767 満足を決めるもの
ギリギリお嬢さまを保っているかいないか、微妙な感じで貪っているナターシャ様と、そんなことを咎めている余裕のないミーシャさん。二人を眺めてにっこり笑った。
料理自体は難しいものじゃないけど、こういうのってコース料理にも出てくるから貴族様向けかなって。気に入ってもらったみたいで良かった。
きちんと順を追ってスープから魚、肉料理と食べ進めている彼女らから視線をずらすと、なんだか殺伐としているテーブルを見やった。
「何なんだこれは……!! 俺が食っていた鳥は、魚は、一体なんだったんだ!」
「スープだってそうだろ、スープだと言われて信じていたあれは何なんだよ!」
……美味しいってことでいいだろうか。
スープはね、ポタージュ系が目新しいからそうなるよね。もちろん護衛さんが信じていたスープも、間違っていないから大丈夫。
人数分は必ずあるのだけど、おかわりを置いたのが悪かったろうか。
中央にでんと置かれたそれを睨みつけ、みな鬼気迫る勢いで貪り食っている。一応、貴族家の護衛さんたちなんだけど、マナーも何もないような。
オレは自分の皿に視線を戻して、最後のひとくちにフォークを刺した。
鳥肉の弾けるようなぷるりとした弾力と、カリリと香ばしい皮目。ビネガーソースが脂っぽさを払拭して、なんとも上品だ。
皿に残ったソースと肉汁まで、きれいにパンでぬぐい取って口へ入れると、満足感と共に物足りなさが漂った。
もっと食べたかった。だけど、もう入らない。
悩ましい吐息をついたところで、じっとこちらを見るタクトに気が付いた。
どうやら、オレが食べ終わるのを待っていたらしい。
「ユータ、デザートは?」
思った通りのセリフが飛び出した途端、音が消えた。
「え、え? 何?」
あんなに騒がしく食べていた護衛さんたちも、うっとり目を虚ろにしていたナターシャ様たちも、みんながぴたりと静止してオレを見ている。
「でざー、と?」
ナターシャ様の、どこか据わった瞳が怖い。
「う、うん……デザートあるけど食べられそう?」
「それって、きっと甘々に煮たフルーツとか、砂糖びっしりの焼き菓子とか、そういうのじゃ――?」
「……ないよ。だけど、そんなに凄いものじゃないんだけど」
これは、期待されている気がする。
しまった、お料理の後だから食べやすいものでいいか、なんて気軽に作るんじゃなかったかも。
ちょっぴり首を縮こめたところで、ミーシャさんがハッと口元に手を当てた。
「あの、私真理に気が付いていてしまったのですが……」
彼女はこくり、と生唾をのんで恐る恐るオレを見つめた。
「もしかして、あのクッキー。ユータリア様が手土産に持参下さったあのクッキー。もしかしてもしかして、あれを作ったのは――?」
二人して似たような聞き方をしないでほしい。そして、ものすごく今更だ。
「そりゃあ、オレだよ?」
答えた途端、二人の目の色が変わった。
「ぜひっ! 絶対にいただくわ! たとえこのお腹がはちきれようとも!!」
「ああ、どうして先にデザートのことをおっしゃって下さらないのです! そうすれば……いいえ、そうであっても食事を残すわけがなかったのです! これは避けて通れない未来……!!」
決意に瞳を燃やすお嬢様と、身もだえしているメイドさん。
ひとまず、はちきれないでいただきたい。明日にとっておけるから!
なんだか、貴族様もあんまりオレたちと変わらないんだな。ロクサレンだけかと思っていたけれど。
そして、もう一方のテーブルでは野太い雄叫び……いや、歓声が上がっていた。
「で、今日のデザートなんだ?」
「すごい期待値だね~」
苦笑する二人に、オレはこそこそ耳打ちした。
「あの、オレ本当にそんなつもりで作ってなくて……大丈夫かな」
「大丈夫に決まってんだろ」
「その心配は無用だね~」
二人だってまだ食べてないのに!
お気楽な発言に、それでも励まされて頷いた。
収納からそっと取り出すと、また周囲がシンとなってしまい、冷や汗をかきそうだ。
白くふるふると揺れるそれを見つめて、ナターシャ様がほう、と息を吐いた。
「なんて美しいの……これはなに?」
「パンナコッタだよ。生クリームがベースのデザートなんだ」
うん、格好つけて誤魔化したけど、ベースもへったくれもない。生クリームに砂糖と香り付けをして固めただけのデザートだ。
さらに言うなれば、お洒落な顔をして掛かっているレモンソースは、魚の時に使った残りを流用しただけ。
それでも、こうしてハーブを飾ってみればドレスアップされて美しい。
お嬢様たちの分は、特別な型で美しく器に盛って。オレたちの分は面倒なので大きなボウルで作って、スプーンで掬い取っただけ。大丈夫大丈夫、器に入れてソースをかければそれなりだ。
つん、つん、とスプーンでつついて揺らしていたナターシャ様が、意を決したようにスプーンを差し入れ、小さな一口を口へ運んだ。
一応、お嬢様が食べるまで待っている周囲も固唾をのんで見つめている。
「――っ!!」
ナターシャ様が両手で顔を覆ってしまった。
美味いともマズイともつかないそれだけど、他の皆は一斉に自分の器に視線を落とした。
なんだか、無骨な大男たちが小さなスプーンでちまちま食べている様子は、ちょっと可愛らしい。
「~~~美味しいっ! ひんやりぷるんとしてとろりとしてつるんとしてむちっとしてふわっといい香りがして甘くて美味しい~~!!」
そして、やっとナターシャ様の語彙力の減ってしまった怒涛の感想が届いたけれど、もうみんな聞いていない。
瞳の輝きからして、みんなお気に召してくれたようでホッと安堵した。
生クリームだし、甘いの苦手な護衛さんもいるかと思ったけれど、レモンの酸味も相まって抵抗なく食べられるみたい。
ナターシャ様とミーシャさんに至っては、極限まで薄く掬い取って食べる挑戦をしているみたいだ。
今日はもうおしまいだけど、そんなに気に入ったならまた作るから。……簡単だし。
さて、とようやくオレもパンナコッタに向き合うと、つぷり、とスプーンを入れた。
うん、柔らかさもいい具合。とろける触感と、むちプルンとした弾力が両方感じられる。
もしかすると、ゼラチンよりもこの世界のアガーラの方が、パンナコッタには向いているのかもしれない。
やっぱり、このデザートあってこそ、満足って感じがする。まだまだ欲しがる体が、これで最後って納得する気がする。
毎回貴族様風を考えるのは大変だけど、この分だとナターシャ様たちはオレの作る料理を食べられそうだ。
それなら、次は普段の料理を用意してみよう。盛り付けだけ凝っていれば、それなりに見えるものだ。
まずは、明日の朝ごはん。
今日の残り物を利用して――なんて概念が存在しないすべての器や鍋が空状態だけど、鳥ガラはある。
夜に煮ておけば、いいだしがとれるんじゃないかな。
もちろん、火の番もあく取りも管狐部隊だけど。だって、オレより上手だし。
定番の雑炊か中華粥がいいだろうか。それとも、別のものにすべきだろうか。
徐々に暗くなっていく空を眺めて、そういえば壁や屋根も用意しようと思っていたことを今更思い出したのだった。
感想ありがとうございます!こう、読み始めから一貫していれて下さっていると、途切れる=読むのをやめる だと思っちゃうのでドキドキしますね(笑)
もちろん、読むも読まないも自由ですから! 一生かけても読み切れないほどお話がありますもんね!
そうそう、『こっくり』は間違ってないので大丈夫ですよ!
こってり、にしちゃうと油っぽさが出ちゃうので……