774 意外といい作戦
「止まらないで、走って!」
綺麗な回し蹴りを決めた小さなぬいぐるみが、すたんと着地し、耳と尻尾がもふりと揺れる。
「何してやがる! さっさと捕まえ――」
同じく迫った男たちが、あるいは唐突に倒れ、あるいは壁まで吹っ飛ばされ。
ことごとく退けた一団が、もふもふと尻尾を揺らしながら走り去ろうとする。
「な、何が……」
「どういうことだ?! 変なのが混じってやがる!」
愕然とした彼らの前を通り過ぎようとした時、リーダー格だろう男が声を荒げた。
「狼狽えんな! 人数が二人増えてる、助けが紛れ込みやがっただけだ! 残りはただのガキだ!」
「そうか……! けど、どれが戦闘員か分かんねえぞ!」
周囲を大きく囲いこんだものの、またも何らかの攻撃で倒れた男が出たことで、二の足を踏んでいる。
大小あるものの、どれも耳と尻尾の生えたもふもふ。色は違うが薄明りの元でははっきりしない。
「チッ……今から全員捕まえんのは無理だ、あの貴族共を探せ! それだけ捕まえりゃいい!」
「だから、それがどれだって――ぐあっ」
やみくもに手を広げて飛びつこうとした男が、反対側の壁まで吹っ飛ばされた。
猛烈な蹴りを放ったもふもふは、すぐさま一団の中へ飛び込んで区別がつかなくなる。
そちらへ気を取られた隙に、離れた場所で悲鳴が上がった。
「しまった、囲え!」
扉付近を固めていた男が突如倒れ、連動するように近くから一度、いや二度悲鳴が響いた。
計3人の男が倒された結果――道が開けた。正面へと向かう、扉までの道が。
色とりどりの毛並みが一斉に駆け出した。
「くそっ……そうか! 一番小さいのだ! 一番小さいのが貴族の1人だ!」
逃げ遅れたか、一番後ろで懸命に走る、ひときわ小さい獣。
どんなに見た目を取り繕ったところで、そのサイズ感だけはどうしようもない。
「あいつだ! 他を捨てろ、あいつだけ手に入れりゃ盾にも金にもなる!」
整った見目、美しく着飾った衣装に装飾。貴族家で大事にされている幼子に違いなかった。
男たちが半ば安堵の笑みを浮かべて舌なめずりをする。
注目が集まったことを感じたか、こちらを振り返った小さな獣。無情にもその足が、何かに引っかかった。
「わっ……」
小さな悲鳴と共に、べしゃりと転んだ幼子。
一緒に走っていたはずの仲間は、ちらりと一瞬振り返ったものの、何も見なかったように前を向いた。
転んだ拍子にすっぽ抜けたもふもふの頭が、ころころと転がって男の足に当たった。
状況がつかめていないのだろう、幼子はゆっくり起き上がってぽんぽんと汚れを払っている。
ついでと言わんばかりに着ぐるみを脱ぎ捨て、長い金髪を揺らして顔を上げた。
ぱちり、と瞬いた瞳の美しさに、男たちは勝利を確信してにやりと笑ったのだった。
*****
ころころ……と、オレの着ぐるみ頭が転がっていく。
「……モ~モ~?!」
地面に伏せた状態からむくりと体を起こし、じっとりと桃色スライムを見つめた。
『むしろ、褒めてくれないかしら? ごく自然な挙動だったでしょ?』
『主ぃ、完璧な演技だったぜ! 囮作戦大成功だ!』
……そうか。なるほど、それならまあ……。だけど、わざわざシールドで転ばせなくたって、オレだって演技くらいできるんだけど?!
『不自然』
『お前には無理だな』
見てもいないのに断言する蘇芳とチャトを睨み、膝を払って立ち上がった。
彼らも油断しているのか、にやにやとゆっくり近づいてくる。じゃあ、ついでに着ぐるみも脱いでおこう。土汚れ以外がついたら嫌だし。
ラキとタクトはと言えば、『じゃ!』みたいな軽い雰囲気で片手を上げて、先へ行ってしまった。
オレを助け出す気などサラサラなさそうだ。
ぐるりと囲む男たちで視界が悪いけれど、多分6、7人だろう。正面で籠城戦をしている男たち数人は、ラキとタクトが片付けてくれるはず。
「かわいそうになあ、嬢ちゃん置いてけぼりだな」
「俺たちと一緒に来るんだ、言うことを聞けば痛いことはしない」
嫌な笑みを浮かべる男たちを見上げ、オレはにっこり笑って腕に抱いた猫を差し出した。
「ごめんね、でもオレは痛いことするよ」
「は……?」
猫……? と訝しむ視線の中、ぱっと手を離し――
バチバチバチィッ!!
シールドと共にしっかり目を覆ったオレの耳に、激しいスパーク音が轟いたのだった。
とことこ正面まで歩いていくと、しっかり制圧された男たちが次々縛られてはひとまとめにされているところだった。
「お、片付いたか? 早いな!」
「すごい音がしたけど~?」
またも軽い調子で振り返った二人に少々頬を膨らませつつ、頷いた。
「さっきの部屋に、みんな倒れてるよ。しばらくは動けないと思う」
全員直接体術や魔法でのしてしまっても良かったけれど、今後のことを考えて男たちにも何が起こったか分からないようにしておいた。
決して、チャトが鰻の件で雷ではない電気に興味津々だとか、今にも誰かで実験しそうだとか、そういうことではない。
オレには分からないけれど、鰻はチャトと雷……というか電気の使い方が違うらしい。それを試してみたかったのだとかなんとか。いや、それとこの件は別に関係ないのだけど。たまたま、そうたまたまだ。
『面白い。力の使い方で黒焦げになる時と、ならない時がある』
ご満悦らしいチャトだけど、それ、一歩間違えばあの人たち黒焦げだったんじゃ……。
どうやらスタンガン的使い方を覚えたらしい。良いことだね、うん、人道的で良いことだ。
「ゆ、ユーちゃんっ!!」
駆け寄って来たナターシャ様が、オレを抱き上げ力いっぱい抱きしめた。
「ふぐっ……だ、だいじょうぶ? ナターシャ様、怪我とかしてない? 怖かったね」
ぽんぽん、と締め付ける腕を叩いてなだめると、いっぱいに涙をためた瞳がオレを睨みつけた。
「こ、怖かったわよ! ユーちゃんが一人で残ったって聞いて……! 心配したんだから! もうそんなことしないでちょうだい!」
まったく、ナターシャ様の中で、オレはすっかり妹になってしまっているらしい。
「ナターシャ様、オレは護衛だよ? 頼っていいよ、オレはね、結構強いから」
決壊してしまった涙をハンカチで拭い、にこっと笑った。
「大丈夫、守るよ」
ふわ、と回復をかけると、ナターシャ様の頬に赤みが差した。
「~~~っ! 分かってる?! ユーちゃん今、抱っこしてる妹状態なんだから! そんなこと言ったって……ダメなんだから!」
なんだか盛大にむくれてオレを下ろすと、あっという間に馬車の中へ駈け込んでしまった。
確かに、抱っこ状態で守るって言ってもダメだったかもしれない。
さすがに、そろそろ護衛として信頼を置いてくれてもいいと思うんだけど。
苦笑して振り返ると、ラキとタクトが生ぬるい目でこちらを見ていたのだった。
「――今回のことで思ったんだけど」
ちょっと席を外してくれと迫力ある笑顔でミーシャさんに言われ、オレたちは箱馬車の上に腰かけ揺られている。ナターシャ様の縋るような目は、見なかったことにした。
「あー、俺も思った。囮のことだろ?」
そう。シュランさんが以前言っていた、誘拐関連の依頼のこと。
「そうだね~、この程度の相手なら大丈夫って確認になっちゃったね~」
苦笑するラキも頷いた。
この程度、と言うけれど、今回の誘拐団は結構な規模だ。どうもここにいる賊たちで全員ではなさそうだけど、その他の拠点発見にも繋がる重要な案件になるだろう。
「……オレなら、できるんだ」
転移と、連絡手段と、逃走の足も、何なら翼もある。身を護る術も、戦う術もある。
「そうだなー、お前しかできねえよな」
「ユータしかいないよね~」
半ば呆れたような顔で、二人が笑う。
オレたちは、視線を交わして頷いた。
「ま、どーせ依頼がなくても勝手に引っかかったりするしな」
「そうだね~、どっちにしろ巻き込まれてそうだし~」
そんなことない! とは今この場で言うこともできず、オレはむっすりとむくれて風に吹かれていたのだった。
*作戦、ばっちり予想していた方もいらっしゃいましたね!
ユータ作戦、良かったのか悪かったのか、男たちの度肝を抜いたってことだけは確か!
*新作デジドラ毎日更新中なので、まだ読んでいない方はどうぞよろしくお願いします~!
ユータとはまた違う幼児と、カロルス様とはまた違うイケオジが出てきます。