763 道中の暇つぶし
「ナターシャさ……姉さまは長旅も慣れているんだね。オレたちは馬車で長旅って慣れていなくて。普段は馬車の中で何してるの?」
何気なく聞いたのだけど、ナターシャ様は急に視線を彷徨わせ始めた。
「え、何ってそりゃ、ほ、本を読んだり……そう、刺繡をしたり……とか?」
「馬車の中で?!」
いくら揺れが少ないといえど、結構な揺れなんだけど。本はまあ酔わなければなんとかなるだろうけど、刺繍……!!
「す、すごいね?!」
素直に感心したところで、ミーシャさんがやれやれと笑った。
「お嬢様、そんなすぐバレるようなことをおっしゃって。本も刺繍道具も持って来てらっしゃらないでしょう」
「ちょっ、ミーシャ?! こ、今回は持ってこなかっただけで!!」
「それに、あれは刺繍ではなく編み物です。もう少し興味を持ってご覧になったらどうでしょう」
「いいの、人には得手不得手があるんだから!」
……どうも、本を読んだり編み物をするのはナターシャ様のお母さまらしい。なるほど、とても良い暇つぶしの方法だ。さすが貴族、これが貴族だよね!
「えーと、じゃあナターシャ姉さまは長旅の間どうしてるの?」
「……詩をそらんじたり、移り行く景色を楽しんだり、休息をとったりしてるわ」
「読書中の奥様にひたすら話しかけたり、退屈だと駄々をこねたり、ふて寝されていますね」
「ちょっと?!」
すっかりバラされたナターシャ様が、ミーシャさんに詰め寄っている。だけど、むしろイメージ通りでほっとしたよ。
「貴族様だと朝から支度とか大変だもんね。ナターシャ姉さま、寝ちゃっていいよ」
くすくす笑うと、ナターシャ様はますますむくれた。
「どうして私が寝るのよ! ユーちゃんこそ私のお膝で寝ればいいんだから!」
ええ……オレ一応護衛なんだけど。
「ですがお嬢様、昨日あまり眠れなかったでしょう。早くお休みくださいと言いましたのに」
「そ、そそんなことないわよ! ばっちりバチバチに寝たわよ!」
随分バチバチに目が覚めていそうな雰囲気だけど、本人がそう言うならまあいいか。
「だけどさー、討伐も探索もナシに馬車に乗ってるだけって、本当に暇になるよな。俺、鍛錬してもいいか? 重りくれよ」
「ダメ! 重りなんて取り出したら、馬が可哀そうでしょう」
いきなり人間一人分より重くなったら、困惑するに決まっている。まったく、これだから身体強化系の人はイヤだ。すぐ鍛錬しようとするんだから……。
「じゃあ、こういうのどうかな~? これな~んだ?」
くすくす笑ったラキが、腰の小袋から何か取り出して、両手を開いて見せた。
手のひらの上には、なんの変哲もない土塊のようなもの。
「なんだそれ、ただの土? 石か?」
「それはそうだけど~、ハズレ~!」
くすっと笑うラキに、オレたちは顔を見合わせて首を傾げた。
「ヒント1~!」
言うなり、土塊を両手で包み込み、目を閉じた。
そして、再び目を開くと、イタズラっぽく笑って手を開いて見せる。
「「「「わあっ!」」」」
そこにあったのは、さっきまでの土塊じゃなかった。まるで子供が作った粘土細工のように、ぼんやりと何らかの形をとっている。
なるほど……!! これは面白いね!
「えっと、足があるよね? じゃあきっと犬だ!」
「ハズレ~」
「んーならブルじゃねえ?!」
「ハズレ~!」
「わかんないわよ、動物よねえ?」
ひとしきり答えると、ラキは再び手を閉じて、ヒント2と言った。
手を開いたそこには、もう明らかに動物だと分かる姿。
「えーやっぱブルじゃねえ?!」
「分かったわ! 馬よ、馬!」
ナターシャ様が身を乗り出し、ラキがにっこり笑った。
「はい、ナターシャ様正解~!」
そう言って手を閉じ、しばらく集中したかと思うと、開いた手のひらの上には、見事な馬の彫像が出来上がっていた。
「うわあ~! 改めてすごいね!」
「器用だよなあ」
感心するオレたちの傍らで、ナターシャ様とミーシャさんが目を丸くしている。
「こ、これって普通なの? 結構すごくない??」
「私も詳しくないですが……普通じゃない、ですよね?!」
ラキはちょっと肩をすくめて笑うだけ。
なるほど、これってオレたちは慣れちゃってるけど、やっぱり規格外なんだな。
だけど、素晴らしい暇つぶしだ。
オレたちはさっそく、順にラキへリクエストし、他のメンバーがヒント何回で当てられるかゲームを始めた。
これがまた、馬は結構簡単だったけれど、以降はポーズに工夫を凝らされて、そう簡単に当てられなくなってしまった。
だって分からないよ、逆立ちしたブルとか! 肩車するホーンマウスとか!!
オレのリクエストしたカロルス様は却下されてしまったし……。
そうこうするうち、ぽすりと隣から軽い衝撃があった。
「あ、ごめんなさい」
ナターシャ様が、ハッと目を擦った。だけど、こっそり見つめるオレにも気づかず、その大きな瞳が段々と半分になり……。
ぐらぐらと揺れる体が不安定で、オレとミーシャさんは気が気でない。
だけど、手を貸そうとすると『寝たりしないわ!』って怒るんだもの。
「――そうだ! ナターシャ姉さま、オレ回復術師なんだよ!」
「あら……そうだったかしら? ユーちゃんは戦えたような……」
うつらうつらするのを必死に押し隠し、ナターシャ様はどこを向いているんだか分からない顔で首を傾げた。
「戦える回復術師だよ! だから、ナターシャ姉さまを回復してみてもいい?」
「かいふく……? もちろんいいけれど、ユーちゃんは疲れないのかしら……?」
「ちょっと回復するくらいで、疲れたりしないよ! じゃあ、お膝に頭を乗せて!」
にっこり笑ってぽんぽんと膝を叩くと、ナターシャ様は吸い込まれるようにぽてんと横になった。
「これでいいのね?」
「うん、そのままじっとしていてね?」
ふわりとささやかな回復魔法をかけると、ナターシャ様がほう、と力を抜いた。
「……あったかぁい」
間延びした声が漏れたかと思うと、みるみる呼吸は深くなり、ぱたりと腕が落ちた。
「え、え、本当に? 本当に回復魔法が使えるのですか?! あれ? でもあのワンちゃんは召喚獣だったような……??」
ミーシャさんが仰天しているものだから、そっとその手を取った。
「わっ……まあ……!!」
気持ちいいでしょう? 回復魔法をかけてもらうのってなんとも言えない心地よさがあるよね。
まあ、普通はそれどころじゃない場合に使うから、あんまり気にされないけれど。
「これが、回復魔法……! ユータリア様は本当に回復できるのですね!! ですが、そんなぽんぽこ回復魔法を使っては消耗してしまいます!」
あ、オレの呼び名はやっぱりそれでいくんだ。
そういえばミーシャさんは、聞いてはいるだろうけど、実際オレたちが戦っているところを知らないもんね。
気づかわしげに見つめる彼女を見上げ、くすっと笑う。
「このくらい、全然平気だよ。オレ、A判定の回復術師だよ?」
と言っても、実のところA判定がどういうレベルなのか知らないのだけど。
「A判定! 最上位ってことですよね?! こんなにお小さいのに、戦うことも、回復もできるんですか?! も、もしかして私たち、すっごくラッキーな選択したのでは……お嬢様のご機嫌取りどころではないではないですか!」
……やっぱりそういう目的だったね?
つるりと口を滑らせたミーシャさんに、オレたちの生ぬるい視線が注がれたのだった。
新作の方読んで下さってる方々、ありがとうございます!
アルファポリスさんではお気に入り登録していただくと、更新するたびメール通知が来るのでわかりやすいですよ!
あちこちに投稿するのはとっても面倒なので、こちらで投稿するつもりはなかったんですが、家人には全部でやった方がいい! と言われ……なろうさんでも投稿した方がいいです……?
読みたい方はもう多分どちらかで読んで下さってますよね……??