766 普通ではない普通
鳥系統は色々あるけど、まあ護衛さんたちはどの鳥に当たっても文句は言わないだろうから、オレたち同様今日捕った分を使えばいいかな。
ナターシャ様とミーシャさんの分は、貯肉からそれなりのお肉を選んでおこう。あんまり差がついても不審に思われるだろうし、あくまでそれなりで。
鳥料理だとあっさりだから、スープはこっくり濃いめの方がいいかな?
コース料理っぽく、魚料理も出せば楽しいかも!
ということはデザートも必要だろうか。
考えながら、かぼちゃもどきをカットして皮を取り、鍋へ放り込む。
ついでに隣の鍋では芋をふかしている。
下処理された鳥が次々到着するので、大きさと種類を見て人数分選別した。お魚は以前タクトとシロが捕ったやつがまだ残っているので、それを使おう。
せっせと香草や下味を揉みこんだ鶏肉は、でっかい鉄板に並べて油で蒸し焼きにすれば、きっとそれはポワレって呼んでいいんじゃないだろうか。
「あ、でも蓋がない……まあいいか! モモ!」
使えるものは何でも使えばよろしい。オレは蓋の代わりにシールドを使うことにして、火加減は管狐部隊に、蓋係はモモに頼んで次に取り掛かる。
「タクト、これとこれ、別々に潰して! スープにするからしっかり潰して滑らかにね」
「分かった! えっと、ミルク入れるヤツだよな!」
「ラキは人数分のお皿お願い~! 鳥と魚とスープがあるよ!」
「おっけ~。じゃあ、パンだよね~? パン出してくれたら切っておくよ~」
うむ、二人とも素晴らしい。大分助手として手慣れてきて、随分助かっている。
にっこり笑って汗を拭うと、お魚ソテーに取り掛かる。
と言っても、これもまた焼き加減は管狐部隊に一任しようと思っている。
……おや? これってオレが料理しているって言えるんだろうか。
「いやいやここから! オレの活躍はここからだから!」
誰にともなくそう言ってフライパンを取り出すと、ワインビネガーでソースを作り始める。お醤油とお砂糖も入れて、お子様と冒険者向けにしっかり目のソースにしようかな。
お魚は、ソテーなら定番のレモンとバターのソースでいいだろう。
ワインビネガーを熱すると、周囲に漂う脂っぽい香りの中で、つんと特有の刺激が広がった。
熱するほどに柔らかくなる香りが、すでにお肉との相性を想像させてじわりと唾液がにじむ。仕上げは鉄板に溢れる鳥のうま味を入れて完成だ。
シールドの中でじうじう跳ねているお肉をちらりと見やって、ほくそ笑んだ。
あれに、このソースをかけて食べてやるんだ。
皮目がカリリと、お肉がぷるりと。柔らかく仕上がっているだろうそこへ、さっと絵を描くようにこの濃いソースをひとまわし。
こくりとのどが鳴る。
早く食べるには、すべてを終わらせなければいけない。
オレは大慌てでスープの調整に取り掛かり、付け合わせのマッシュポテトに一工夫する。
「それ、刻んでどうするの~?」
ラキが不思議そうにオレの手元を眺めた。
刻む手にごりごりと伝わってくる感触が、白いご飯を求めてやまない。だけど、今回はお預け。
「これをね、マッシュポテトに混ぜ込もうと思って!」
初めての試みだけど、ワインビネガーのソースとも相性がよくて美味しいと思うんだ!
これは以前作った、はりはり漬け風のお漬物!
マッシュポテトにチーズやクリームを加え、そこへこのお漬物を細かく刻んで入れちゃう! しっかり混ぜ込んだら、茶巾絞りの要領で丸く整えてみた。
形って大事だ。ほら、ここへ適当な葉っぱを添えるだけで、なんかおしゃれな気がする!! さらにお肉が加われば完璧だ。
さあ、仕上げと盛り付けいくよ!
辺りは香りの大洪水。もちろん、こっそりシールドを張って風の流れは作ってある。
圧迫感を感じて視線をやれば、いつの間にやら護衛さんたちどころかナターシャ様たちまで出て来て、みんながオレたちを――じゃなくて、オレたちの手元を見つめていた。
「ナターシャ様、ミーシャさんも座って! できたよ!」
満面の笑みで駆け寄ると、二人が引き寄せられるようにすうっと深く息を吸い込んだ。
「いい香り……お料理って、お料理って……!! ああもういいわ! ねえ、私たちいただいてもいいの?!」
「何もかもどうでもよくなってしまいますね……! このテーブルだとか、キッチンだとか、鍋や鉄板やお魚やら調味料やら、そしてどうしてこんな本格的なお料理が――とか、ええ、もうそんなことはどうでもいいのです!!」
ミーシャさんは、随分色々気になっていたんだな。
「もちろんいいよ! こっちどうぞ!」
そうだ、ナターシャ様にエスコートだ! と気づいて手を差し伸べ、これで合っているかとちらちらミーシャさんを窺いながら席へと案内する。
二人はこれまでも一緒に食事をとっていたので、同じテーブルでいいだろう。
一応、護衛さんたちとは分けた方がいいかと思って、テーブルは中くらいひとつ、大型ひとつを別に作ってある。
オレたちは友達枠ということで、宿では一緒に食べていたのだけど。
頭の上にまで皿を乗せて運んできたタクトが、料理を並べてためらいなく席についた。
ナターシャ様たちも当然のように受け入れているから、どうやら一緒の席でいいらしい。
「なんて美味しそう!! い、いいのよね? 食べちゃうわよ?」
何度目かの確認をして、ナターシャ様が恐る恐るスープに手を伸ばし、スプーンを沈めた。
かぼちゃもどきにサツマイモもどきを加えた、こっくり甘い濃厚なスープ。小さな唇が銀のスプーンを咥え、優雅に引き抜いた。
大きな瞳がますます大きく見開かれ、なぜかオレを見る。
どういうこと?! なんて表情で訴えられている気がするけれど、どうもこうもない。それはごく普通のスープです。
「うまっ! すげえ甘いな!」
「おいし~! 本当、おやつみたい~」
ナターシャ様とミーシャさんは何か言いたげにしながらも、口を開けばスプーンが入るので、先にタクトたちの感想が届いた。
「そうでしょう! だけどお砂糖も何も使ってないんだよ」
オレもひとすくい、てろりと重いスープを含んでにっこり笑う。
「こんな! おいしいスープ普通ないわよ?! 普通じゃないわよね!」
「ええ、お嬢様普通ではないです!!」
やっと口を利けるようになった二人は、もうオレを見つめるのをやめたらしい。
二人で料理から目を離さずに次へ取り掛かっている。
「これは一体何なの?! 私、これ知らないわ!」
「見た目は魚だと思うのですが……私も初めてです! 魚ってこんな美味しいものでしたっけ? こんな場所で魚を? こんなしっとりと……?」
白身のお魚は、レモンのさっぱり感と薫り高いバターが絡み合って高級感すら漂っている。
淡水魚だったのだけど、あのサイズ感にもなるとさばき方が海の魚と同じせいか、ソテーにして何の違和感もない。
しっかり焼き上がった皮目が、巻き上がるように縁をカールさせてきつね色になっている。箸を入れればほくりと崩れ、みずみずしい白い身にソースが絡む。
レモンの香りがとりわけ上品で、これはナイフとフォークでいただくべきだったな、なんて思ったのだった。
新作の方書いてるとユータがすっごく大人に感じる……
あっちはもっと幼いので、バリバリの幼児語を楽しんで書いてます。息子は言葉が遅めだったのであんまり話してくれませんでしたが、あのかわいいかわいい幼児語を思い返してにこにこしてます。