまった。
ねえルー、今は手があるんだから、オレの手から食べなくていいんだよ。
だけど、差し出したパイに何の疑問もなく口を開けるから、教えてあげない。
「ねえ、楽しいね! このまま、楽しいまま眠れるんだよ!」
ぱふっとルーにしがみつくと、フンと鼻を鳴らして、そして何も言わなかった。
オレは、満面の笑みを浮かべて頬をすり寄せたのだった。
ルー久々だったので……つい。