782 晩酌会?
「ねえ、晩酌会やろう!」
ウキウキと飛び込んだ部屋には、ラキとプリメラしかいない。
どうせタクトはマリーさんと特訓しているんだろう。そういえば、ラピスもいない。
抱きしめたプリメラに埋め込んでいた顔を上げ、ラキが首を傾げた。プリメラの短い毛並みには、ラキの顔拓ができている。
「晩酌会~? 晩餐会じゃなくて~?」
「晩酌なの! お酒は飲まないけど晩酌!」
「それって定義がそもそもおかしくない~?」
いいの! じゃあ、ジュースに1滴くらいアルコールを入れてもいいかもしれない。お菓子に使っている薫り高く甘いやつを入れると、美味しいんじゃないかな。それなら、紛れもなく晩酌だろう。
そうだ、お菓子に入れればいいんだ! 焼き菓子に使えばアルコールは残らないんだから。
『もはや何が何やら……ね。晩酌の概念が問われるわ』
『主ぃ、そこまでして晩酌にこだわるとこが、かえってガキってことなんだぜ?』
訳知り顔のチュー助をタオルで幾重にも包んでおき、晩酌会までに作る料理を思い浮かべる。
「軽食をいっぱい並べてね、お菓子もおつまみもいっぱいで……」
そして、大事なのはリラックス感。ここは、やはり夜着にこだわらなくてはいけない。
『それは、パジャマパーティって言うんじゃないかしら?』
ふよよん、と揺れたモモのセリフにハッとする。
「……パジャマ、パーティ……それは、それでいいかも。エリーシャ様とかカロルス様とか、みんなも一緒に寝転がったりしながらおしゃべりして、飲んで食べる――それって……」
「最高ではないですか!!」
あれ、オレ声に出していただろうか、と思ったところで体が浮いた。
「お任せ下さい!! 最っ高のネグ……夜着を用意いたしますので!!」
ま、マリーさん……いつの間に? 上気した頬でオレを抱きしめる、その見た目だけはおとなしげな瞳が燃えている。とてもマズイ。
「えーっと。その、晩酌会はもう今日やるから! 衣装とか新たに用意する必要は――」
「何を言いますか! おひとり何種類必要でしょう? 衣装交換は何度? このマリーたちメイド一同、身命を賭してやり遂げる所存!!」
あああ、ダメだ、この人たちは本当にやる。絶対にやる。何か、せめてふりふりとかリボンとかレースとか、そういった類にならない方法を……!!
「じゃ、じゃあ! カロルス様と執事さんも同じ格好ならいいよ! 同じ格好じゃないとダメ!」
一か八か、二人を道連れに地獄へ落ちるか、生還するかの瀬戸際だ。
マリーさんが途端に渋い顔をする。
「あのお二人は……ちょっと……場が汚れると言いますか……」
言葉を濁したようで、ちっとも濁ってないね。むしろクリアに澄み切っている。
それ、絶対普通の衣装じゃなかったよね?!
「分かりました。では、お二人は不参加ということで!」
「なんで?!」
では、と踵を返しそうなマリーさんに慌てたところで、ラキが苦笑した。
「それなら、みんなお揃いとか~? だけど、今からなんて無理があるよね~」
さりげない呟きに、扉へ向かったマリーさんの足が、ぴたりと止まった。
「おそ、ろい……? みんな……??」
「そう、大人も子供も、みーんなお揃いって楽しそうですよね~?」
マリーさんの視線が、どこか虚空を見ている。徐々に、その目にきらきらが湧き上がってきた。
「お揃い……!! ユータ様たちと、私たちもみんなが……! それは、それは――なんて」
「素晴らしいのかしら!! 行くわよ、マリーっ!!」
「はいっ!!」
あれ? 今エリーシャ様がいた気がしたけれど。
一陣の風が通り過ぎた後には、半開きになった扉だけが揺れていた。
お揃いって、そんなに嬉しいものだったのかな。二人は案外ふりふりとかリボンとか身に着けないから、二人が着る衣装ならまだ安全な気がする。衣装の問題はこれで解決だ。
それにしたって、みんなの分の衣装を今から作るつもりだろうか。もう、メイドさんじゃなくて神職人を名乗った方が良くない?
「さて! じゃあオレは厨房に籠もらなきゃね!」
「いってらっしゃい~。じゃあ僕はプリメラとゆっくりしてる~」
再びすり寄るラキに、プリメラがやれやれと尻尾のふさふさを振った。
オレだけ忙しいのってなんだか納得いかない。そのうち、器やら何やらの制作で活躍してもらうことにしよう。
タクトは――あれ? マリーさんがここにいたってことは、タクトは一体誰と……
よぎった疑問に答えるように、ドオンと響いた地響き。
オレのこめかみに、たらりと汗が流れる。
「ラピスーーー!! 待って、人間って死んじゃう生き物だからーー!」
『生き物は皆死ぬが』
淡々としたチャトのセリフを聞く余裕もなく、オレは窓から飛び出したのだった。
「――じゃあ、お願いね! タクトはほどほどにね!」
『責任が重いわ……』
『うん、ぼく頑張るね!』
『スオーがいれば、とりあえず生きてる』
既に疲れた顔のモモと、対照的にぴかぴかの笑顔でしっぽを振るシロ。いざと言う時のシールド担当と救出担当、そして奇跡の確率担当。このメンツがいれば、ひとまず死人が出ることはないだろう。
「やっべー、死ぬとこだった! 悪い!」
回復さえすれば元気なタクトが、晴れ晴れとした苦笑という器用な表情でオレに手を合わせた。
既にズタボロの服が、ありありとさっきまでの状況を物語っている。
『ったく、師匠として情けないぜ! 死にかけるなんざぁヒヨッコのやることよ! しごき直しが必要だな、もうちょっと己の実力ってもんを把握して――』
『そうらぜ! ぴよっこなんらぜ! しごきなしがもうちょっちょぱーくして――』
珍しくちゃんと説教しているチュー助と、ついでに何言ってるか分からないアゲハ。
まあ、オレもラピス相手だと死にかけるけども。
――ラピス、ちゃんと手加減してるの! ちゃんと生きてるし、ちゃんとお家も残ってるの。
不服そうなラピスがしっぽを上下させている。
確かに加減はしている。しているんだけど……もうちょっとこう、生死の境界線より手前で加減してほしい。一歩どころか2ミリくらい間違えたら死んでる。
「今日は晩酌会……改めパジャマパーティするんだからね! 何かあったらもう知らないよ!」
「パジャマパーティってなんだ? とりあえずパーティなんだよな?」
じゃあ、気ぃつける! なんて瞳をきらめかせ、シロと走っていく背中が眩しい。若いっていいなあ。
『……おれがツッコむのか?』
オレの中に残されたチャトが、戸惑ったように呟いたのが聞こえた気がした。
「さて――メニューはどうしようかな。キッチン総動員で頑張れば、色々できそうだし……」
朝食をすませた後、厨房で今日の計画を伝えておく。パーティをするなら、既にもう戦闘は始まっている。夜を思い切り楽しむためには、昼食にだって配慮が必要なんだから。
「夕食はパーティ料理ってことか?」
腕組みしたジフに、オレは静かに首を振る。
パジャマパーティは、お腹を満たすメインなんてない。だらだらしながらつまむものなんだから。
「ううん。夕食はちゃんと出して! がっつりでいいよ! オレは食べないようにするから」
にやりと笑う。とりあえず焼いただけの肉でもわんさか出して、しっかりたっぷり摂取していただこう。パーティを食い荒らされないように。
つつましく食べる組は、オレとラキ、そして執事さんくらい。大丈夫、この二人は何も言わなくてもオレの挙動ですぐに察するから。
「そう思い通りにはならねえと思うが。まあ、簡単にすませるならいいけどな。で? 今回はどんな企みがあんだよ?」
声を潜めて、強面の料理人たちがぐっと顔を寄せる。どう見ても犯罪計画だ。
「企みなんてないけど、軽食ばっかりだから、パーティ感を盛り上げるためには一工夫がいるよね……考えなきゃ!」
「ふむ……どん、とテーブルに映える肉の塊とかが使えねえってことか」
そう! 片手でつまめるようなものばかりで、パーティ感を盛り上げなくてはいけない。
「だから華やかなピンチョスとか、カナッペは必須! ねえ、メニューごとに部隊を分けようよ! それぞれが彩り良く美味しいメニューを考えてね!」
「それがいいな。おう、お前ら見せ場をくれてやらぁ! そこ、ピンチョス・カナッペ部隊!」
ジフが適当に指した部隊が、おう! と気合の籠った応答で離脱する。ロクサレンではもう慣れたメニューだもの、きっといろんなアイディアを出してくれるだろう。
「うーん、揚げ物はきっと必要だから……次は揚げ物部隊! ただし、全部ひとくち大で! 他は――」
次々部隊が離脱して、残されたオレとジフはそれぞれ遊撃部隊となった。
「さあっ! みんな、気合入れていくよっ!!」
「「「きゅうっ!!」」」
「「「おうっ!!」」」
厨房には、高い声と低い声が見事にハーモニーとなって響いたのだった。
~その頃別の場所では~
「我ら一同、身命を賭して! 鍛えた技は、身体はこのためにこそある!」
「ロクサレンメイドの名にかけて!!」
「その意気よ! 闇に潜み白日に溶けるメイドの神髄、見せて頂戴!!」