783 夢色空間
「つ、疲れた……」
やっと厨房から抜け出して部屋に戻って来たオレは、シロを抱きしめてぐったりと横になっていた。
ちなみに、その奥には息をしているのかアヤシイくらいに深く眠るタクトがいる。
「僕も結構疲れたんですけど~。そんなにこだわる必要あった~? 木の串で良かったと思うんだけど~」
大量のピックを生産したラキも、プリメラ抱き枕でごろごろしている。
必要あるに決まってるよ! 今回は、メインが軽食、『片手でつまめる幸せ』がコンセプトなんだから!! つまり、大小さまざまでカラフルかわいいピックこそが、その場を飾るアクセサリー! ……そう、パーティにおける『パーティ感』は食べ物にあらず、装飾にあり!! 全ては、どう見せるかにかかっている。いわゆる、『映え』ってやつだろうか。
だからピックに限らず、ケーキスタンドやら食器類で思いのほかラキが大活躍だった。おかげで、とても満足のいく仕上がりとなっている。
「疲れたけど……早くパーティ始まらないかな! 楽しみだね!」
シロに伏せていた顔を上げ、ふふっと笑う。
オレとラキは夕食はいらないと言ってある。あとは、カロルス様たちがパーティで貪らないよう夕食をしっかりとっていただいて……
「ああっ! タクト寝てる場合じゃない!! 早く、早く夕食食べて来て!!」
「ふぁっ?! 飯?!」
あ、起きた。
昏睡状態かと思うほど反応がなかったけれど、『夕食』の刺激は何にも勝ったらしい。
ラキは休んでいると言うので、オレは最後の仕上げに、タクトは目いっぱい腹に詰め込みに部屋を出た。
「そういえば、肝心のパジャマは大丈夫かな?」
多分、あの様子だと分身の術を会得してでも絶対に間に合わせると思うけど。
今回ばかりは、ちょっとわくわくする。みんなお揃いって、なかなかできないことだもの!
変な服じゃないのもありがたい。だって、今回全員参加だから、カロルス様と執事さんに加え、なんとジフもお揃い! ジフが着られてオレが着られない服なんてないよね!
ウキウキとパーティ会場を覗くと、嬉し気なメイドさんズが最後の飾りつけをしてくれている。ここに居るってことは、衣装の方は終わったってことだ。
「わあ、なんだか可愛いねえ」
いつものテーブルや椅子は取り除かれ、敷かれているのはふわふわのラグ。ローテーブルの周囲には、大きなクッションや脚のないソファがランダムに配置されている。お花は花瓶ではなく背の低いグラスに浮かべられ、ローテ―ブルのあちこちを彩っていた。
『メルヘン……メルヘンね! とっても可愛いわ!』
全体的にミルキー系の優しい色合いは、確かにそんな雰囲気だろうか。
飛び出してきたモモが、大興奮して跳ね回っている。柔らかな桃色毛玉は、まるで装飾の一部みたいだ。
これはエリーシャ様たちが喜ぶに違いない。逆にカロルス様や執事さんは苦笑しそうだ。
厨房で最後の手伝いをしてから戻って来ると、タクトも既に帰ってきている。
「ユータ、パーティまでにお風呂に入っておいでって言われたよ~。お風呂場にそれぞれの衣装も準備してあるんだって~」
「なあ、衣装ってなんだ……?」
何も知らないままのタクトが首を傾げている。満足そうな顔を見る限り、しっかり腹は膨れたみたいだとほくそ笑む。
いそいそと連れ立ってお風呂へ向かうと、3つの視線が一斉に脱衣所の一角に吸い寄せられた。
「わあぁ……! すごい!」
「おお、これか! なんかいいな!」
「ホントだ~! わくわくするね~!」
きらきら輝く目に映っているのは、大小さまざまなプレゼントボックス! リボンに取り付けられたタグには、それぞれ名前が書かれている。パジャマが入るくらいだもの、結構な大きさの箱にリボンが掛かっている様子は、とてつもなく心が弾んだ。
まだお風呂に入っていないのに、ほっぺが熱くなってきたのが分かる。
オレたちは、早く箱を開けたい一心で、カラスもかくやという早さでお風呂をすませたのだった。
「――ねえ、もうそろそろ行ってもいいよね?!」
ついに立ち上がって、ベッドの上からぴょんと飛び降りた。胸元で大きなぽんぽんが一緒に弾んで揺れる。
「うん、もういいんじゃない~? 行こうか~」
「どんな飯があるんだ? 今日は二回も夕飯食えるって贅沢だな!」
それぞれ勢いよく立ち上がった二人を見上げ、くすっと笑う。
「可愛いね」
柔らかくふわふわした布地は、一体何の素材なんだろう。
お揃いのパジャマは、パーティ会場同様ミルキーカラーで案の定カッコよくはなかったけれど、まあ、許容範囲だ。
「お前に言われたくねえな」
「ユータ、ぬいぐるみみたいだよね~」
二人が、両側からぎゅうとばかりにオレを抱きしめた。
全てふわもこの同一生地で作られたパジャマは、大変手触りがいい。オレも存分に二人のパジャマに頬をすり寄せる。
日本にいた頃だと、女子高生あたりに人気が出そうなルームウェア、と言えばいいだろうか。あれだって、ペアルックを見たことがあるもの、オレが着ても大丈夫!
室内なのになぜかついているフード、裾広がりになった長めの袖口。
寒いんだか暑いんだか理解に苦しむ、腿の出る短いズボンと、膝上まである靴下。
胸元に揺れるでっかいぽんぽんが邪魔だし、なぜかフードには動物の耳がついている。言いたいことは色々あるけれど、なんせ肌触りがいい。リボンもひらひらもついていないし、嬉しい限りだ。
「けどこれ、かろうじてセデス兄さんはいいとして、カロルス様とかジフは……? 執事さん、これ着る……?」
ふと脳内再生しそうになって頭を振った。
……エリーシャ様やマリーさんもお揃いだもの、それはもう可愛いだろうなあ!
『いくら逃避しても、現実はすぐそこにあるのよ?』
肩でまふっと跳ねたモモの声が、セリフとは裏腹に弾んでいる。よほど嬉しかったみたいだ。
「モモは、すっごくかわいいよ!」
くすっと笑うと、もう聞いたわよ、なんて言いながら高速で伸び縮みしている。そのたびにぽんぽんが上下して忙しい。
『俺様とアゲハには適わないけどな!』
『かままないけどな!』
シャキーンとポーズをとった二人も、とても可愛い。
『お揃い、ぼく嬉しい!』
『おれはいらない……』
『スオー、ふわふわ好き』
そう、なんとメイドさんたちの神業は、モモたちみんなにも及んだ。モモとティアはさすがにケープしか無理だったけれど、チュー助たちはオレとお揃いの上着を着ているし、シロだってチャト(小)だって、蘇芳だって多少アレンジの加わったお揃いだ。
――ラピスも、お揃いなの!
「ムッムゥ~!」
「ふふっ、ラピスもムぅちゃんもかわいい!」
これ、大丈夫だろうか。
オレの周囲、殺傷能力が高すぎないだろうか。
ちょっと不安になったので、一旦しまえるみんなをオレの中に収納しておく。パーティの前に阿鼻叫喚になったら大変だもの。
いそいそと会場の扉を開けると、初見の二人が歓声を上げた。
「うわあ! すげえー! そのまんま夢みてえだ!」
「すっごい~! 本当、夢空間になってる~!」
既に料理も並んでいて、ファンシー空間がますます華やかになったよう。いつの間にか壁面にはカーテンみたいに幾重にも布が掛けられ、まるでお姫様の寝室みたいだ。
メイドさんたちの本気っぷりに感心するやら呆気にとられるやら、3人で口を開けていたところで、背後にただならぬ気配を感じた。
だけど、思わず飛びのいた体は、いともたやすく捕獲される。
「――っ! っっ!!」
声にならない悲鳴をあげてオレを抱きしめる、華奢な人。首を捻って見上げ、思わず頬を緩めた。
「ふふっ! ちゃんとお揃いだね、エリーシャ様かわいいね!」
高速で頬ずりしていたエリーシャ様が、ぴたりと止まった。
「う、ううっ……無垢な視線が辛いわっ! やはり私にはちょっと……さすがにこれはちょっとアレよね。だけど、だけど! これ以上譲歩はできなかったの! だってどうしても、ど~~~してもユータちゃんは短いズボンじゃなきゃ! 私は悪魔に魂を売り渡したのよ!!」
オレ、褒めたと思うんだけど……急に壁際まで行って、さめざめと泣くエリーシャ様に首を傾げた。
「素晴らしい心意気です! 我らの勇姿は後世まで語り継がれる偉業となるでしょう! ご覧ください、ユータ様のこのお姿! 私共の犠牲など、ほんの些細なもの!!」
「そうよ、そうよね! あああ、かわいい……かわいいがたくさん……!!」
あ、マリーさんも可愛い。転げまわってる姿はともかく、二人とも見た目は華奢だから、ふわもこなパジャマがすごく似合っている。守ってあげたくなる、って感じだと思うんだ! 見た目は。
「うげ、なんだこりゃ……」
「す、すごいね……なんか、僕が入っちゃいけないような気がするよ」
エリーシャ様たちにもみくちゃにされている中、低い声が聞こえた。
こういう衣装なんて序の口なセデス兄さん、堂々とした着こなしだ。太ももが眩しいけれど、あんまり違和感がないのはさすがと言うほかない。
一方のカロルス様は、お揃いはお揃いだけど、少々アレンジされていた。上下が繋ぎになっていて、ずんぐりした着ぐるみみたいだ。長い脚が3分の1くらいに見えて、キャラクターみたい。言い含められたのか、ちゃんと耳付きフードを被った姿は、なんというか……人狼? ミルキーカラーのふわもこを着ても、迫力はどうしても消えないらしい。かわいい……と言っていいんだろうか。
「カロルス様も、同じかと思ったのに」
ふわもこの大きな体に飛びついて、ぎゅうっとしがみつく。柔らかさの奥に感じる鋼の肢体が、ルーを彷彿とさせた。
「お前はまるっきりぬいぐるみだな! おう、可愛い可愛い。しかし恐ろしいこと思いつくな……俺にその服を着せようってのかよ」
まあ、道連れにしようとしただけだったんだけど。でも、カロルス様だと、こんな短いズボンも剣闘士みたいにしか見えないんじゃないかな。
衣装のキュートさが敗北する様が目に見えて、オレはつい吹き出したのだった。
長くなったのにパーティ始まらなかった……( ノД`)シクシク…
いつも感想等ありがとうございます! もう書くの嫌だな……ってなる時、奇跡のようにいただく声に本当に励まされて続けられています。