771 慣れている
「えっと、じゃあ……この馬車って……」
「…………」
「…………」
無言で見つめる二人の瞳が、みるみる不安に潤み始めてしまい、オレも狼狽える。
ど、どうしよう。一人ずつ転移で……けど、あまり親しくない人を転移で運ぶのは、少し不安がある。
オレの転移が嫌がられる理由が、まさにそこなのだけど。感覚的に一旦解けて再結合するような気がするんだよ。オレ自身は光に溶けるようで心地いいんだけど。
そう、これって召喚に似てる。もしかして自分で自分を召喚していたりして。
だからこそ、よく知らない人だと召喚に自信がないってことかもしれない。
失敗したらどうなるか分からないけど、試してみたくはない。
「そもそも、ここどこ? ラピス、分かる?」
――分かるの! どこかの森なの!
そ、そう……。
だけど、町から森はどこだって随分離れているし、普通の馬車は森の中なんて通らない。
つまりは――アウトってことだ。
『主ぃ! もうすぐアジトに着きそうだぜ!』
『今日は大漁らぜぇ!』
どこへ行っていたのか、ちょろちょろと肩を登ってきたチュー助たちが胸を張る。
それ、相手側のセリフじゃない? じゃなくて!
「え、もう着いちゃうの?!」
『そう言ってたぜ! 思わぬ収穫だってんで大急ぎで戻ってる風だな!』
『帰って宴会なんらぜ!』
アゲハがすっかり相手側になってしまっているけれど、つまり御者台にいる人たちの会話を聞いてきてくれたらしい。モモの入れ知恵だろうけれど、割と優秀だ。
「『今日は』ってことは、常習ってことだよね。アジトに囚われている人がいるのかな」
「ユーちゃん? 誰と話しているの? ねえ、誰かと連絡が取れてるの?」
ほんの少しの期待が、ナターシャ様の瞳を揺らしている。
オレは、にっこり笑った。
「うん、ラキとタクトに連絡はついてるよ。絶対に守るから、頑張ってくれる? 大丈夫、オレこういうのに慣れてるから!」
『本当にねえ……』
『主はプロフェッショナルだからな!』
余計な雑音はシャットアウトし、自信満々に言いのけると、二人がほんの少し笑った。
「本当?! なら、助けが来るのね! だけど、慣れるわけないでしょう、ホントにもう……ありがとう」
「それまでの辛抱ね。こんな小さな子が落ち着いてるのに、私たちが怖がってちゃダメね」
頷き合った二人がぺちぺちと頬を叩き、表情を引き締めた。
オレは戦えるから落ち着いているんだけど……二人はさすがだ。
――ユータ、建物があるから、たぶん着いたの! ラピス、丸ごと吹き飛ばしてあげてもいいの! 周りは森だから、ちょっとなくなってもいいと思うの。
「だ、ダメー! そこ、他にも攫われた人がいると思うから!!」
高まる魔力を感じて冷や汗を垂らしながら止めたところで、馬車が荒っぽく止まった。
モモの柔らかシールドで受け止められた二人が、訝し気な顔をしている。
「今の、モモのシールドだよ。内緒だよ、モモはシールドが張れるからナターシャ様のそばにいてもらうよ。クリスティーナさんも、ナターシャ様から離れないで!」
「シールド? スライムが?? いえ、ダメよ、それじゃあユーちゃんが危ないじゃない」
モモをむにゅりとオレへ突き返すナターシャ様に、肩をすくめてくすっと笑う。
「忘れないで、オレは護衛だよ? Dランク冒険者なんだ。それに……結構強いんだよ」
ひょいと扉の前へ立ったところで、鍵の開けられる音がした。念入りなことに、施錠されていたらしい。
ぬっと顔を覗かせた男が突き出した腕を躱し、にっこり笑って見様見真似カーテシーを披露してみせる。
「ごきげんよう。乱暴しなくて大丈夫……ですわ?」
『……大根役者め』
まさかのチャトからダメ出しをくらいつつ、呆けた男の前をしずしずと下りて見上げた。
「ゆ、ユーちゃん?!」
「大丈夫、ナターシャ姉さまたちも、ゆっくり下りて来て。おかしな真似をしなければ乱暴はしない……ですわね? どうぞ案内して……くださる?」
御者台にいたのは二人、オレたちは3人。逃げ惑われたら面倒だと思っていたのだろう、縛り上げるつもりだったロープを手に、薄気味悪そうな顔をしている。
「……いつから気づいていた。まあ、面倒がなければその方がいい。あの建物へ入れ」
目の前には、薄暗い森の中に溶け込むような割と大きな建物があった。元々は森関連の施設だったのだろう、廃れた工場のような雰囲気だ。
オレたちは3人連なるように手をつなぎ、二人の男に前後を挟まれる形で建物の中へ連れ込まれた。
「は? なんだそいつら。どうなってんだ?!」
「知らねえよ、貴族ってのは小さくてもこうなのか? いい服着てるし、多分貴族なんだろ」
扉の向こうにいた見張りらしき人に仰天されながら、時折崩れた廊下を通り、そこだけ真新しい扉の部屋へ着いた。
どうも、この男たちはナターシャ様のことも、クリスティーナさんのことも知らないらしい。もしかすると、最初に攫った人たちとはまた別の悪人ご一行様だったんじゃ……。
ツイてないにもほどがある。それでもこうして無事に3人いられるのはツイているんだろうか……。
『スオーは、頑張ってる』
不服そうな声に苦笑する。それなら、オレの悪運の方がちょっとばかり強かったのかもしれない。
「ここで大人しくしてろ」
そう言って押し込まれたのは、座敷牢よろしく室内に造りつけられた牢獄のような場所。背後でガチャリと鍵の掛けられる音がする。
「暗いわ……ユーちゃん、ちゃんといるわよね?」
「何があるの? ここ、何?」
遠ざかっていく靴音が消えた頃、二人が両側からぎゅう、とオレの腕を握って身を寄せてくる。
オレは、ハッとして小さなライトを灯した。ごく小さな明かり取りの窓はあるけれど、既に夕暮れに差し掛かった森のこと。暗がりに慣れていなければ何も見えないだろう。
「えっ?!」
「何?! どうして明かりが!」
途端にざわめいたのは、両側の二人ではない。
「まあ、他にも捕らわれた人がいたのね」
部屋の隅で身を寄せ合っていた数人が、驚愕の視線をこちらへ向けている。いずれも成人前だろう男女は、服装からすると貴族ではなさそうだ。
3人きりでないことにどこか安堵した雰囲気を漂わせる二人だけど、オレは思ったより多い人数に内心眉をしかめた。人数が増えれば増えるほど、守るのは難しくなってしまう。ひとまず、こうしてひと所にかたまっている方がありがたい。
「貴族様まで……? 私たち、どうなるの」
涙の跡が残る顔で、一人がぎゅっと膝を抱えて顔を伏せると、他の子も釣られるようにうなだれ始めた。ひそやかに聞こえるすすり泣きは、こちらの胸まで締め付けるようで。
ナターシャ様が、ぎゅっとオレの手を握り、そして離した。
「しっかりなさい! 大丈夫、もう外と連絡はついているわ。あとは時を逃さないように心して待つのよ! ……まあ、私たちができることはあんまりないんだけどね!」
堂々と胸を張り、ナターシャ様はいつものように言った。
「私をご覧なさい、私はナターシャ・ザイオ。知らない? ウチは有名だから、こういうことは慣れてるのよ。つまり、何度もこういうことはあったってこと! どういうことか、わかる?」
呆気にとられる皆をぐるりと見回し、ナターシャ様はふふんと顎を上げる。
「――すべて、助かっているってことよ! あなたたちは幸運ね! 私と一緒に攫われたんだもの! そして……」
ぽん、と両肩に手を置かれ、オレはぱちりと目を瞬いた。
「最強の守護天使がついているんだから!」
ええ?!
ずい、と押し出されて大いに戸惑いつつ、へらりと笑う。
その手が、震えているのを知っているから。
「えーと、守護天使かどうかは置いといて……」
オレは、しゃなりとカーテシーすると、ぱっと両手を広げた。
パパッ、パパパッ!
小さな小さな花火が、いくつも周囲に弾けて消える。
隠れ里での花火が、こんなところで役に立つとは思わなかった。
さっと手のひらを向けると、仰天していた子どもたちがびくりと身を竦めた。だけど、その身を包むのは柔らかく温かい回復の光。
「魔法使いで回復術師で――」
くるっと宙返りを1回、2回、そして両の短剣を抜き放って低く着地する。長い髪が、ワンテンポ遅れてぱさりと背中に落ちた。
「双短剣使い、『希望の光』のユータだよ! オレが、ついているからね!」
くるくるっと短剣を回して納刀しつつ立ち上がると、にっこり笑った。
良かった、タクトとカッコいい剣のしまい方を練習していた成果がこんなところで。
ぽかんと目と口を開け放った面々の瞳には、オレの浮かべたライトがきらきら輝いている。
そして、きっちりナターシャ様とクリスティーナ様も、その面々の中に入っていたのだった。
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もふしらと同じく幼児とイケオジの活躍するお話です。(デジタル・ドラゴン ~迷えるAIは幼子としてばんがります~)