778 予定通りの騒動
「つまり、君は私のユータくんで、ユータくんはやっぱり男の子で、タクトの彼女だとかそういうことじゃないって認識で合ってるのね?」
「いつからサヤ姉のになったんだよ!」
オレの両肩をがしりと掴んで、サヤ姉さんが真剣な瞳で念を押した。
うん、サヤ姉さんのユータくんではないけど、そういうことじゃないのは合ってる。
いつの間にかやって来ていたカン爺も、煤けたタオルで目元を拭っていた。
「いやー良かった、良かった。今度こそタク坊に先を越されたかと。危うく未練のあまりアンデッド爆誕するとこじゃったわい」
「なんで『良かった』になんだよ! こんだけ生きてんのに、カン爺は未練残しすぎなんだよ!」
「まあ、それが長生きの秘訣と言うヤツじゃの」
「未練しかねえ長生きなんていらねえわ!」
うん、まったくもって相変わらずだ。
そそくさと工房のどこかへ消えたラキも含め、いついかなる時もここは変わらないね。
言い争うタクトたちに肩を竦め、サヤ姉が改めてオレに向き直った。
「まあ、事情はおおむね理解したわ。それで、私のユータくんは今日何を持って来てくれたの?」
何の疑いも持っていないサヤ姉と周囲の、きらきらした視線が一斉にオレへと注がれる。
え、ええと、確かクッキーくらいは……! 大丈夫、この人たちは何を出しても喜んで食べてくれるから!!
案の定、いろんなクッキー寄せ集めにわっと群がった職人たちに安堵しつつ、のどを詰めないように紅茶を注いで作業台に並べておいた。
「うんまっ! ああ、久々の幸せ味! 私の嫁は世界一ぃ!」
「ぬうぅ……さすがにワシとは年の差が……いやしかしいつの世も年上男子の方がモテるものじゃからして――!」
もはやツッコむのも諦めて、ぬるい視線を注ぐ。
この工房内で、オレはなぜか嫁として需要があるよね。思うに、そんなだから見つからないんだよ、お付き合いする人が。
ひとまず、ひとしきり食べ終えないと話を聞けそうにないと苦笑したのだった。
「――結構遅くなっちゃったけど、きっと喜んでくれるね!」
転移魔法陣でロクサレンに帰ってくると、包みも可愛いお菓子を見下ろして、にっこり笑う。
あれから、なんとか落ち着いた工房内で聞き込みを行った成果だ。
ちなみにサヤ姉さんは詳しかったけど、なんか思ったのと事情が違った。可愛いものが好きというよりも、可愛いものを知っていなくてはいけないという謎概念の元、情報収集を欠かさないらしい。菓子はかわいくてもいいけど、美味ければ見た目などどうでもいいと豪語していた。
「なんだって喜ぶと思うけどな!」
「ユータが帰れば、お土産どころじゃなくなると思うけど~?」
もちろん、この二人も一緒に帰ってきている。アリスにお手紙を託しておいたから、受け入れ態勢は大丈夫なはず。
「ユータ様! そして皆様お帰りなさ――」
喜色満面で登場したメイドさんが、停止スイッチを押したかのようにピタリと止まった。
マリーさんはいつもおかしいけど、一体どうしたのかと首を傾げたところで、サラリと流れた髪に気づいて合点がいった。
「マリーさんただいま! オレ、先に行ってるね」
彫像のようになった横をそうっとすり抜け、今のうちにエリーシャ様もクリアしておこうと応接室へ向かった。ロクサレンに慣れた二人も、ひとつも振り返ることなくついてくる。
「ユータちゃ……ッ?!」
ここでも美しい彫像が出来上がり、ラキとタクトは慣れた様子で彫像に挨拶すると、さっさと割り当てられた部屋へ引っ込んでしまった。
さて、オレも離れようとしたところで、すはっとエリーシャ様が息をした。ギチギチ、と機械じみた動きでオレの方へ顔を向ける様は、まるきりホラー。夜中に会ったら悲鳴をあげてしまいそう。
そこへ、稲妻のように飛び込んできたマリーさんが、そのままの勢いでエリーシャ様の頬を打った……たぶん。
あんまり見えなかったけれど。ものすごい音がしたけれど。
「――ハッ! 恩に着るわ、マリー! 危うく貴重な機会を逃すところだったわ!」
「いいえ、マリーは、マリーも……今から振り向きます、どうか、私も解いていただけますか?!」
そう言って決意と共に振り返ったマリーさんの頬を、今度はエリーシャ様が打つ。
……オレ、メデューサかなんかなの? もう行ってもいい?
ちなみに、双方大地に拳を叩きこむような音が鳴っていたけれど、白皙の頬がほの赤い程度のダメージらしい。
「うわ、大変なことになるわけだ。ユータ、どうしたのその恰好。すっごく可愛いけどさ」
騒ぎを聞きつけて下りて来たセデス兄さんが、オレを見て苦笑する。
「わはは! お前、いつのまに娘になったんだ!」
カロルス様まで出て来て大笑いしている。
「違うの! これは、貴族の護衛をするための変装なの! 女の子だったから、こうしないと身近で護衛できないでしょう!」
地団太踏むと、ひょいと後ろから伸びて来た手に抱え上げられた。
「ええ、ええ、もちろんそうよね。何もおかしい所はないわ。素晴らしいアイディアよ! その依頼をした貴族にはお礼をしなくちゃ」
どうして依頼者にお礼をするの。アイディアって何。
恍惚とした二人が、オレを表にしたり裏にしたり、まるきりお人形扱いで観察している。
さっそく髪を結い始めたマリーさんにされるがまま、忘れないうちに可愛い包みを差し出した。
「これ、エリーシャ様にお土産! 王都のかわいいお菓子なんだよ。エリーシャ様、王都でのあれこれで頑張ってくれてるから!」
「ああ……可愛い子が可愛いものを持って可愛い声で可愛いことを言うの! もうダメ、もう無理、もうエリーの限界はとうに超えているわ……!!」
「お気を、お気を確かにっ!! まだです、まだエリーシャ様は立ち上がれると信じております!」
もう、いちいち面倒なんだから。
呆れ顔で二人のそばにそっとお土産をお供えすると、今度はセデス兄さんに抱き上げられた。
「うわあ、本当に女の子だね! 可愛いなあ。妹もいいなあ~」
でれでれしたセデス兄さんがオレに頬ずりする。オレが本当に妹だったら、こんな兄はきっと嫌だと思う。
「で、今回は何もなかったのかよ? その恰好じゃ、むしろトラブル呼ばねえか?」
次は、カロルス様。ぐんと高くなった視界に笑みを浮かべ、やっぱりこのカツラとカロルス様の色はお揃いだと密かに思う。
「トラブルはあったけど、オレのせいじゃないよ! お嬢様が有名だったのと、王都から追われた犯罪者のせいで――」
みんなが聞きたがるから、オレはカロルス様の膝で最初からぜんぶお話ししてあげる。
今回は、活躍したって言っていいよね? オレが何かしでかしたわけじゃないもの。
「――いや、それはお前が一緒にいたから、誘拐率が倍の倍になったんじゃねえか」
「そんなわけないよ! それに、ばっちりそのアジトは潰したんだからね!」
「こんな幼女に潰されたなんて、そいつらきっと一生トラウマじゃない~?」
もっと素直に褒めていいよ! そんなヤレヤレみたいな顔しないでさ!
「見たかった……私、見たかったの。どうしたらいいのかしら、ユータちゃんのすべてを常に瞳に焼き付けるためには」
「戦う幼女……そしてもっふもふの一団。マリーなら、マリーがその場にいたなら……全てを牢に入れてしまうやもしれません……ああ、なんて罪深い!!」
さめざめと泣く二人は二人で、一緒にいなくてよかったと心から思う。マリーさんそれ、本当に罪深いからね? やっちゃダメだからね?!
お話がひと段落したところで、飲み干したティーカップに新たな紅茶が注がれた。ふんわりと立ち上った香りが、高揚した気分を優しくなだめてくれる。
「ユータ様も、もう立派な冒険者ですね。Dランクとは思えません」
いつも物静かなもう一人だけが、そう言って穏やかに微笑んでいた。
オレは、ハッともう一つの目的を思い出して、好々爺の顔を見上げた。
「あのね、執事さんもすっごく頑張ってるでしょう? その、迷惑もかけたから……お土産というか、お礼というか……あとで渡すね!」
「おや? 私はユータ様にかけられた迷惑など思い当たりませんが……そのソファーと違って」
ぎくり、とオレのソファーが身じろぎした。
余計な事言うんじゃねえ、と低い声がこそこそささやいている。
そうだ、カロルス様の褒章の件も聞いておかなきゃ。これは、もしかしなくてもカロルス様の意見は考慮されないので、執事さんと二人の時に聞いた方がいいかも。
それから、この格好で王都をうろついて色々あったこと、ラキとタクトにはバレちゃったこと。紅茶を飲みながらゆっくり話した。
カロルス様の大きな手が、時折オレの長い髪を物珍し気にいじくっては梳いている。
もう見せたから変装は解いてもいいかと思ったけれど、耳のそばを通って首筋を撫でつけるそれが心地よくて。もう少しこのままでいいか、なんて思ったのだった。
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