770 回収?
ナターシャ様は、心当たりがあるのだろう。積みあがった箱をすり抜け、一目散に狭い廊下を駆けていく。
さっきの客用スペースと違い、こちらは明らかに裏方側だ。
「待って、どこ行くの?!」
「裏口! 従業員部屋は裏口のすぐ近くなの! 早くしなきゃ……」
まっすぐ前を向いたまま、走るナターシャ様が、ハッと息を呑んだ。
視線を追って、廊下の先が明るいことに気づいた。
「うそ、裏口が……開いてる」
おそらく従業員部屋なのだろう、開け放たれた雑多な部屋には誰もいない。そして、外へ通じる裏口の扉もまた、開いて揺れていた。
肩で息をしていたナターシャ様は、今にも下がりそうになった眉をぎゅっと引き上げ、唇を結んだ。
「クリスティーナ! どこなの! 返事をしなさい!!」
ナターシャ様は、裏口から飛び出して腹の底から声をあげる。
「ナターシャ様、オレが探せる! 任せて。ここにいて! シロ!」
「ウォウッ!」
飛び出したシロにまたがった途端、ぎゅっと服を掴まれた。
振り返ると、なんとナターシャ様までシロに乗り込んでいる。
「嫌よ、私も探すわ!」
「お嬢様、ダメです!」
息を切らして追いついてきたミーシャさんが、なんとか説得を試みているけれど、聞く耳を持っていない。
正直、邪魔だ。でも、今押し問答している暇はない。それに、彼女を置いていくのも危険かもしれない。
『匂い、これだね! 分かるよ!』
匂いに集中しだしたシロに頷いて、オレたちはクリスティーナさんを追って町を走った。
『女の子と一緒に、男の人が一人、ここでもう一人。えっと……ここから馬車に乗っちゃたみたいだから、ちょっと急ぐね』
裏口から侵入した男と、クリスティーナさんが鉢合わせる形になったのだろうか。
そして、外で合流したもう一人と共に少し離れた馬車へ。
手際が良すぎる。最初から、誘拐目的に思える。
だんだんとスピードを上げるシロにぎゅっと掴まり、深呼吸した。
大丈夫、敢えて誘拐という手段を選んだなら、無事でいる。
シロは、一番近い門に向かって、一直線に進んでいる。
「町の外に出ちゃう。ナターシャ様、町で待っていて」
「嫌よ! 置いていくなら一人で追いかけるわよ!」
ああ……あの洞窟での出来事を思い出す。あんな場面で大人しくしていないナターシャ様が、言うことを聞くわけはなかった。
念のためモモにナターシャ様の守りを頼み、今のうちにラキとタクトへチュー助を派遣しておく。
『たぶん、あの馬車だと思うよ!』
遠くに見える一台の幌馬車は、通常の公道から逸れ、森へ続く小道の方へと進んでいく。
森の方へ入られてしまえば、他の脅威もある。
「森に入る前に追いついて!」
『いいよ! でも、おじょうさま、大丈夫かな?』
『大丈夫、私が支えるわ!』
頼もしい召喚獣たちの応答を聞きながら、オレはぐっと体を伏せてシロにしがみつく。
「ナターシャ様、走るよ!」
「え、今も走って――」
きゃあ、という悲鳴は置き去りに。
瞬く間に馬車に追いついたシロは、見つからないようぴたりと後ろにつけた。
そして鼻づらを上げて自信ありげに頷いてみせる。
『うん。この中にいる!』
良かった。
じゃあ、遠慮はいらない。
「ナターシャ様、そのままシロに乗っていて!」
「乗ってるしかないわよ! あなたは何を――」
「制圧、するよ!」
にこっと笑ってシロから馬車に飛び移ると、何か叫んでいるお嬢様を乗せたまま、シロには少し離れていてもらう。
「ええと……中に3人、御者台に1人」
中にいるうちの1人はクリスティーナさんだから、相手は3人だけだね。
完全に閉じられた幌を少し割いて覗き込むと、すぐ近くに1人いる。もう一人は、うずくまるクリスティーナさんのすぐ近く。
どうしようかな、と思ったところでちょうどよくチュー助とラピスが帰ってきた。
『主ぃ、ばっちり伝えて来たぜ! 二人ともこんな目で落ち着いてたぜ!』
『こーんな、め!』
やってみせなくていいから。そのじっとりした目……。だけど、今回は攫われたのオレじゃないんだから!そこだけは間違えないでほしい。
――どうするの? ラピス、せんめつするの?
無垢な瞳をきらきらさせて、柔らかなふわふわがそんなことを言う。でも殲滅って言っても三人しかいないけど……とかそういうことじゃなかったね。
「大丈夫、二人くらいなら、真正面から行くよ!」
――それはいいの! ガチンと勝負なの!
なんでラピスはそういうのが好きなんだろね。そして多分ガチンコ勝負、だよね。
ちょっとばかり気が抜けつつ、オレは幌を一部濡らして一気に強く凍結させた。引っ張ると凍らせた部分から簡単に幌が剥がれ落ちる。
「こん、にちわっ!」
一気に飛び込み、クリスティーナさんのそばにいた男の側頭部へ、回転を込めた柄の二連撃、驚いて振り返った出入口の男の顎を蹴り上げた。
どさどさ、と倒れる音はほとんど同時。
『なんで主、挨拶したんだ? 俺様もっとカッコよく登場してほしかったぜ』
『らいじょうぶよ、あうじカッコいいかやね』
なんでって……なんでだろう。アゲハの慰めが心に染みる。
物音に気付いたらしく、馬車が大きく揺れる。急制動をかけられた馬のいななきが聞こえた。
咄嗟にクリスティーナさんも一緒にシールドで包み込んだ時、大きく見開かれた瞳と目が合った。
……あれ。てっきり気絶していると思っていたけど、ばっちり見られていたらしい。変な魔法使ったりしなくてよかった。
「な、なんだこりゃあ?! あん? お前誰だ!」
やがて停止した馬車の御者台側から、残りの1人が顔を覗かせた。
「オレは……ええと、お礼は結構ですわ!」
咄嗟に『希望の光』だと名乗りをあげそうになって、慌てて誤魔化しつつくるっと回る。スカートがふわりと広がって、完璧な回し蹴りが決まった。
「え、え、え? ええ?」
猿ぐつわを外しても、クリスティーナさんは目を見開いたまま、鳥みたいな声を上げている。
縄も切って念のために回復をかけた頃、ナターシャ様の大きな声が近づいてきた。
「な、ナターシャ様! どうしてこんなところまで!」
「だって、だって! きっと、私がお揃いにしようって言ったから……だからきっと……」
クリスティーナさんの姿を見た途端、ナターシャ様は堰を切ったように泣き出した。
……そうか。もしかしてナターシャ様と間違って攫われた可能性もあるのか。
「お嬢様方! 大丈夫ですか?! これは一体……さ、ともかく早く乗ってください。後のことはこちらで処理しておきます!」
ちょうどよく来てくれたのは、クリスティーナさんのお店の馬車だろうか。
二人が乗り込み、オレはどうしたものかと賊たちの方を振り返る。この状態で放置していって大丈夫だろうか。だけど処理してくれると言っているし、お言葉に甘えることにしよう。色々聞かれてボロが出ても困る。
「ユーちゃんも、早く!」
急かされて乗り込むと、すぐさま馬車は走り出した。
「もうっ、もうもう! 心配したんだから! それと、ごめんなさい……」
「私の方こそ、ナターシャ様を危険に晒すことになってしまって、本当にごめんなさい!」
謝罪を繰り返しながら大泣きする二人に、オレはおろおろするしかない。
ハンカチを差し出してみたり、回復をかけてみたりするうち、二人はなんでもなかったように笑い合って涙を拭いた。
「――それでね、ユーちゃんって本当にすごかったんだから!」
落ち着いたと思ったのもつかの間、今度は大興奮したクリスティーナさんが、さっきのオレの戦闘を身振り手振り交えて大げさに語り始めたもんだから、オレは恥ずかしくて仕方ない。
「も、もういいから! ところで、この馬車はどこへ向かってるの?」
それなりの時間が経ったと思うのだけど、まだ石畳の音はしない。馬車の小さな窓は、カーテンを開けても外側の覆いが閉じられていた。
「さっきの本店に戻るのかと思ったのだけど。この辺りにも店があるの?」
「え、私はてっきりナターシャ様の護衛さんたちの方へ向かっているものかと……」
二人は顔を見合わせて、息を呑んだ。
「ち、違うわよ、知らない使用人よ? お店の人じゃないの?」
「私も見たことないの……」
視線を交わすオレの背中には、たらりと一筋の汗が伝ったのだった。
なんと既に15巻の特別SS、ネットプリント開始しているみたいです!
プリント番号はこちら!転記ですのでプリントの際は間違っていないか再確認お願いします!
過去分や詳細は活動報告どうぞ!
〇ファミリーマート
ブロマイド:LTGK125242
SS:LTGK125241
〇ローソン
ブロマイド: 1020600243
SS :1020600242
〇セブンイレブン
ブロマイド:TGKRH105
SS:TGKRS138