784 『片手でつまめる幸せ』作戦
「パジャマパーティだなんて、面白いこと考えるよね~! 食べて寝る、なんて怠惰の極みじゃない、最高だね!」
カロルス様の後ろに並んだセデス兄さんが、オレを抱き上げ頬ずりする。パジャマパーティってそういう……? リラックスした状態でのパーティだと思っていたけど、そんな面があるのか……!
「いいじゃねえか、ごろごろしながら食えるなんて、最高のパーティだと思うぞ!」
カロルス様が並んだ料理を見回して瞳を輝かせている。なるほど、だから素直にふわもこを着て来たんだね。
「身内、ということで辛うじて可能なパーティですから、他言無用でお願いいたしますね。曲がりなりにもここは貴族の館ですから……」
執事さんが苦笑してオレに人差し指を立ててみせる。
た、確かに……!! いつも忘れるけど、ここは貴族様の館! パジャマでパーティとかやっちゃいけないよね?!
開催にこぎつけられたのは、ひとえにエリーシャ様がやる気になったからだろう。生粋の貴族のはずなのに、エリーシャ様って柔軟というか何と言うか……。
なんて考えつつ、オレの目はしっかり執事さんに固定されている。
「……あまり、見ないでほしいですね」
筋張った大きな手が、オレの目を塞いでしまった。
「だって! 執事さんいつも同じ格好だから、すっごく新鮮で素敵だから!!」
慌ててその手をずらし、苦笑する顔を見上げた。
「これを素敵と言われましても……」
だって、執事さんが……ふわもこ……!! 明らかなミスマッチなのに、なんだろうこの、新たな境地を見たような感覚は。まるで生ハムメロンのように、これはこれでいい気がする。
さすがにオレたちみたいな半ズボンタイプじゃなく、カロルス様と同じ着ぐるみタイプだったけれど。
どうも、全員これを着て参加しないとパーティできない、オレが楽しみにしているのに、と脅……泣き着かれたみたいだ。
「お前、なんで俺には素敵だって言わねえんだよ」
だって、カロルス様は、その……迫力が。ふわふわ感を打ち消す、ずうんと重い気配がするんだもの。
ちなみに、ウチのもふもふたちは少しずつ放流作戦をとったのだけど、その都度阿鼻叫喚の騒ぎになってしまった。やっぱり、一度に放出しなくてよかった。
「うぐっ?! あああ……マリーちゃんが……マリーちゃんが俺の心臓を止め――待ってぇ?! リアルに止めに来ないで?! 俺、ちゃんとあのチビに呼ばれたから! 不法侵入じゃないの!! マリーちゃんストップ、待って、見たい! ちょっと止まってお願い! 見えない!!」
あ、ちゃんとふわもこ着てる。アッゼさんも既にロクサレンメンバーだと思っているから声をかけたけど、ちゃんと衣装が用意されていたらしい。
隠密スモークさんは……隠密しているから、気づかなかったことにしておこう。きっと、大人組だけになったら出てくるんじゃないだろうか。
だけど、こうして見ると……本当に壮観。みーんなふわもこ、料理を運んでいる料理人さんまで、全員お揃いのメルヘン住民になって――ん?
一瞬、視界を不思議なものがよぎった気がして真顔になった。
「てめえも手伝いやがれ! これ、余ってるぞ! 何入れんだよ」
「え、余らないよ! それは、カニサラダを入れるチーズの器で……」
上の空で答えながら、まじまじと大男を見上げた。
「はぁ? カニサラダはボウルに入れちまってんじゃねえか、チッ」
手際よくカリカリチーズカップにカニサラダを入れていく、ふわもこの山賊。
あー、ええと、これは、ちょっと……生ハムメロンにはならなかったタイプ?
「あの、さ、ジフはどうしてその恰好なの?」
意を決して聞いてみると、何言ってんだと訝し気な顔をされた。
「お前が言ったからだろ? 全員この格好しろって言われたぞ。お前らもみんな同じカッコじゃねえか」
「そうだけど……」
ジフは多分、どんな服でも大して気にもしないから、渡されたまま着る。着てしまう。
ヒゲ面と耳付きメルヘンフードが恐ろしく反発し合って胸やけしそう。
いや、それより何より、それだ。そこに惜しげもなく晒されているのは、オレの胴より太い腿。それは、キャンディの中に放り込まれたスルメのように、メルヘンの中で異彩を放っていた。
大人男性組は着ぐるみタイプなんじゃ……。ちなみにセデス兄さんはエリーシャ様たちにとって子ども枠に入るのでオレたちとお揃いだ。
もしかして……メイドさんたち、あまりのハードワークに間違えたんじゃ……。
ま、まあいいか!!
オレは見なかったことにして、カニサラダ詰めを手伝い始めた。カップごと、ぽいっと口へ放り込めるサイズのカニサラダは、きれいな赤がテーブルに華を添えてくれる逸品だ。
「おいユータ、もう食っていいか?」
「いいけど、ちゃんと始めようよ! まずは乾杯からだよ!」
いうが早いか、みんなが一斉にグラスを手に取った。
にやっと笑った迫力のふわもこが、片手を高く突き上げる。
「用意いいか? なら――やるぜ、パジャマパーティ! おら、乾杯っ!!」
乾杯、と続く様々な声と、鳴き声。
思ったより随分ドスの効いた乾杯だったけど、わっと上がったボルテージが会場の温度を一気に上げた。
「あれっ? ユータ、これ何だ?! この唐揚げ、肉じゃねえ?」
ひと際目立つ、山になったひと口大の唐揚げには、ラキ製のきらきら色とりどりのピックが刺されてオブジェみたい。
さっそく頬張ったタクトが面食らっている。その反応は、もしかしてタコかな。
オレは黄色のピックを選んでぱくり、途端にカリじゅわっと広がる旨味。弾力があって、スパイスの効いたこれは……地底湖のワニかな? それとも白身魚? いや、アリゲールだったかも。
「あ、お前これ野菜入れただろ?!」
おお、分かるんだ。カロルス様は絶対コレを好んで食べるだろうと思って、たまに野菜とミンチの唐揚げも入ってるからね。
「うわ美味っ! 今食ったの何だ? 分かんねえけど美味っ!」
どうやら何を食べているか考えるのは諦めたらしい。違うんだけど、これ何かなって考えながら味わって食べてほしかったんだけど。
そう、これは闇唐揚げ! 可能な限り見た目を揃え、味付けや素材を変えた様々な唐揚げが一緒くたになって小山を形成しているんだ。
「わあ~、これご飯だ~!」
ラキが目を輝かせているのは、ひとくちライスコロッケ。ころころしたまん丸のライスコロッケには、色んな種類のチーズを入れて。ここにもカラフルなピックが大活躍している。
「ウッ……ちょっとユータ、これおやつじゃない! いや美味しいけど!」
「ふふっ! 甘いのもあるよ!」
お食事系だと思って口に入れたセデス兄さんが、なんとも言えない顔だ。それは謎パイ、ひとくちサイズのパイの中身は、もう何を入れたか覚えていないくらいたくさんある。だけど、法則がひとつ。甘いのと食事系は形が違うよ? いくつか食べれば気づくだろう。
だけどセデス兄さんって運が悪いから、食事系にあり付かないままに終わるかも。
「かわいいっ! かわいいわ!!」
「可愛くて、食べちゃいたくないです~!」
「そんなマリーちゃんが可愛い~!」
エリーシャ様たちは食事よりお菓子の方へ行ってしまっている。若干1名異分子も混ざっているけど。
ころころドーナツにアイシングで色んなトッピングを施したもの、カラフルなカップケーキ。
スコーンに挟むクリームを色付けして、マカロン風にしたものもとっても人気みたいだ。
執事さんは長めのピックを使った、色々豆々がお気に召したみたい。お塩強めで茹でた、色々な豆が一度に味わえるおつまみ系だ。
テーブルに並ぶ料理は、カナッペやピック系、どれもがひとくちで食べられるサイズ。
『片手でつまめる幸せ』どうだろうか。見た目にも華やかで楽しくできたんじゃないだろうか。
「こんなちっせえもんばっかでどうすんのかと思ったが……。お前の考える飯は、味だけじゃねえってのが面白い。こういう飯の楽しみ方もあるんだな」
腕を組んでしみじみとつぶやいたジフが、オレを見下ろして口角を上げる。
「そうでしょう! 食事の楽しみって、色々あるよね!」
オレはなるべくそちらを見ないように、胸を張って言ったのだった。
他にもメニューいろいろ考えたけど、まあいいか!!
皆様素敵な感想ありがとうございます!お返事返せなくてすみません……