769 お友達
「はあぁ……ベッドはやっぱり宿の方がいいわね。私は宿に泊まりつつユーちゃんのごはんが食べたいわ。別に王都に行かなくていいから」
「それは最高の贅沢ですねえ……」
ミーシャさんまでうっとりしないで。宿のごはんは、朝昼はともかく夜は地方それぞれの特色があったりして面白いんだよ! だけど、貴族宿となると名物じゃない限りは出てこないのかもね。
野営道中も無事終わりとなり、今日からは王都近辺の町で泊まりつつの移動となる。
貴族様は大変だな。こうして町へ寄りながら旅するから、オレたちより時間がかかる。その代わり、馬車に乗っている時間は多くないのだけど。
『ぼくに乗れたら、一番速いよ!』
「それはもう、間違いないね!」
くすっと笑ってサラサラの毛並みに指を潜り込ませ、引き締まった体にぱふりと伏せた。
ナターシャ様が出て来ていいって言うもので、シロたちもお部屋で寛いでいる。こういうのどかな時間は、宿ならでは――でもないか。
結構野外でもこうしてゴロゴロしているなと思い直して、また笑った。
「そういえば、ユーちゃんも明日一緒に来てね! ここ、エーデルクレスの本店があるでしょう? ザイオ家と仲がいいのよ。この町に来たら、寄っていかなきゃいけないの」
「えっ?! それだとオレがいるのっておかしいと思われない?」
そもそも、それが何のお店か知らないのだけど。
戸惑っていると、ミーシャさんがこそっと食料品系の大店だと教えてくれた。なるほど、エリスローデは食糧庫と言われるくらいだから、お互いにお得意様なんだろうね。
「もちろん、ちゃんと伝えておくから、話を合わせてくれるわ。クリスティーナにも紹介したいの!」
どうやら、そこが一番の目的らしい。その大店のお嬢さんは、ナターシャ様と年が近いらしく、仲がいいそう。
なんだ、仲良しに会いに行くくらいなら、オレも構わない。
一応、ナターシャ様から離れないという契約もあることだし。
こくりと頷くと、ナターシャ様は嬉し気にぱちんと両手を合わせた。
「そうと決まれば、明日は何を着ようかしら! ユーちゃんと揃いにした衣装もたしか……」
「これですね! 絶対に可愛いです! 髪型もなるべく似せて――」
あっ……そこは想定外。
貴族宿の中は、離れても構わないだろう。
オレは興味深そうなモモを残し、そそくさと部屋を退散したのだった。
「――なあユータ、俺のベッドでごろごろすんなよ」
「え、どうして?」
タクトの思わぬセリフに、少々驚いて起き上がった。
そんなの、いつものことじゃない。
「タクトは、目のやり場に困るってさ~。女の子がいるみたいで恥ずかしいんだよ~」
ラキが、まくれ上がったオレのスカートを直して笑った。
「ち、違うわ! えーと、えーーと、ふ、服が! お前の上等な服がシワになんだろ!!」
ものすごく目が泳いでいる。服のシワなんて気にしたことないくせに、よくそんな言い訳を思いついたものだ。
オレはにやりと悪い笑みを浮かべる。
「じゃあ、脱げばいいってこと?」
隣で、微かに吹き出す音がする。そして、ラキもオレと視線を絡めてフッと笑った。これこそ、悪党幹部の笑み。
「そうだね~、ほら、僕が脱がせてあげる~」
「うん、お願い」
二人してあくどい笑みを隠しつつ、オレは長い髪を持ち上げてうなじのリボンを晒した。
瞬間、風が間に割って入った。伸ばしたラキの手が掴み上げられ、オレにはなぜか布団が被せられる。
「ち、違っ! だけど、けど、でも!! だめだろ、やっぱさ!! なんかダメだろ?!」
違う、と言いながら転げまわるタクトに、オレたちはしてやったりと大笑いしたのだった。
「んっふふ! ねえ、どうかしら?」
ナターシャ様は、今にもスキップしそうな上機嫌で、ラキとタクトを振り返った。
「とっても可愛い~。お揃いだと、本当に姉妹みたいだね~」
「あ、う、俺も、その、いいんじゃねえかと思う」
そつない誉め言葉と、タクトの精一杯に苦笑して、ご機嫌なナターシャ様を見上げた。
にこにこするお嬢様は、気品も相まってとても可愛らしい。だけど、その恰好とそっくり同じに仕立てられたオレはまあ、複雑だ。
髪飾りまで揃えて、道行く人にさえ微笑ましい視線を向けられる。
宿を出発したオレたちは、護衛さんたちも引き連れ通りを歩いている。
貴族様だけど歩いていくのだろうかと不思議に思ったところで、はす向かいの店に到着した。
近いって聞いたけど、本当に近かった!
「わあ……」
「ふふっ、ユーちゃんは好きそうよね!」
言われて、つい何度も頷いた。だって、さすが貴族様御用達のお店! お肉にしろ野菜にしろ、なんだかとても美しい。陳列ひとつとっても、全力で高級店だと主張しているみたいだ。
「うわ、これこないだ食った草じゃねえ? なんでこんな値段なんだ?!」
「しかるべき所に持って行けば、価値があるってことだよ~。だけど鮮度良く持ち帰る、それが難しいんだよね~」
二人も並ぶ食品の、主に値段におののきながらついてくる。
ミーシャさんがカウンターへ声をかけてしばらく、奥が騒がしくなった。
お待ちください、やら何やら。
「ナターシャ様! お久しぶりにございます!」
弾む声に振り返れば、頬を紅潮させて駆けてきたお嬢さん。そして、瞳をきらきらさせながらオレを見つめた。
「クリスティーナ、久しぶり! 止してちょうだい、いつも通りで!」
「うふふ、ここは人目がありますから。では、奥へどうぞ!」
実際ちょっとばかりステップを踏みながら、クリスティーナさんはVIP用らしい奥のスペースまでオレたちを案内してくれた。
ちなみに、護衛さんたちはVIP用スペースの手前まで。ラキやタクトも久々のお嬢様方に遠慮して、その場に残っている。
「で?! その子が本当に男の子なの?! うわあ、可愛い!」
くるり、と振り返ったクリスティーナさんが、屈みこんでまじまじとオレを見つめてくる。さっきまでとの距離感の違いに戸惑ったけれど、仲良しだと言っていたのはこういうことか。
「そうなの! しかも護衛もできて食事も美味しいのよ!!」
つないだ手をきゅっと握って、なぜかナターシャ様がむふんと自慢げに胸を逸らした。
「ええ? さすがに盛りすぎよぉ! だけどそのお揃い、羨ましすぎるわ!」
それを聞いて、ナターシャ様とミーシャさんが会心の笑みを浮かべた。
「言うと思った! だから――」
じゃーん、と広げてみせた衣装に、ぱちりと瞬いたクリスティーナさんが口元に手を当てた。
「それ、それって……」
「そ、あなたの分! いつもの手土産より気が利いてるでしょ? ねえ、これ着て一緒にお出かけしましょう!」
もう声にもならないクリスティーナさんが、こくこく頷いている。そして少々興奮で鼻息を荒くしつつ、そうっと衣装の入ったケースを受け取った。
「待ってて! そこに従業員部屋があるの! すぐ着替えてくるから待ってて!」
すぐだからー! と言う声が既に尾を引いて小さくなっていくのを見送って、オレたちはくすりと笑った。
お嬢様に付き添っていた従業員さんが慌てて後を追い、もう一人がさらに慌てふためいてオレたちを近くのソファーに案内してくれた。
「ほうらね、ほらね! 絶対喜ぶと思ったのよ!」
「うふふ、そうですね。作戦成功ですね」
足をパタパタさせてほくそ笑むナターシャ様が、なんとも無邪気で微笑ましい。
この後は形式上、クリスティーナさんのお父上に挨拶してから、お出かけの手筈となっている。
出された紅茶にも手を付けず、にまにましているナターシャ様を見上げた時、何かが聞こえた。
ナターシャ様の瞳が見開かれ、表情が凍り付く。
「今のって――」
言うより早く、ナターシャ様はスカートを翻して走り出してしまった。
「ダメだよ、ナターシャ様! オレが行くから!」
「何があるかわかりません、いけません!」
オレたちの制止も聞こえないのだろう。
必死の形相も、無理もない。
聞こえた悲鳴は、クリスティーナさんのものだったのだから。
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