765 哀愁漂う背中
「今日は馬車が止まらないわね」
「……うん」
「そろそろ魔物の多い区間のはずですけど、ラッキーですね」
オレは曖昧な笑みを浮かべて頷いた。
馬車の中にはオレとナターシャ様、ミーシャさんのみ。
つまり二人は外にいるってことで。つまりはそういうことだ。
そりゃあ、ゴブリンやそこらの魔物に足止めはされないだろう。
昨日までは貴族様らしく町から町へ、ちゃんと宿を使う旅程だったので街道も大きくて人の往来が多かったのだけど、今日からは僻地を行く道のりになる。つまりはド田舎に入ったってことだ。
その代わり、馬車のスピードを上げられる場所でもあるのだけど、難点は魔物。
街道近くに出てくるのはゴブリンなんかが多いのだけど、シロと違って馬は基本的にゴブリンを轢いたりしない。その都度、護衛が馬車を止めて対応しなくてはいけなくなる。
正直、オレも外で魔物討伐をしたいけれど、馬車内でナターシャ様を守る人だって必要だ。
『お相手をする人、の間違いじゃなくて?』
ナターシャ様の膝の上でモモがふよんふよんと揺れ、ナターシャ様が嬉し気に声を上げた。
ラキクイズができない今、オレたちは作り置いていたおやつを食べたり、モモやティアと触れ合いタイムを設けることで時間を潰している。
一番お相手に向いているシロは現在、タクトの乗り物になって走り回っていることだろう。
ちなみにラキは外にはいるけど、ちゃっかり御者台に座って砲台を担っているだけだ。きっとタクトと獲物の取り合いをしているんじゃないかな。
「ところで、ナターシャ様って野宿の場合は、お食事どうしているの?」
これまでは貴族宿で朝夕をとり、昼は宿で買っておいた昼食をお弁当として、ちゃんとした食事をいただいていたけれど、ここからは難しいだろう。
それとも貴族様は、日持ちのする豪華弁当とか用意されているんだろうか。それとも各拠点にコックさんが控えていたり?
と思ったけれど、ナターシャ様はこれみよがしに溜息をついた。
「はあ……それなのよ。どうしても保存食がメインになってくるでしょう? 憂鬱だわ。野営でスープとか作ってはくれるのだけど、外で食べるのって落ち着かないし。私、ユーちゃんが持って来てくれたクッキーを食事にしたいわ」
「確かに、私もそうしたいところですよ」
ミーシャさん、そこはナターシャ様をたしなめるところじゃなかった? 揃ってクッキーを見つめる二人に苦笑して、一応提案してみる。
「じゃあ、作っても食べない? オレたち外で食事作るの慣れてるから、みんなの分も用意できるよ」
出発前の話し合いでもセバスさんに伝えておいたのだけど、ご自由にして下さって構いません~なんてさらりと流された気がする。他の人の分は作らなくていいってことなんだろう。
「ありがとう。大丈夫よ、護衛たちも外の食事は慣れてるから、みんな好きに食べているの。私はちょっと……口に合いそうになかったから遠慮しておくわ」
そっか。ロクサレン家とは違って生粋のお嬢さまだもんね! きちんと手間暇かけた料理、そしてテーブルとカトラリーがあって、安全な室内。それがないと、きっと食べられないんだろうね。
――と、そこまで考えて首を傾げた。
あれ? それ、できるような。
手間暇かけた料理はともかくとして、場を整えることくらいはできる。
「ナターシャ様は何が好きなの?」
「ふふっ、そうね、お肉もお魚も好きよ。ここから王都近辺に差し掛かるまで、いつも食べ物のことばっかり考えるようになるの。王都についたらあれを食べよう、これを食べようってね!」
「本当に、お側でお嬢様の食べたいものリストを延々聞かされるのも、中々の拷問でしたからね」
それは確かに。ナターシャ様のためにも、ミーシャさんのためにも、オレが作ったお料理を食べられるといいんだけど。
オレはさっそく収納の中にある貯肉を思い浮かべ、メニューを考え始めたのだった。
「結局、全然止まらずに進んだわね。こんなことって初めてかも」
「そうですね、だってお外がまだ明るいですよ!」
お嬢様らしからぬ伸びをして、ナターシャ様たちが周囲を見回している。
周囲の護衛さんたちがちょっとばかり呆けているのは、そっとしておこう。
馬車内にいた時とは打って変わっていきいきしているタクトが、シロと並んで同じように尻尾をふりながらやってきた。
「ユータ! 今日の飯どうする? ちっさいのばっかだけど、いっぱい捕れたぜ!」
「僕も、飛んでた鳥系を結構捕ったよ~! 地上だとタクトが走り回って邪魔になるからさ~」
うん、やっぱり取り合いしていたね。タクトはとりあえず戦いたいし、ラキは素材関連を狙っているからね。ひとまず、収納袋が足りたようで良かった。
「考慮したみたいに言うんじゃねえよ! 俺に当たってんだよ!!」
「心外だな~当たっちゃったみたいな言い方しないでくれる~? ちゃんと狙ってるから~」
「なお悪いわ!!」
タクト、頑丈だね。狙っているなら威力は加減したんだろうけども。
ラキの方もご機嫌だから、それなりに素材になる魔物も捕れたのかもしれない。
「わ、ホントだ、結構な量だね!」
野営の準備をし始めた護衛さんたちを尻目に、オレたちは野営地の一角で早々にテントを出して獲物を広げていた。
タクトが捕ってきたのはホーンマウスを中心に、兎系等の草原にいる小動物たち。
ラキもさっそく自分の獲物から素材になる部分を切り出しているから、鶏肉も結構な量がある。
「唐揚げだよな?!」
「うーん、それは次の機会にしようかな?」
だって、唐揚げって見た目があんまりだから、お貴族様に出すには微妙かも。今日ナターシャ様がオレの作ったものを食べられそうだったら、明日は唐揚げにしようか。
そもそも、ホーンマウスとか貴族の人も食べるんだろうか。
ナターシャ様たちは、既にテントの中で休んでいる。あちらにはモモとシロを派遣してあるから、オレがいる時よりも護衛はバッチリだ。
よし、解体はタクトとラキに任せて、ひとまずキッチン展開!
おっと、今回管狐キッチンが大っぴらに使えないから、オーブン料理が難しいな。
こっそり隠れて火加減を見てくれるだろうか? だってプロフェッショナルな管狐お料理部隊がいてこそ、あの焼き上がりだからね。
どこかで管狐たちの誇らしげなざわめきが聞こえた気がして、くすりと笑う。
「き、君、なにをしてるのかね?! こんなところでいきなり魔法なんて――」
さて、と腕まくりしたところで、キッチン展開に驚いたらしい護衛リーダーさんが飛んできた。
「オレ、野外でキッチン使うの。慣れてるから危なくないよ」
他の人は、と視線を走らせると、護衛さんたちはそれぞれ保存食を齧ったり、鍋をかき混ぜる人もいる。すごくこっちを見ているけれど、もうオレたちはそんな視線慣れっこになってしまった。
まだ何か言いたげな護衛さんを見上げ、にっこり笑う。
「お腹空いたでしょう? たくさん作るからね!」
だってずっと馬に乗って、周囲を警戒しながら護衛してくれているんだもの。保存食で満足できるはずがない。
「い、いや、いいんだ。料理をするだけだな? そうか、確かにあれだけの獲物があれば……。いやいや、我々も自分たちで賄うから、君たちで食べなさい」
立ち去る背中にかすかに哀愁が漂っている気がする。
そうか、もしかしてオレたちが全部倒しちゃっているから、他の人の獲物がなかったんじゃないだろうか。
申し訳ないことをしてしまった。
だったら、なおさら夕食はオレたちが用意しなきゃ。大丈夫、保存食くらい食べていたって追加で夕食は食べられるはずだ。この世界の人なら。
もっとたくさんの人数分作ったこともあるし、このくらい問題ない!
オレは人数を数えつつ、調理を始めたのだった。